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えふ・マガインタビュー

第33回 原島博氏(工学博士、日本顔学会会長)「コミュニケーションを円滑にする良い顔のつくり方」
私たちは毎日、たくさんの人々と顔を合わせてコミュニケーションを交わしています。ふだんは特に意識することもない「顔」ですが、そこには大きな意味が隠れているようです。いったい顔はコミュニケーションにおいて、どのような役割を果たしているのでしょうか。「顔学」の第一人者として知られ、日本顔学会の会長でもある原島博氏にお話をうかがいました。

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通信工学の世界でコミュニケーションについて研究するうちに、「顔」の役割に着目するようになった原島氏。それをきっかけとして本格的に「顔学」の研究を始め、本来の専門である工学にとどまらず、多彩な分野の人々とのコラボレーションによって、斬新な研究成果を生み出してきた。そんなフットワークの軽さそのままに、明るく軽快な語り口で顔について語ってくださった。

 「コミュニケーションの研究を続けるうちに、顔の役割の重要性を知り研究テーマの一つにしました。」

顔の研究でも知られる原島さんですが、通信工学が専門分野だとうかがいました。

 これまでの僕の研究に共通するキーワードは、コミュニケーションです。最初はコミュニケーションの基礎を探るということで、ビットやエントロピーといった数学的な切り口から、情報量についての理論的な研究に取り組みました。同時に、情報通信に関する様々な方式設計、信号処理、電波の研究などにも取り組むようになりました。また、ヴァーチャルリアリティーにも興味を持ち研究活動を行うようになりました。
 顔に興味を持つようになったのもコミュニケーションの視点からです。工学の分野で様々な研究を進めるうちに分かったのは、コミュニケーションというのは情報を相手に伝えるだけではなくて、感性的な部分も大きな要素を占めるということです。そこでは顔が重要な役割を果たしているのではないか。顔でしか相手に伝えられないものがあるのではないか。そんなふうに考えるようになりました。

それで顔を研究テーマの一つにしたわけですね。具体的には、いつ頃、どんな研究を始められたのですか?

 1985年頃にテレビ電話の研究をしていた時のことです。当時、技術者が考えたほどにはテレビ電話の普及が進みませんでした。それは技術的な問題というよりも、コミュニケーションの本質にかかわる問題が原因ではないかと考えました。たとえば、朝起きたばかりでテレビ電話がかかってきたら、化粧もしていない顔を相手に見せるのは嫌ですね。そういうように、電話というコミュニケーションの世界では、自分の顔をさらすことに抵抗感があるのではないか。それが普及を妨げているのではないかと考えました。
 そこで取り組んだのが「いい顔に映るテレビ電話」の研究でした。自分が気に入っている写真を相手に送って、こちらが右を向いたらその写真も右を向く。こちらがニコッと笑ったらその写真もニコッと笑う。ありのままの顔を送るのではなく、表情や印象の情報だけを送って、それを写真に反映させる。それが顔をテーマにした最初の研究でした。
 従来の通信は、情報を忠実に送ることを目的としていました。しかし、人と人とのコミュニケーションをサポートするという考え方からいえば、重要なのは情報を忠実に送ることだけでなく、気持ちよくコミュニケーションできる環境をつくることではないでしょうか。そんな発想から生まれた研究です。

写真 「『匿顔』のコミュニケーションの時代には、顔の見えるコミュニケーションと顔の見えないコミュニケーションを使い分けることが大切です。」

顔に関して、これまでにどのような研究に取り組まれてきましたか?

 たとえば、「画像符号化の新しいパラダイム」ということで、様々な画像の符号化の研究を行いました。これは、いわば映像の五線譜をつくろうというものです。音楽で五線譜をもとに音の波形を再構成するように、色、形、動きなどの情報を記述した五線譜をつくって、映像の波形を再構成できないかと考えました。その研究に対して、幅広い分野のみなさんが興味を持たれて、開発した技術が各方面で利用されるようになりました。
 コンピュータと対話をする時に音声だけでなく、画面上に人間の顔が現れて豊かな表情を見せながら対話ができる。いわばテレビ電話をかけるような感覚で、画面上に合成された顔と対話ができるシステムは、そうした技術を活用したものです。また、ゲームの世界では、カップルがそれぞれの写真を取り込むと、2人の子供の写真が出てくるというゲーム機なども開発されました。最近では、デジカメにもそうした顔に関する技術が使われています。「スマイルシャッター機能」のように、被写体の顔や表情を感知してシャッターが切れる機能などは、その代表的な例です。

現在会長を務められている日本顔学会とは、どんな組織なのでしょうか?

 コンピュータを使って顔の分析をするうちに、顔は心理学や人類学をはじめ幅広い学問分野の研究対象としても面白いのではないかと考えるようになりました。様々な分野の人々が集まって、顔について科学的に研究する「顔学」というものがあってもいいのではないかというで、1995年に誕生したのが「日本顔学会」です。
 現在の会員数は約800名。歯学系、工学系、美容・化粧・服飾系、心理学系、医学系、芸術系、人類学系、マスコミ系など、顔に関心のある様々な人々が参加しています。活動としては、学術大会「フォーラム顔学」の開催、セミナーの開催、学会誌「kaogaku」の発刊、ニューズレターの発行などを通して、研究と情報交流の場づくりを進めています。
 過去の活動の中で一般に広く知られているのは、1999~2000年にかけて、東京の国立科学博物館をはじめ、名古屋、札幌、福岡で開催した『大「顔」展』でしょう。「顔の進化」「人類の進化と顔のつくり」「顔の変遷」「縄文顔と弥生顔」「未来の日本人の顔」などのユニークなテーマで顔に関する展示を行い、東京だけで約27万人、全国で50万人近いみなさんが来場しました。

それほど顔に対する関心が高まったのは、なぜなのでしょうか?

 従来は、顔を研究することは差別につながる危険もあって、本格的な研究はあまり行われていませんでした。顔を研究するなどというと、いかにも「うわべ」だけを研究するように思われがちでもありました。しかし、顔はコミュニケーションにとって重要な要素であり、顔を研究することはコミュニケーションの本質を研究することだということが、日本の国際化によってようやく理解されるようになってきたのだと思います。また、IT社会の進展によって、コミュニケーションについてもう一度考え直そうという機運も、顔に対する関心の高まりの背景にあると思います。
 IT社会によって、メールのような顔の見えないコミュニケーションが増えています。顔を隠したコミュニケーションのことを僕は「匿顔」のコミュニケーションと呼んでいます。匿顔のコミュニケーションには、プラス・マイナス両面があります。マイナス面では、ジキルとハイドのようにその人の人格が変わったり、本当の感情がうまく伝わらずに事態を混乱させてしまうことがあります。その一方で顔を見せないことによって逆にコミュニケーションをとりやすくなることもあります。顔を合わせると話せないことがメールなら素直に話せたりしますね。また、マンガなどには月光仮面、バットマンといった顔を隠したスーパーヒーローが多いように、顔を隠すことで勇気が出るということもあります。
 顔が見えないからといって、すべてをマイナスにとらえるのは間違いです。大切なのは、顔の見えるコミュニケーションと顔の見えないコミュニケーションのそれぞれのメリットを生かして、うまく使い分けることだと思います。

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