バックナンバーはこちら
えふ・マガインタビュー

第19回 片平秀貴氏(丸の内ブランドフォーラム代表)片平秀貴に聞く!「伸びる企業のブランド学」
日頃、テレビや雑誌、日常会話などで、頻繁に登場する“ブランド”という言葉。しかし、その実像は意外に知られていません。今回のえふ・マガインタビューは、日本におけるブランド研究の第一人者で、丸の内ブランドフォーラムの代表を務めるなど、企業のブランド形成に積極的に携わられている片平秀貴氏に、ブランドとはどういうものなのか、企業にとってどんな意味を持つのかについて伺いました。

1 2
写真
マーケティング・サイエンスの研究をするうちに、ふとしたきっかけからブランドを専門分野にするようになった片平氏。国内外の名だたる企業トップへのインタビューを通して得たブランドに対する洞察は、鋭く、実践的だ。現在、丸の内ブランドフォーラムの活動をはじめ、様々な形で企業のブランドづくりをサポートしているだけに、氏のお話は業種、規模を問わず、すべてのビジネスパーソンにとって大いに参考になることだろう。

「ブランドのど真ん中に入り込まないと理解できないと思い、国内外の企業トップにインタビューしました」

片平さんが“ブランド”に着目されるようになったのは、どんなきっかけがあったのでしょうか?

 元々はマーケティング・サイエンスを研究していました。例えば消費者のデータを集めて価格感度や広告効果などを測定し、企業戦略に寄与する知見を得るといったロジックな研究ですね。しかし、そのうちに転機が訪れました。1991年に、カリフォルニア大学バークレー校の客員教授を1年間務めた際に、デービッド・アーカー氏と分担しながら教えたんです。アーカー氏はマーケティング・サイエンスの大御所でしたが、ある時期から戦略論に移行し、その後ブランドについて研究するようになりました。当時は、彼のブランド論の最初の著作である“Managing Brand Equity”(邦題『ブランド・エクイティ戦略』)を書き上げたばかりだったため、ブランドの話をしたくてしょうがない様子でした。よく一緒に食事をしながら、「君はいつまでマーケティング・サイエンスをやるんだ」「ブランドのほうが面白いぞ」と、熱心に誘われたものです(笑)。でも、その時はまだ、自分がブランドを専門にするとは思いもしませんでした。

 その後、1993年秋に帰国してみると、日本はちょうどバブル崩壊でお先真っ暗。何か明るい光を灯せないだろうかと考えて、自分の仕事を見直していたところに、「ブランドについてコラムを書いてみないか」という誘いがあり、そこからブランド論に足を踏み入れたわけです。

 最初は、本気で取り組むつもりはなかったのですが、やってみるとなかなか奥が深い。「これはブランドのど真ん中に入り込まないと理解できないな」と感じて、1996年からは国内外の企業の経営層に直接会って、ブランドをどう捉えているのか、片っ端からインタビューしました。メルセデス・ベンツ、ネスレ、ナイキ、ソニー、ホンダをはじめ世界のトップの話を聞くうちに、新しい世界が開け、ブランドというものにますます興味を持つようになり、専門に研究するようになったのです。一連のインタビュー・ツアーの内容は『パワー・ブランドの本質』という本にまとめました。

現在、代表をされている丸の内ブランドフォーラムの設立の経緯は?

 1996年に発足した東大マーケティング・フォーラムが前身です。バークレー校など海外の大学で感じたのは、いかに大学とビジネスが密接に連携しているかということです。海外では、ビジネスの世界の人々が大学に集まってきて、熱心に勉強しています。それに刺激を受けて、経営者たちの勉強と交流の場をスタートさせました。その際、哲学にしたのが、“Proactive(自ら仕掛ける)”“Provocative(物議をかもす)”“Professional(プロフェッショナル)”の三つ。2001年に丸の内に本拠を移し、丸の内ブランドフォーラムとなってからも、この哲学はそのまま受け継がれています。三つのProを持っていると自負されている方なら、年齢、業界、キャリア等を問わず参加が可能。ブランドづくりの基本となる精神性や実例を分け合ったり、テクニックを学んだりして、お互いに刺激を受けて元気になり、自社に帰って実践し財産にしてもらいます。アウディ、カゴメ、スバル、ニフティ、富士ゼロックスをはじめ、多様な企業のみなさんがアクティブに活動されています。

 僕自身も研究を続けるうちに、ブランドはただ人に語っているだけではダメだと感じて実務を手がけたいと思うようになり、大学の仕事が一区切りしたのを機に、2004年から企業のブランドづくりをサポートする仕事を本格的に始めました。

写真 「“夢”“革新”“一貫性”がブランドづくりの三大法則。大事なのは“お客さまにいかに喜んでいただくか”です」

これまでにたくさんの企業のトップに会われていますが、強いブランドを持つ企業のトップに共通する特徴はありますか?

 共通するのは、揺らぐことのない自分たちのビジョン、理念、哲学を持っているということ。お客さまが第一であり、目線は常にお客さまのほうを向いている点も共通しています。彼らは半端な満足ではなく、心からうれしくなるような120%の満足をお客さまに提供しようとしています。けっして1か所に留まらず、常に新しくしようとするのも彼らの共通したポリシーですね。もう一つ重要な共通点は、「お客さまのうれしさが先」という利他の心を持っている点です。いつも謙虚で正直。いい業績を上げても、ヒット商品が出ても、「自分たちはまだまだ、お客さまのおかげです」と言いつづけていますね。

 こうしたいくつかの特質を分析して、僕は『パワー・ブランドの本質』の中で、「夢」「革新性」「一貫性」をブランドづくりの三大法則として挙げました。先を見据えて「今はないけれど、あればもっとお客さまがうれしくなるもの」を生み出すのが夢。アップルのiPodや任天堂のWiiなんて、世に出れば「なるほど」と納得するけれど、普通の人はなかなか気づきませんよね。ああいうものをゼロから考え出す能力が、ブランドづくりには必要です。

 ただし、夢を夢のままで終わらせないためには、革新が求められます。革新によって、現物を適正な価格でお客さまに届けるシステムを構築するのです。また、夢が実現して、たくさんの新商品やサービスが生まれると、多様な人々にそれをアピールするために、ブランドがあちこちに散らばってしまいがちです。しかし、一貫性がないとブランド力は発揮されません。キットカットは、「夕張メロン」や「北海道ミルク」といった、たくさんの新商品が出ても、どれも「キットカット」のブランドで統一されていますよね。そうすると一つひとつのうれしさが拡散しないで「キットカット」という預金口座に貯金されるのです。そういう一貫性もブランドづくりには欠かせません。

日本におけるブランドの位置づけは、海外と比べて違いがありますか?

 海外でも日本でも、飛び抜けた企業の経営者は、ブランドの重要性をよく理解しています。ただ、海外の場合には、経営者が自ら“ブランド”という言葉を使って語ることが多いのに対して、日本の経営者はあまり使いませんね。それでも、例えば、和菓子の虎屋(とらや)のような老舗では、ブランドという言葉は使わなくても、ブランドづくりの基本から外れていません。同社の黒川光博社長は、「伝統は革新の積み重ねだ」ということをおっしゃっています。革新性を持ち続けなければ伝統は死んでしまう。最近オープンした東京ミッドタウン店などは、伝統を基盤にしつつも新しさを打ち出しており、まさに同社のブランド力を感じさせる店舗です。

 ブランドは、ただ商品やサービスを販売するのではありません。虎屋なら、和菓子を通して創業以来のストーリーを伝える。「この和菓子で、かつての茶人が春のお茶会をしたんだな」というように、お客さまが思いをはせるネタを提供するわけです。海外でもスターバックスは、コーヒーを売っているのではなく、自宅と勤務先の間にある第三の場所として、落ち着いて時間を過ごせる場所を提供していますよね。お客さまがうれしくなるネタを提供するのがブランドだということは、洋の東西を問わず、成功している企業の経営者はみんな理解しています。

 ブランドは、消費者側から見れば、かけがえのない「うれしさ」が湧き出る泉です。例えばナイキのファンなら、ナイキと聞いただけで、うれしさが湧き出てきます。同時に先ほどお話したように、ブランドは、お客さまの頭の中に出来上がった「預金口座」でもあります。これまで、お客さまがブランドを体験して感じた、うれしさや悔しさがたくさん詰まっています。良いブランドは、お客さまの頭の中にそのブランドの預金口座がきちんとつくられていて、お客さまにできる限りのうれしさを与えることで、どんどん預金が貯まっていく。その預金を全部足し合わせたものが、企業のブランド力になるのです。

経営にスピードが求められる現在、時間がかかるブランドづくりに取り組むのは、困難にも思えますが。

 ブランドづくりは、意外に時間がかからないものですよ。アップルはiPodによってブランド力を再び強めることができました。グーグルにしても、それまで日本では誰も知らなかったのに、あっという間にブランドを確立させました。二つとも、私が関係する「ブランドジャパン」というブランド力調査で、ここ2、3年で彗星のように上位に上がってきました。どちらもせいぜい2~3年の間の出来事でしょう。お客さまがブランドに接して、ブランドの名前を理解して「良い体験をさせてくれてありがとう」と感謝する。このサイクルを何度か繰り返すことで、お客さまの頭の中にブランドが確立されていきます。このサイクルのスピードが速いと、ブランドは想像以上に速く出来上がるのです。

 それに何より、ブランドづくりは、日々の業績を犠牲にして行うものではありません。収益もきちんと運んできてくれます。お客さまに良いものを提供して満足していただくという正しいサイクルを繰り返せば、お客さまの頭の中の預金口座にどんどん預金が貯まっていきます。預金がたくさんあれば、ファンの口コミなどによってヒット商品が生まれやすくなるし、値崩れもしにくくなります。つまり、成功しやすくなるし、成功した時の歩留まりも良くなるから、財務諸表も絶対に良くなるんです。

 せっかちな株主は「ブランドの確立よりもっと稼げ!」と言うかもしれません。しかし、最も大切なのは、株価や利益率やシェアではなく、「お客さまにいかに喜んでいただけるか」です。これを大切にして「夢⇒革新⇒感動」のサイクルをスピードアップしさえすれば数字は必ずついてきます。経営者はこのことにもっと自信を持つべきでしょう。

1 2 次のページへ

PAGE TOP