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えふ・マガインタビュー

第15回 辻信一氏(文化人類学者・環境運動家・明治学院大学国際学部教授)スロービジネス実践法
ゴア元アメリカ副大統領の講演を追ったドキュメンタリー映画『不都合な真実』が大きな話題になるなど、環境問題への関心がますます高まっています。多くの企業でもCO2削減などの環境対策に、本腰を入れるようになってきています。今回のえふ・マガインタビューは、「スロー」をキーワードに、環境共生型の生き方や仕事の仕方を説き、実践してこられた文化人類学者で環境運動家の辻信一氏に、環境問題を避けて通れないこれからの時代のビジネスについてお話を伺いました。

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 文化人類学者として、カナダをはじめ世界各地の先住民の調査・研究を手がける中で、彼らの生き方に魅了された辻信一さん。もともと環境問題に興味を持っていたこともあり、環境に負荷をかけない生き方を模索するようになった。「環境運動は特殊なものではなく、自分にできることを無理なく続けること」と語る口調は、穏やかでありながら、力強さにあふれていた。ビジネスパーソンにとって、仕事だけでなく、これからの人生にも大きな示唆を与えるインタビューである。

「海外で暮らすうちに“スロー”の心地よさに気づいたんです」

スローライフ、スロービジネスなど、「スロー」をコンセプトに多彩な活動をされている辻さんですが、どうして「スロー」にたどり着いたのですか?

 アメリカ、カナダ、中南米、アジアなど海外で長く暮らしてきました。トータルで16年ぐらいになるでしょうか。その間、いつも感じていたことがあるんです。どこに行っても日本よりも居心地がいい。日本に帰ってくると急に疲れてしまう。「これは何なんだろう?」とずっと思ってきました。そして気づいたのが、海外の人々の生活には僕らとは違う空気が流れているということ。そこに身を置くことで、とても心地よくなれるんです。では、その空気は何によって生み出されるのか? 簡単に言えば「スロー」です。多くの人々がゆったりとした時間を持ち、楽しげに、「今・ここ」を生きている。たとえ平日は慌しくても、週末には必ずのんびりした時間を過ごす。大切な人々と過ごす豊かな時間にこだわる。そういう時間を、日本人のようにあっさりお金や地位のためにあきらめたりしない、ということです。

 各地の少数民族や先住民族には特にそういうこだわりが強い。ところが、日本や欧米からビジネスや支援活動などに出かける人々は彼ら現地の人々とペースが合わず、「こんなにスローだからいつまでも遅れているんだ」などと、つい見下してしまいます。環境活動のお手伝いをしていた自分の中にもそういう傾向があるのに気づいて、まずは自分が変わらなければいけないと考えました。それで「スロー」というコンセプトを中心に据えて、様々な活動を始めたわけです。「貧乏暇なし」という言葉があるけど、それは金を追い求める人はどんどん忙しくなるということ、つまり大多数の現代日本人のことなんです。ブータンの友人が言ってました。「日本人はいい時計をつくることができるけど、時間がない。ブータン人は時計をつくれないけど、時間はたくさんある」って。

「スロー」といっても漠然とした感じで、なかなか具体的なイメージに結びつかない気もしますが?

 スローというコンセプトで活動を始めた頃、ナマケモノという不思議な動物を見て、「これをシンボルにしよう!」とひらめきました。ナマケモノは調べれば調べるほど凄い動物です。彼らがなぜあんなにのろいのかというと、筋肉を少ししか持たないためです。筋肉をたくさん持つチーターやライオンのように高カロリー、高タンパクの生活を送らずに済むから、森に豊富にある葉っぱを食べて省エネで暮らしていける。週に一度の排泄行動では、わざわざ木の上から降りてきて根元に糞をします。それがやがて土になり木を育てる。彼らは生態系も自分で守っているんです。省エネ、共生、循環、非暴力、平和というナマケモノの特徴は、まさに21世紀の人間が生きていく道筋ではないか。そう考えて、ナマケモノ倶楽部というNGOを設立し、「ナマケモノになろうよ!」と呼びかけるようになりました。

 僕らが今問われているのは、システムの全面的な取り換えです。大量生産、大量消費、大量廃棄、環境を破壊しても、戦争を起こしてでもお金を儲ける。そんな生き方を大転換しなければなりません。その先頭に立つのは企業であり、ビジネスパーソンだと僕は信じています。生態系を救い、人類を救う役割において、ビジネスこそが大きな力を持っている。だから、僕は「スロービジネス」を提案するんです。

写真 「今こそ“虚業”でない本物の“実業”が求められています」

辻さんが提案する「スロービジネス」とはどういうものなのでしょうか?

 明治時代の実業家である渋沢栄一は、「実業」という言葉を「虚業」と対比して使いました。ビジネスはともすれば虚業に陥りがちですが、渋沢が思い描いたのは本物のビジネスです。ところが、現在の世の中は虚業が大手を振って歩いています。金融が全企業収益のかなりの割合を占め、木材が儲かるといったらカナダの森林伐採に投資し、木を切り尽くしたら魚、魚を獲り尽くしたらまた別のものというように、儲かるものなら何にでも投資する。こうしたビジネスはどう考えても異常であり、本来の実業に戻るべきです。実業とは、世の中の人々の暮らしの質を高め、満足度や幸福度を向上させるものであり、そのためにビジネスにしかできない役割を果たす。それが渋沢や大企業の創業者たちが考えたことではないでしょうか。

 僕が「スロー」を強調するのは、現代社会の最大の問題が「時間」だからです。戦争、紛争、環境破壊から家庭や学校の問題まで、全部根っこは「時間」という共通項でつながっています。たとえば環境問題では、「自然の時間」と人間が作り出した「経済の時間」とのズレが大きくなっています。鮭は3〜4年大海原を回遊して故郷の川に戻ってきますよね。これが鮭の時間。しかし、経済の時間はどんどん加速して、もはや鮭が育つのを待てなくなってしまった。だから、養殖したり、遺伝子を組み替えたりして、加速する経済の時間を自然の時間に無理やり押し付けようとしています。これは実に大それたことです。そこで、人間と自然界がまた折り合いをつけて、一緒に生きていけるところまでスローダウンしようというのが僕が提唱する「スローライフ」です。よく言われる「持続可能性」とはそのことです。それを実現するために、ビジネスは大きな役割を果たさなければならないし、果たすことができる。

とはいえ、最近のビジネスは厳しい競争にさらされていますね。その中でスローになることは可能でしょうか?

 ビジネスは競争原理でしか成り立たないと、いつの間にかみんな思っていますね。でも、競争に勝つ人がいれば残りは必ず負ける。勝者はその後も負けた人と暮らしていかねばなりません。自分だけが勝てはそれでいいわけではない。勝つことはそんなに喜ばしいことではないんです。僕は競争を否定しているのではありません。スポーツを見ればわかるように、競争は僕らをワクワクさせてくれるし、良い効果をもたらすこともあります。しかし、それが世界で唯一のルールだとしたら、とても辛いし、悲しい結果しかもたらしません。僕らは家族、コミュニティー、友人関係など競争で図れない世界をたくさん持っています。ビジネスにおいても、競争でない原理が絶対に必要なはずです。

 では、競争でない原理とは何か。それが「共生原理」。分かち合いです。分かち合いは楽しいものです。競争に勝って喜ぶのは自分だけですが、分かち合いは自分も相手も喜べる。だから、僕はどうしても競争をしたい企業には、これからは“共生力”を競い合って欲しいんです。どれだけ相手を打ち負かしたかではなく、この世界にどれだけ共生力をもたらしたか、どれだけ人々が一緒に生きやすい世界にしたか。それを競い合ってもらいたい。早い者勝ちという従来のルールを見直して、違うルールを生み出すための努力が、今こそ全ての企業、政府に求められています。

そこで、一人ひとりのビジネスパーソンはどう行動すればいいとお考えですか?

 身近なところから手を付けていくことです。まずはみなさんのライフスタイルを転換してみてください。人間が自然を待てなくなってしまった今、ビジネスマン、特にリーダーのみなさんには自然界と向き合って欲しいと思います。子供の頃のことを思い出せばヒントはたくさんあるはずです。我を忘れて自然の中を走り回った日々、家族との団欒のひととき、友達と夢中で遊んでいた時間。そういう記憶を思い起こして、自分にできる自然とのふれあいを実践してもらいたいですね。友人や家族とキャンプに行くのもいいでしょう。温泉に行くのも、山登りするのもいいし、釣りやガーデニングだっていいんです。そうやって自然にふれると、必ず何かが変わるはずです。今までとは違う自分が見えてくるはずです。その体験がその後の生活や仕事にも変化をもたらすことでしょう。自分が変わることを恐れずに、一歩踏み出してください。

 1人のリーダーが変わるだけで、世の中はずいぶん変わります。小さなことを過小評価してはいけません。世の中が抱えた問題はうんざりするほど大きいけれど、それを生み出しているのは一人ひとりの生き方であり、そこから変えていくしかありません。手っ取り早い解決法などないんです。

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