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えふ・マガインタビュー

第46回 山本博氏(アーチェリー選手・日本体育大学准教授)「第一線で活躍し続けるための思考法」
誰でも、できるだけ長く第一線に立ち続けたいと思うものです。しかし、キャリアを重ねるうちに情熱を失ったり、夢をあきらめてしまうこともよくあります。そこで、これまでにオリンピックで2つのメダルを獲得し、49歳になった今もアーチェリーのトップ選手として現役を続けている山本博氏に、長く活躍を続けてきた秘訣について、お話をうかがいました。

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1984年のロサンゼルス五輪で銅メダルを獲得。それから20年後のアテネ五輪では銀メダルを獲得。さらに上を目指して、今も現役として第一線で活躍を続ける山本氏。アーチェリー選手としても、教師としても、日々様々な工夫を重ねている。その行動や思考法は、多くのビジネスパーソンにとって、今後の人生の大きなヒントになるだろう。

「アーチェリーでは、肉体的な素質以上に精神面での強さが求められます。競技や練習を通じて自然に精神面が鍛えられました。」

アーチェリーをはじめたきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

 入学した横浜市の公立中学に、アーチェリー部がありました。アーチェリー部のある中学は珍しかったし、それまでにアーチェリーという競技を目にする機会もありませんでした。その中で先輩たちがプレーする姿を見て、「これは面白そうだ!」と興味を持ち仮入部しました。実際に練習に参加してみると、想像以上の面白さでしたね。大人なら時速100キロを超えるスピードで飛んでいくアーチェリーの矢ですが、中学生の放った矢でも時速70キロぐらいは出ます。自分の手元から矢が飛んでいく瞬間に、何とも言えない気持を感じたのを覚えています。それで、そのまま入部して本格的に練習を始めました。
 初めたころは、同学年の部員の中でもヘタなほうだったと思います。だからこそ、何とか上達してやろうと思って必死に練習を続けたんです。高校ではインターハイで個人3連覇。その後、日体大に進み、在学中の1984年に行われたロサンゼルス五輪では、男子個人総合で銅メダルを手にすることができました。キャリア約10年でメダルを獲得できたときは、うれしかったですね。

メダルを獲得できたのは、どういった能力が秀でていたからだと思いますか?

 アーチェリーの場合、どういう素質が必要かを語るのは難しいと思います。サッカーや野球などの身体能力の占める比重が高い競技に比べれば、肉体的な素質はそれほど必要とされません。重要なのはむしろメンタル面だと思います。どんなに恵まれた肉体でも、メンタルが弱い人は身体能力を生かすことができません。逆にメンタル面が強ければ、特別に身体能力が優れていない選手でも勝てる可能性があります。だからといって、それがすべてというわけでもありません。どれだけメンタルが強くても、勝てない選手は勝てません。そこがアーチェリーの難しいところです。
 アーチェリーが盛んな国では、肉体的なトレーニングはもちろん、メンタル面でも組織的なトレーニングが行われています。しかし、日本では強化はあくまでも個人レベルで行わなければならず、メンタル面で組織的な指導を受ける機会もほとんどありません。私の場合も、それは同様でした。
 それでも競技や練習を続けるうちに、自然と精神面が鍛えられていったと思います。私が競技を始めたころは、練習できる場所があまりなく、遠くの練習場まで通わなければいけませんでした。その労力や金銭的負担は大変なものです。中途半端な気持ちでは、とても続けられません。そうした環境であったからこそ、アーチェリーに対する自分の思いを常に確認しながら、真摯に競技に向かい合うことができたのだと思います。
 また、学校などの決まった練習場ではなく、民間練習場をはじめ様々な練習場に通って練習したことも、精神面では大いにプラスになりました。そうした場所には、年齢や環境の違う幅広い人々が集まってきます。そういう皆さんとコミュニケーションを交わすことで、精神的にたくましくなったし、人間としての幅も広がったと思います。様々な経験を積み重ねることで、競技者として成長できたのではないでしょうか。

「やめようと思ったことは一度もありません。体力が衰えても、最高の状態を生み出すために工夫を凝らしています。」

ロサンゼルス五輪で銅メダルを獲得してから20年後に、アテネ五輪で銀メダルを獲得されました。その間に引退を考えたことありませんでしたか?

 現役生活35年の間に、やめようと思ったことは一度もありません。私はアマチュアのアーチェリー選手です。私にとっての本業は教師。かつては高校の教師として、現在は大学の准教授として、学生たちを指導してきました。それに対してアーチェリーは、中学生の時から関心を持ち続けてきた最も興味のあるもので、自分の探求心を満たす存在です。
 プロフェッショナルなスポーツ選手は、自分のプレーに金銭的な価値がなくなれば自ずと引退しなければいけません。しかし、私たちアマチュア選手には金銭的な評価はありません。だから、競技とどう向き合っていくのかは、あくまでも自分の中で決めることなのです。やめたかったら、いつでもやめられます。プロなら、生活の糧を得るために続けなければならないこともありますが、アマチュアの場合はその必要もありません。
 また、どのレベルで競技を続けるのかという点もあります。「全国大会に出なくても、地方大会レベルで長く続けたい」という場合は、週に1度ぐらいの練習をすればいいと思います。でも、私はできる限りトップレベルで競技を続けたい。そのためには毎日練習をしなければならないし、その分負担がかかります。それでも今まで一度もやめたいとは思いませんでした。それだけアーチェリーが好きだし、まだまだ上を目指したいという気持ちが強いからです。

長い現役生活の中で不調や大きなミスなどの経験をしてきたと思いますが、どうやってそれを乗り越えてきたのですか?

 うまくいかないことなんて、いくらでもあります。今日も2時間ほど練習をしました。その間に放った矢が約150本。そのすべてをイメージ通りに射ることはできません。もし150本のうち9割失敗すれば、さすがに重い気持ちになってしまいます。それがオリンピックなどの競技会ならなおさらです。ミスをして平然としていられることなどありません。しかし、そこで大切なのは「練習や競技は明日もある」と強く意識することです。一度ミスをすれば、それで終わりではありません。明日になれば、挫折をチャンスに変えられるのです。そういう気持ちで1日1日を大切にしながら、過去の挫折を乗り越えてきました。
 ただし、それはミスを忘れてしまうということではありません。ミスをしたら嫌というほど考えて、その原因を徹底的に追究し、自分の記憶の中に埋め込みます。そのうえで、「こういうふうにすれば、二度とミスを起こさないはずだ」という仮定ができれば、翌日の競技や練習に希望を持って臨めるようになります。そういう毎日を繰り返して、今日まで競技を続けてきました。

ベテランになって、体力面などで厳しさを感じることはありませんか?

 「年を取ると、肉体的に大変でしょう」と皆さんが言います。心配してくれるのはありがたいのですが(笑)、私自身はあまり気にしていません。年齢とともに体が衰えるのは仕方のないことです。それをどうやってカバーしていくのか。あれこれと工夫を凝らしていくのがまた面白いんです。人間の能力は計り知れません。必要性を感じたなら、いろいろなことができるようになります。年齢を重ねて工夫が必要になれば、体力のある若い時には考えられなかったことを思いつくようになります。それが今の自分にとっては面白いし、成長につながっていると感じています。人間はいくつになっても成長できます。そう考えれば年を取ったからといって、絶望する必要なんてまったくありません。中には工夫をすることをやめて、現状に甘んじてしまう人もいますが、私は何かを考え、実践し、新たな発見をするのを楽しんでいます。現状に甘んじて工夫をしなければ記録は下がってしまいます。そうならないように毎日工夫を凝らすことが、競技を続ける喜びにつながります。
 私が常に考えているのは、「最高の状態をより多く生み出したい」ということです。これまで競技を続けてきた中で、自分の体も心も見事にコントロールしきって、最高のパフォーマンスを発揮できた瞬間が何度かあります。その瞬間を再現し、さらに1日でも、1時間でも、1分でも長く続けるにはどうすればいいのか。それを考えながら競技やトレーニングを行っています。それは、ちょうどジグソーパズルのピースをどう組み合わせればいいかというのと似ています。様々な要素を組み合わせて、最高の状態を続けるにはどうすればいいのか。どんなにレベルが向上しても、なかなか引っ張り出せない自分の中のものを、どうやって引っ張り出していくのか。そのために努力を続けています。

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