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*1●ピーク・エクスペリエンス
アメリカの精神医学者Dr.オスカー・ジェネガー氏によると人が一定のラインを超えた時に起きる現象をさし
・高熱により生死をさまよった時
・大自然や高地に行った時
・修行僧が厳しい修行を積んだ時
・薬を使った場合
・アスリートが厳しいトレーニングを積んだ時 などに共通して起こるとされている。その現象として
・周囲が明るく見える。
・幸福感
・沸きあがるエネルギー
・一体感
などがあげられる。
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「見えること・見えないこと」あるいは「見せないことで、見えること」のテーマを探るうちシンクロナイズドスイミング・小谷実可子さん(現スポーツキャスター)に突き当たった。
シンクロほどこのテーマに相応しいものはない。なぜなら演技を採点されるのはあくまで水面上の演技であり、採点対象にない水面下の激しい動作がその成否を左右するからだ。ソウル五輪銅メダリスト・バルセロナ五輪後の引退・イルカとの出会い。そして今立っている場所について。
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演技を観ていて感じることの一つに、水面上の動作がピタッと止まる時、水面下では、どんな動きをしているのか、という興味がある。
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小谷 シンクロの演技の中では止まっているのが何より難しいんですね。
水面に足を出して止まる時は手は激しく動いているんですけど、動いているのは肘から先だけで、肘を支点に掻くところ以外は筋肉をギュッと引き締めているんです。これは技術的な話ですが、ただ止まろうと思って締めるだけですとカチカチになりすぎて、本人は止まっているつもりでも静止していない。締めればカチッと止まるタイプの人もいると思うんですけど、私は筋肉が柔らかくて、どちらかというと柔軟性をみせるタイプだったので、ピタッと止まりたい時には体を締めるのではなくて思い切り筋肉を引っ張るんです。
本来であれば、締めて手をたくさん掻いて足がたくさん出れば出るほど高得点につながるんですけど、私の場合それをやっているうちはなかなかうまくいかなくて、最終的にみつけた自分流のやり方というのが、手に頼るのではなくて体をグーンと空からロープで引っ張ってもらっているような感覚で、100%引っ張れた時はそこで止まれるんです。私はそういうやり方で止まることを身につけました。
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車のハンドルのように体に遊びをつくっておく
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小谷 似ているかもしれませんね。
今、水の中で静止していることをイメージしてみると、足に筋肉が通っていて血液が通 っていて、すごい数の細胞でできている。その細胞一つひとつを締めているか、と言ったらそうではなくて確かに遊ばせているところがある。つきつめていくと、遊びがあると初めて水と一体になれる。水を使って、水を掻いて、水と闘って、水を踏み台にして上がるというタイプの人がいるかもしれませんが、私の場合は水と仲良しになって、バランス良くフッと乗っかった時が水の浮力をもらって、一番力みなく静止できる状態になるんです。
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現役時代の最高の演技だった試合について
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小谷 ソウルオリンピックの後、1989年にスイスの国際大会、1990年マジョルカ島で2度ピーク・エクスペリエンス*1の経験があるんですが、後から考えてみるといくつかの要素が重なっていたと思います。
オリンピックも終わって一応国際的にも名前が通って、勝負に関しても「この人に勝たなきゃ」という人もなく、一緒に遠征した人たちがアットホームなメンバーでずっとリラックスしていたんですね。
ところが試合の前の日に訳も分からずすごくヘタになってしまったんです。ほんとは真っ直ぐ沈まなきゃいけないものを45度くらい倒れてしまって、それでも自覚症状がないというような恐ろしいほど最悪の調子に陥ってしまったんです。先生も審判も「どーなっちゃったの?」というくらいひどかったのに自分の中では迷いもないし、焦りもないし、「落ち着いていれば大丈夫」と余裕があったんです。なぜそんなひどい状態でリラックスしていたのか理由がわからないのですが、ゆとりをもって試合をむかえることができました。
自分の中から嬉しくって嬉しくって、武者震いするようなことがあるじゃないですか。 試合前からぞくぞくするような喜びのエネルギーが満ちてきて、それがなんとなく観客と
一体になれるので、観客が楽しんでいるというエネルギーまでもが、自分のエネルギーに 変わるような感覚。もう体中がチリチリしているわけですよ。嬉しくて。顔も笑いが止まらないんです。あまりにも笑って鼻栓が取れるんじゃないかっていうくらい笑いが止まらないんです。
陸上動作の後、飛び込んで動作をしていたんですが、まず呼吸が苦しくないんです。水の中で運動しているわけですから体が疲れたり、気分が疲れたり、苦しくてもがきそうになったり、との闘いなんです。それがこの時は苦しさっていうのが全くないし、水に上手に乗れて、水と体が一体化した演技をしている。いつもの試合の時はここに注意してこの技はこういうところに気をつけてとか、あそこに審判がいるからこうしなきゃ、というのがこの時の試合では全くなかったんです。いつもより速く水を蹴っているかといえば、そうでもなく、物差しで計ったら本当は出ていないのかもしれないけれど、やけに高さが出ているように見える。アメリカの選手は180cmなのに163.5cmの私の方がすごく大きく見える、そういうことがあるんですね。
アメリカに留学している時「オーラトレーニング」というのをやっていたんですが、8人でプールに入って気を一つにすることで何十人分ものオーラをつくる、というトレーニングです。そういうトレーニングをしているうち、まれに、ホントにまれですけど、体の中から出てくるオーラでプールが一杯になってしまう。大きなプールに8人しか入っていないのに、8人がプールからあふれそうになっている。シンクロに限らずそういうことはあるかもしれません。
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ソウル五輪から2年、彼女は休養宣言をする。長野五輪の招致活動、大 学での非常勤講師を務めながら、選手としてバルセロナへ心が向いていることに気付く。
バルセロナ五輪を目指して練習を再開。しかし一度眠らせた体は完璧に目覚めることはなかった。デュエットの補欠で大会に参加したものの一度も演技することなく引退。彼女の為にデザインされた水着は一度も水をくぐらなかった。
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小谷 選手の時は「シンクロが人生の全て、オリンピックが地球上の最もすごいこと」って信じてやってましたから、やっぱり引退は怖いというか、シンクロやめるイコール自分の人生終わると私も思いました。あとはご飯にお醤油かけて生きていくんだと。ソウルの時はあまりに幸せだったので、「人に与えられる幸せの量が決まっているとしたら私はもう使い果たしてしまった」。「それでもいいや」と思えるぐらい幸せでしたね。
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現在、シンクロスクールで週1回コーチをしている。「誉める時を間違えないこと」
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小谷 自分が誉めて誉めて誉めてもらって伸びたタイプなので「誉めるのがうまい」とは思いませんが、それぞれの誉められる部分を見つけるのは結構できるかもしれないですね。
誉めてあげた時の子供の力の発揮度というのが、やっぱりスゴイんですよ。
指導という経験の中で自然に身に付いたんでしょうかね。
高校生の時にシンクロ留学したのですが、アメリカではコーチが「あなたこそ世界チャンピオンよ」ってある子に言って、その子が水に潜っている間に別な子に「あなたが世界チャンピオン!」なんてやってるんです。
そうやって育てるんですね。
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シドニー五輪でスポーツキャスターを務め、現在TBS・BSデジタル放送でもキャスターを務める。シンクロのデュエットでは一番手、二番手というのがある。
試合でも二番手は一番手の演技に合わせなくてはならない。常に一番手にこだわり続けた小谷さんが、二番手であるスポーツキャスターという立場をどうとらえているか。
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小谷 シンクロでは一番手にこだわりました。それは自分がシンクロに全てを賭けていて、誰にも負けない努力をしている自信があるからで、今TVの仕事をしていても、そこで一番手になる必要もないし、TVの仕事を始めさせていただいた時、こんな風にしなきゃいけないとか、頑張って仕事してるって思われようとか、そういうことを思っていた時期があるんですよね。「上手に目立たず聞き手をやってるよね」って誉めてもらいたい自分がいたんですよ。そういう時期ってかえって厭味だったり、でも今はそういう思いが全くなくて「厭な感じがしなかった」と言われるだけで嬉しいですね。
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スポーツ界・マスメディア
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小谷 最近スポーツがお金になるようになった。やる本人も周りにいる人も、なんとかスポーツをビジネスにしようと考える人が圧倒的に多くて、TVとスポーツが密接な関係を持ってるんで危ないですよね。
選手が引退する前からチヤホヤされて、例えばメダリストに出演依頼する時「スタイリスト、メイクどうしましょ?」なんて言ってきますから。上手に育ててくれればいいんですけど。私が最初にスポーツに出会った時のような、それで有名になってやろうとか、それでお金持ちになってやろうとかではなく、自分が好きだから一生懸命やって自分の中で進歩していきたいっていうピュアな心を持ってというのが少なくなってきたように思います。
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ソウル五輪以降「イルカに会いに来ないか」としきりに誘いかけてきたアルバート・スティーブンス氏がシンクロ引退後に掛けてきた電話の第一声は「引退おめでとう。ところでイルカに会いに来ないか?」だった。一年後、バハマでイルカと出会う。一瞬にして心の
通じ合う出会い。何日もイルカとともに泳ぐ。音楽もなく、振付もなく。地球の上の自分というちっぽけで無力な存在。
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小谷 シンクロやってオリンピックに行かなかったらイルカに出会うきっかけはできなかったでしょう。ソウルに行って出場したことで、そのTV中継を見ていたアルバート氏が連絡してきたわけで、それでも別にイルカなんか興味ないからいいや、と思ってた時期もあり、会うことができてもシンクロの技術がなかったら「わぁー!イルカに会って楽しかった!チャンチャン」で終わってたでしょうね。
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(C)Doug Perrine / seapics.com
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1993年に出会って以来、毎年夏に会いに行くのが楽しみとなる。
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小谷 イルカに会って来た後の自分が一番好きなんです。価値観がシンプルに戻るというか、海のエネルギーにふれて、「生まれてきて良かった」「有意義な存在でありたい」。こういう気持ちがどこからかやってきて、一体何に対してありがとうなのか、よく分からないんですが、「自分がいい人でありたい」「地球に住んでいる有意義な存在でありたい」という気持ちがどこからか湧いてくるんですね。
そうすると、格好いい車に乗って、素敵な洋服を着て、いいアクセサリー付けてって何なんだろう、と思うんですけど、ピューンって船に乗って飛行場に着くと、やっぱり免税店でグッチやシャネルを買いに走っちゃう自分に戻るんですね。まあそのまま戻らなかったら「あんたそのまま山にこもっちゃうわよ」って友達に言われるんですけど。
イルカと出会うことで自分が全てと思っていたスポーツが「たかがスポーツ」だったんだ、と思えた時期があり、そこからまたさらにイルカを通していろんなことを感じたり、経験していくうち、「されどスポーツでもあるんだな」とも思うようになっていったんです。
誰もがイルカと泳いで一体となれるチャンスがあるとは限らないじゃないですか。でもバハマに行けなくてもスポーツを一生懸命やることで、大自然がくれるのと同じような体験というか、同じレベルの境地に達することができると今は思うので、一度「たかがスポーツ」になったけれど「されどスポーツ」と思えるようになりましたね。
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1999年、結婚。
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小谷 イルカに会ったことは最初幸せでもあり、もしかしたら不幸かもしれない、と思ったことがあります。こういう出会いをしてしまうと普通の女性としての幸せ、人とこのくらい通じ合ったりというのができないかもしれない、とちょっと思い始めた時期もあったんです。
そうしたら赤い糸がフラッと降りてきて、フラッと結婚して、子宝にも恵まれて、これはイルカとの出会い以上に想像もしていなかった喜びで、やっと自分自身になれたというか。今は何やってても帰れる。家ということではなくて、心の中に拠り所がある。スイスの国際大会の時「生きててよかった」と思うと同時に何かを残したいと思ったのを覚えています。自分が地球に生きていた証を残したいと思ったんです。
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「赤ちゃんが生まれたら、もうイルカなしでもいいかな」 恐らく「心の支えにしなくとも」の意味を込めて、インタビューの最後をそんな言葉で締めくくった。
「もちろんイルカには会わせてあげようと思ってますけど」
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春にかけてクジラのリサーチに行っているので今年も例年通り行くつもりだという。イルカと出会った頃、彼らとともに彼方へ泳ぎ去ってしまうかにみえた彼女が
ゆっくり社会という生簀(いけす)に戻ってきた。
彼女は感じている。
生きる誰もがそれぞれに海を持ち、
そこではそれぞれのイルカが泳いでいる、と。
そして今、生まれてくる子どものために、
彼女自身が海になろうとしている。
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