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 マブチモーター(株)の本社は、千葉県松戸市松飛台という工業団地の一画にある。松飛台駅(北総開発鉄道)を出て北進すると、左手には広大な墓地(八柱霊園)、右手には真新しいモダンな造りの住宅が建ち並ぶ中に、野菜畑などが広がっている。

 取材当日は、5月晴れに恵まれ、陽光がまぶしい中で吸った空気は、実に新鮮でさわやか。喧噪の都心で働く身には、のどかな自然環境下で働く人たちがうらやましくもあった。同社は、馬渕健一名誉会長が1954年に創設した会社だが、広報宣伝室の持田謙二郎氏によれば、馬渕会長は少年時代、大変な模型好きだったようだ。
 生まれは香川県高松市で、実家はブリキ工場。小学生の時、健一少年は、自宅の池に模型の船を浮かべて遊んでいた。当時(戦前)は電動モーターなど無かった時代だから、模型船の動力源は工業用アルコールである。ところが、アルコールだと、動きがとろとろして今一つ満足感が得られない。工場の若い従業員たちもいろいろ手を尽くしてくれたが、結果はさほど変わらない。その時、健一少年の脳裏にふとしたひらめきがあった。「ガソリンを使ったらどうか・・・?」。
 さっそく、試してみたところ、ガソリンに引火してやけどを負ってしまった。この時の苦い体験が、後に同社の一時代を築くモーターの発明につながる契機だったと、馬渕会長は述懐しているそうである。
 終戦後、焼け跡から身を興して高松に関西理科研究所を設立。教材用のモーターを学校に売り歩いたが、特許を申請していなかったために、他のメーカーに真似され、研究所はたちまち苦境に陥った。それから紆余曲折を経て、現在の会社を立ち上げたのだが、「世界の子供たちに安全な動力を」の信念が実を結び、同社の模型・玩具用モーターは広く世間に受け入れられることになる。今日、世界に冠たる小型モーター会社に発展させた原動力が少年時代のやけどにあったというのだから、運命というのはわからないものである。その馬渕会長の性格を受け継いだのでもないだろうが、同社には模型好きで探求心の旺盛な社員たちが集まってくるという。本社ビルの屋上には、ラジコンカーのサーキット場があり、童心を引きずった若い社員の姿が、テレビ東京の「出没!アド街ック天国」の松戸特集の中でも紹介された。

 今回取材に協力してくれた製品開発室の板谷英樹氏は、同社への途中入社組であるが、モーター開発歴20年あまりという大ベテランである。大変気さくな人柄で、専門用語をあまり使わず、ごく基本的なことをかいつまんで話してくださった。それでも、全体の半分、いや3分の1程度しか記事にできなかったのは非常に心残りである。
 「よかったですよ、板谷さん」。クライアントのメーカーからのその一声をかけてもらうために、開発を続けているようなものと自重気味に話す板谷氏だったが、それが本心から出た言葉であるだけに印象深かった。水中モーターなどで遊んだ記憶がよみがえり、少年時代にタイムスリップしたような感覚に陥った楽しい取材。この場を借りて、改めて感謝し申し上げる次第である。