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五十嵐太郎(建築史家)

 

↑水戸芸術館 全景
  写真提供:水戸芸術館


− エントランスホール −

− 外 観 −

− 広 場 −

●構成とプログラム

 水戸駅から1キロばかり西へ進んだ街の中心地に水戸芸術館はたっています。1990年に完成したこの建物は水戸市制百周年(1989年)を記念して、アートタワー・ミトと呼ばれる高さ100メートルの塔をもち、遠くからでもすぐに見つけることができます。したがって塔はもちろん芸術館のシンボルなのですが、同時にヨーロッパの教会の塔のような街のシンボルとしても機能しています。
 水戸芸術館を設計したのは、日本のみならず、ロサンゼルスやバルセロナなど、世界各地で公共施設を手がけてきた建築家の磯崎新です。彼は、20世紀前半のモダニズム建築(機能性や合理性に基づき、装飾を排して、幾何学的な構成を行うデザイン)の無機的で画一的な側面を批判して、1960年代以降、幾何学的な形態の可能性を追求したり、過去の歴史的な建築のモチーフを引用するなど、多様な表現を展開してきました。

例えば、エントランスホールの道路側ファサード(建物の正面。また、建物の外観を構成する主要な立面。)には、大きな窓があります。この上部が広い台形は、古典主義建築(オーダーと呼ばれる柱の形式に基づき、全体の比例を秩序づけるデザインのシステム)においてアーチのてっぺんに置かれるキーストーン(かなめ石)と大変よく似ています。もしかすると、ここでは歴史的な建築の形態であるキーストーンのデザインを引用して、巨大化させたのかもしれません。
 全体構成を見てみましょう。建物が広場をコの字型にとり囲んでいるのがわかります。向かって右側に塔があり、反時計まわりにたどっていくと、真ん中正面が現代美術ギャラリーとカスケード、左奥がコンサートホールATM、そしてエントランスホール、ACM劇場、左端の会議場と続きます。これらの施設を回廊がつないでいます。
 芸術館のプログラムの特徴は、大きな多目的ホールをひとつつくるのではなく、必要とされる専門的な空間を集合させていることです。そして敷地にも余裕があるからなのですが、設計者は各施設を積み重ねずに横方向に連続させて、歩行者に威圧感をあたえないスケールに分解しました。こうして建物が複合しながら空き地を囲む、ヨーロッパの都市の広場を思わせる空間はつくられました。

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●幾何学と古典主義

 各施設は異なる幾何学的な形態をもち、それぞれの独自性を主張しています。三角形の基壇の上にたつ、正四面体を積み上げた塔。ピラミッドと三角屋根のある直方体のギャラリー。円を内接する六角形のコンサートホール。円筒形と立方体を組み合わせた劇場。半円と正方形を用いた会議場。一見、ばらばらのようにも思われるかもしれませんが、同じ素材を使うことで全体の統一感が生まれています。
 一方で各施設は古典主義建築風の外観をもっています。例えば、劇場や会議場にはピラスター(付け柱)が、塔の足元にはペディメントと呼ばれる三角形の破風があります。いずれもギリシア・ローマ時代以降、ヨーロッパの古典主義建築で使われた基本的な構成要素でした。また建物の低い部分には粗い仕上げの石材を用いていますが、これは古典主義建築のルスティカ積み(外壁の主に下層部分で大胆な表情をあたえるよう、深い目地で石材を粗く積む石積み法)を意識したものでしょう。
 銀色に輝くメタリックな塔は、芸術館において全体のアクセントとなる例外的な存在です。まず、ほとんどの施設が水平方向に展開しているのに対し、唯一、塔だけが垂直方向の要素になっています。そしてチタンでおおわれた未来的なイメージの外観や、実現するにあたっての新しい構造技術の応用は、過去のイメージをもつ石貼りの古典主義建築と異なる性格をあらわしています。さらに塔の内部は豪快な構造をむきだしにしました。 磯崎新は30年以上のキャリアにおいて様々なデザインを行いました。これを大きく分類すると、60年代は技術的な提案に関心を抱き、70年代は幾何学的な形態の操作を行い、80年代は歴史的な建築の引用を試みています。とすれば、ちょうど1990年に完成した水戸芸術館は、これらの手法を統合したものとみなせるでしょう。各施設は歴史的な要素を引用しつつ幾何学により構成され、塔はテクノロジーを表現しているからです。ちなみに、新都庁舎のプロジェクトも、同じ頃の作品なので、雰囲気は似ています。

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■北九州市立美術館■

■西脇市岡之山美術館■

■ハラミュージアムアーク■

■ロサンゼルス現代美術館■

■奈義町現代美術館■

<<・Igarashi Taro>>

●磯崎新と美術館

 磯崎新は多くの美術館を設計してきました。立方体のフレームを連続した群馬県立近代美術館や、ダイナミックに2つの細長い直方体を並べた北九州市立美術館のほか、西脇市岡之山美術館、ハラミュージアムアーク(伊香保グリーン牧場内)ロサンゼルス現代美術館奈義町現代美術館など、それぞれのテーマを追求しましたが、水戸芸術館のギャラリーでは、19世紀のイギリス人建築家ジョン・ソーン(1753-1837:イングランド銀行などにおいて、独創的なアイデアにより、過去の建築を自由に再解釈した新古典主義の建築家)の仕事を参照したといいます。独立した部屋が2列に続く空間構成と上部からの採光システムは、個人美術館の先駆けになったソーンのダリッジ絵画ギャラリーを意識しました。
 磯崎新は若い時から美術作家との交流をもち、現代美術に造詣が深く、自ら美術展や建築展の企画に関わることもあります。そうした長年の経験から、磯崎新は自然光の入るプラスターボードの白い壁の展示室が活動的な空間にふさわしいと判断し、作品を干渉しないように不必要なディテールを可能なかぎり減らしました。したがって、展示室はピクチャーレールをなくし、非常口のサインや消化器などを隠したニュートラルな空間になっています。
 細かく見てきましたが、水戸芸術館では、様々な工夫がなされ、いろいろな幾何学的な形態や歴史的な建築物の引用のあることがわかりました。この建物を注意深く観察するだけで、幾何学の性質を学び、建築の歴史を振り返ることさえできそうです。まるで幾何学と建築史の教科書を兼ねたような芸術作品。しかし、その解釈はひとつに限定されません。例えば、磯崎新自身は、ここに哲学者のプラトンが自然の中に見いだした立体のすべてがあるといいますし、新都庁舎のように、アジアの風水や五行の要素が隠されているともほのめかしています。おそらく、水戸芸術館は多様な解釈を誘発する建築なのでしょう。ですから、各々が実際に建物の前に立って、自由に連想を働かせることをおすすめします。

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文/建築史家 五十嵐太郎