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主人(あるじ)と共に呼吸する

引き継がれたタクミ「キネティックオートリレー」の誕生

 

新型ウオッチ開発の前に立ちはだかった“省エネ”の壁

自動時刻復帰機能付きウオッチ「キネティックオートリレー」の誕生

自動巻きとクオーツの長所を生かせ! キネティック開発の原点

ちゃんと考えれば1桁、ちゃんとやれば2桁

発電性能を上げろ! リストバンドをはめて発電量をチェック

プロジェクト中止の決定に一度は悲嘆に暮れたが・・・・・・

バージョンアップで進化し続けるキネティック

次は、どんな“世界初を届けてくれるのか

 

新型ウオッチ開発の前に立ちはだかった“省エネ”の壁

 

「使わないときは止めておけばいいじゃない」
 商品企画部長がふいに発した一言に開発チームの技術者たちは一瞬呆気に取られた。
 電池寿命を飛躍的に延ばすために、いかにして発電性能を上げ、消費電力を節約するか。キネティック(後述)の新機種開発を巡る会議での発言だった。
「本当に止めていいのか。それで腕にはめて現在時刻に戻せるのか」

 FX推進室 グループリーダー
 長尾昭一

 議論は白熱した。開発チームを率いる長尾昭一(現FX推進室グループリーダー)は、「そんなバカな話」と、はなから相手にしなかった。賛同する者も少なかった。ほかの商品開発に翻弄され、手が回らなかったという事情もある。
 ところが、それまで手がけていた仕事に区切りがつき、時間にも気持ちにも余裕が生まれると、技術者たちの間に、“バカな話”がにわかに頭をもたげ始めた。機運がしだいに高まり、機は熟したかに見えた。何回、何十回となく会議を開いて企画を練った。しかし、一筋縄ではいきそうもないとわかった。
 それまでのキネティックは、時分針も秒針も1つのステップモーターを使って同じ系列下で動いていた。このため、一度停止した時計をもとの時刻に戻そうとすれば、時分針も秒針も同時に回ることが避けられなかった。1時間戻すときの秒針のステップ数は3,600回。消費されるエネルギーはバカにならない。秒針を回さないようにするにはどうすればいいのか・・・。
 何よりも厄介だったのは、時計自体が自分の示している針の位置を何もわかっていないことだった。何時何分に戻れといっても、針の位置を検出できないのでは現在時刻に復帰できない。省エネのために「止めておけばいい」という理屈はわかるが、その壁を突き破るアイデアはなかなか生まれてこなかった。チームの士気は萎え、商品化は無理というムードが濃くなっていた。

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自動時刻復帰機能付きウオッチ「キネティックオートリレー」の誕生

 

 ある日、企画会議に出席していた1人がこんな発言をした。
 「止めてから何秒経ったか、時計に数えさせておけばいいじゃないか」
 この一言が、チームの士気を呼び戻す起爆剤になった。
 「大変だ。しかし、すごい開発になるかもしれない」
 “バカな話”が、現実味を伴った目標に変わっていった。
 時分針と秒針が同時に回るのを避けるには、それぞれを回すモーターを独立させなければならない。ムーブメントの狭い空間にはすでに2個のモーターが入っていたが、開発チームは設計に工夫を凝らしてさらに1個を無理やり押し込んだ。針が止まっている間の経過時間は、内蔵のIC(集積回路)に記憶させた。こちらは24時間不眠不休で働き、何ステップ停止していたかを正確にカウントしてくれた。
 開発に2年半を費やした。1999年、「キネティックオートリレー」の名で登場したキネティックの新機種は、腕から外している状態が約72時間(※1)続くと運針を停止し、最長4年間(※2)放置していても、使用を再開すれば30秒以内に現在時刻に復帰するという性能を身につけていた。発売と同時にセイコーウオッチの顔になった。
 「自動巻きの愛着を残しながら、時刻合わせの煩わしさを解消した画期的なウオッチ」
 開発に当たった一人、ウオッチ事業部の北原丈二(W設計グループ主任)は、オートリレーの特長をそう説明した。消費電流は、従来商品の約10分の1に当たる0.06マイクロアンペア(※3)。エネルギー効率の課題も見事にクリアしていた。

※1 オートリレーは、腕から外しても72時間(3日)は駆動しているので、例えば、一般の勤務労働者なら、週末の土日にまったく使用しなくても大丈夫。また、オートリレーには“強制パワーセーブ機能”がついているので、消費エネルギーをさらに節約しようと思えば、リューズを通常位置から一段引き出し、1秒以内に元の位置に戻すと、約72時間を待たずに運針を止めてしまうこともできる。


※2 オートリレーが開発されるまで、キネティックの持続時間はフル充電で最長約6ヵ月だったが、使わないときに一時的に運針を止めてエネルギー消費を最小限に抑えるという“パワーセーブ機能”によって飛躍的に延長された。“4年間”という数字は、過去のデータから、出荷してから店頭で販売されるまで、まったく携帯されない期間などから算出している。


※3 1969年に登場した世界初のクオーツウオッチ「アストロン」の場合、消費エネルギーは約18マイクロアンペアだった。それが、90年代後半の標準的な市販モデルで約0.6マイクロアンペア、さらにオートリレーはこれを10分の1の0.06マイクロアンペアまで低減させ、69年当時に比べて約300倍の省エネを達成したことになる。

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自動巻きとクオーツの長所を生かせ! キネティック開発の原点

 

 88年に市販モデル第1号(※4)を発売して以来、セイコーエプソン社はキネティック・ムーブメントに、改良に改良を重ねてきた。
 あえて言うまでもなく、現在世界中の人々が愛用しているアナログウオッチは、ゼンマイなどを使った自動巻き(機械式)と、電池で動くクオーツに大別される。自動巻きは腕からはずすと数日で停止し、時間の狂いも大きい。クオーツは腕への着脱に関係なく動き続け、誤差が極めて少ない。精度の高さでクオーツは自動巻きをはるかに凌駕している。
 しかし、自動巻きにも優れた点がある。それは自己完結型のエネルギーシステムを備えていることだ。腕の動きを感知してゼンマイが巻かれ、それによって生ずるエネルギーで延々と時を刻むことができる。クオーツの最大の欠点は、電池寿命が尽きた時点で交換を余儀なくされることだ。我々にはあまりその認識がないが、廃棄された小さな電池も、積もり積れば環境破壊につながりかねない。
 両者の欠点を解消し、長所を最大に生かした電池交換不要のウオッチをつくれないか。キネティック開発の原点となるこの発想は、60年代末からすでに芽生えていたが、実用化に向けた研究が本格的にスタートするまで、なお10年以上の歳月を待たなければならなかった。
 その開発経緯に言及する前に、“自動巻き発電・蓄電機構付きクオーツ”と称されるキネティックが、いかなる代物であるかを説明しておく必要があるだろう。
 図は、キネティックの心臓部に当たるムーブメントの分解図である。ふだん覗くことのできない文字板の陰では、こうした精巧に組合わさった複数の部品が、人間の腕の動きによって生ずる運動エネルギーを電気エネルギーに変え、それをさらに機械的エネルギーに変換して精確な時を刻んでいるのである。機械式の自動巻きウオッチと同様に、回転錘と呼ばれる半円形のおもりが回転するところから始まるその駆動システムはおおむね次のようなものだ。
 
1.腕の動きを感知して回転錘が回る  
2.回転は輪列機構によって約100倍に増速され発電ローターに伝達される  
3.高速で回転する発電ローターによって電磁誘導が起こり、発電コイルに電気が発生する  
4.発電された電流は充電ユニットに蓄えられる  
5.蓄えられた電気エネルギーは、水晶振動子やステップモーターなどの駆動回路に供給され、針が動く

 

※4 キネティックの市販モデル第1号(7M系、当時はAGSと呼ばれた)は、88年1月にドイツで、4月に国内で販売が開始された。フル充電で3日間持続する性能を備えていたが、発売後、すぐに止まってしまうというクレームが相次いだ。生活スタイルが変わってあまり腕を振らない人が増えたことが一因として考えられたが、後に改良されたキネティックに比べるとエネルギー効率も今一歩だった。  ちなみに、AGSが世界共通でキネティックという呼称が使われるようになったのは97年ころからである。

 

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ちゃんと考えれば1桁、ちゃんとやれば2桁

 

 実用化の道を切り拓いたのは、“いろいろなことを思いつく好奇心の固まり”として社内でも定評のあった吉野雅士だった。吉野は71年に諏訪精工舎(現在のセイコーエプソン)に入社して以後、毎秒180度回転するセイコー独自のステップモーターを開発するなど、クオーツウオッチの量産化に大きく貢献してきたが、その吉野にしても、発電についての知識は完全ではなかった。
 83年、吉野は入社2年目の若手社員に発電に関する理論解析を託し(※5)、自らも自転車のヘッドランプ用発電機や懐中電灯を分解するなどして、発電のしくみをコツコツ研究していった。その過程で、10ミリアンペアの電流を取り出せれば商品化できるのではないかと漠然とした当たりをつけた。確たる根拠はなかったが、技術者としてのカンや感性がそう言わせたのだろう。とはいえ、改造したウオッチサイズで発電したとき、実際に取り出せたのはわずか0.1ミリアンペア。目標値の100分の1に過ぎなかった。
 吉野は、あと一歩というところまで発電性能を高めた時点で別の開発部門に移っていく。後を引き継いだのは、それまでクオーツ全般の設計を担当してきた長尾(前出)だった。長尾が開発チームに加わった当初、目の前には発電サンプルがあるばかりで、商品化の目処は立っていなかった。発電性能や消費電流を云々する前に、長尾は発電量をどうやって測定すればいいのかさえ知らなかった。回転錘が回って発電すると、電磁誘導の法則で、回転錘にブレーキがかかって回らなくなる。そんな課題も吉野の置き土産になっていた。10名あまりで編成された開発チームの誰もが商品化は不可能と思うほど、難題が山積していた。
 しかし、長尾の頭には「ちゃんと考えれば1桁(10倍)、ちゃんとやれば2桁(100倍)。技術レベルはそうやって向上するものだ」という吉野の持論がこびりついていた。
 漠然とした目標を想定し、それに対して現状のラフなオーダーが100分の1なら、その目標の妥当性を検証しながらも何とか乗り越えられる。
 引き継いだ以上、後戻りはできなかった。

※5 吉野が発電の理論解析を一任したのは、安川尚昭だった。セイコーエプソン社では入社2年目の社員に技術論文の提出を義務づけていたが、当時吉野は安川に対して一般的な論文指導ではなく、実用化を念頭に置いたかなり厳しい指導を加えていた。それを出勤直後の朝8時から8時半まで徹底的に行っている光景がよく見られたという。

 

 

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発電性能を上げろ! リストバンドをはめて発電量をチェック

 

 当時長尾は三十路の域に入っていたが、大半のメンバーはそれより若かった。深夜残業や休日出勤が続いても、苦労や疲れをカバーして余りある気力と体力に満ちていた。
 発電からモーターが駆動するまでの一連のシステムが漠然と見えてきた段階で試作品をつくり、それでうまく発電できるかをテストするが、発電性能が上がったかどうかを確かめるには電圧を測るしかなかった。回転錘が自由落下したときに生じる発電量とローターの周波数。そこから得られるデータにどんな意味があるかもわからぬまま、とりあえず測定だけは地道に続けた。ただ、机上という静かな場所でとるデータがあまり参考にならないことが後でわかった。
 あらゆる電子機器の中で、ウオッチほど苛酷な扱いを受けるものはない。四六時中激しく動く“腕”につけてなんぼのものか。過去に試したこのとない駆動回路で果たしてちゃんと動いてくれるのか。さまざまな思いが頭の中を交錯し、不安材料に事欠かくことはなかった。
 開発チームのメンバーたちは、製作途上にある奇妙な外装の試作品を左腕にはめ、その上をリストバンドで覆い隠した。そうして部外者に気づかれぬようにし、業務中も休みの日も、何か行動した後には、裏蓋を開けてこまめにテスターで発電量をチェックした。
 発電量は電源電圧の変化によって大きく揺れ動く。現在は、電圧がほぼ一定の二次電池を使っているが、当時はキャパシタというコンデンサを使っており、充電されればされるほど電圧が上がった。したがって、電圧が上がると発電性能が高まったとみな喜んだ。「えらい上がったじゃん。何したんだ」「雪かきした」「畑仕事した」。電圧が極端に下がれば、「おまえ、どういう生活してるんだ」。部内ではそんなやり取りが頻繁に交わされた。
 しかし、実際のところ、腕につけた状態では思うように電流が貯まらなかった。ショートさせて電圧を下げてしまうような失敗も何度やらかしたかわからない。改良しては試し、試しては改良する。こうした作業が延々と繰り返された。

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プロジェクト中止の決定に一度は悲嘆に暮れたが・・・・・・

 

 長尾は、ステップモーターが発するパルス幅を、通常の8段階から倍の16段階に細かく制御することによって消費電流を少なくし、同時に当初3個入れる予定だったコイルを2個に減らした。そのうえで、発電量を増やすために回転錘をもっと大きくする必要性を感じていた。
 だが、そうした場合、通常よりはるかに重くて厚みのある製品が出来上がってしまう。完成体で厚さわずか1ミリのドレスウオッチが出回るなど、時代は薄型ブームを迎えていた。「ごつい時計に商品価値があるのか」。社内では疑問視する声も多く上がった。それが不測の事態を招く予兆であることに長尾はまだ気づいていなかった。
 86年3月、まだ性能面での不安を残しながらも、キネティックのプロトタイプは、スイスのバーゼルで開かれた見本市に参考モデルとして出品された。そのバーゼルフェアの直前に、長尾たちは、プロジェクトの中止を言い渡されていた。「厚くて、重くて、高価なウオッチは、国内の市場ニーズに合わない」というのがその理由だった。
 何のために“泥臭い”研究を続けてきたのか。メンバーたちは一様に肩を落とした。そうした状況下にあっても、長尾は自己完結型のキネティックの可能性にこだわっていた。
 同年10月、長尾はスイスに赴き、欧州腕時計学会でキネティックに関する技術発表を行った。日照時間の少ないヨーロッパの技術者たちは、ソーラーウオッチよりも“優れたシステム”と高く評価した。そのことがトップを翻意させる引き金となったかどうかは知らないが、急転直下、商品化へのゴーサインが出た。

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バージョンアップで進化し続けるキネティック

 

 基本型はできていた。社内テストも一通り済ませていた。どうにか生産ラインまでこぎつけた。だが、事はスムーズに運ばなかった。
 市販モデル第1号の生産を開始したころ、衝撃による発電ローターの破損と、アブソーバー(強い圧力が加わったときにスリップしてショックを和らげる吸収装置。これがうまく機能しないと破損したり、ローターがうまく回らず発電しない)がスルスルすべるという2つの問題をはらんでいた。欠陥があるとわかったのは、工場で1万個分の製品の組み立てを終えようとしているときだった。長尾は“ドロドロ”の気分を味わい、唇を噛み締めた。
 何十人もの工場の社員が休日出勤を厭わず、商品を1つ1つチェックしてくれた。事業部のトップは「納期だけは間に合わせろ」とだけ注文をつけた。その心遣いに感謝し、申し訳ないと思ったが、何が原因なのかわからなかった。
 長尾は、知り合いの時計職人のもとに駆け込んだ。技能オリンピックの選手たちに技術指導なども行っていた昔気質の男は、「軸の油がなくなっているんだよ」と事もなげに言った。強い圧力と高速回転。何千回もテストしているうちに注油していた油が遠心力で外へ飛び出し、瞬間的に部品の一部が焼き付いて摩耗していた。
 量産態勢に入った段階で、新しい部品をつくる余裕はない。形状の違う部品に切り替え、最終的には設計をやり直して急場をしのいだ。期待と不安を乗せて、市販モデルの第1号は先の読めない航海に乗り出した。88年1月のことだった。
 長尾たちは、91年にそれをさらにバージョンアップした発電効率の高い自信作(※6)で勝負に出た。これが、市場のニーズを的確にとらえ、歴代のセイコーウオッチの中でも爆発的なヒットとなった。
 気をよくしたメンバーたちは、その後、女性を意識した小型・薄型のラインアップを揃え、さらに高級化・高機能化を目指して邁進していく。99年にはバーゼルフェアで一大センセーションを巻き起こした多機能ウオッチ「クロノグラフ」(※7)、そして前記のオートリレーと、キネティックの後継たちが華々しいデビューを飾っていった。

※6 5M系と呼ばれる市販モデル。キャパシタと呼ばれる充電ユニットの高性能化が進み、フル充電で約7日間の連続時間が可能になった。さらに現在のモデルでは、持続時間が約6ヵ月にまで改良されている。


※7 キネティック機構に、ストップウオッチ機能(10分の1秒計、秒計、30分計、12時間計)などを取り付けた、デザイン性にも優れた多機能型ウオッチ。ムーブメントには350個あまりの部品が使われている。製造数が限られ、価格も国内では30万円以上とかなり高めだが、予約注文が後を絶たないほど人気が高く、現在ではセイコーの1つの顔になっている。

 

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次は、どんな“世界初”を届けてくれるのか

 

 長尾は数年前、ある雑誌社から受けた取材で「クオーツにできるものはキネティックでもすべてできる」と答えている。おそらくその確信はオートリレーの誕生をもってほぼ証明できたに違いない。しかし、技術は新たな技術を生み、商品の顔を塗り替えていく。
 ウオッチ事業部の加藤洋(W商品企画部主事)は、早くもスタートしている次の戦略についてこう語っている。
 「現在、ゼンマイによる機械的エネルギーを使って、クオーツ並みの精度で動かす新しい商品を開発中です。しかも、キネティックと違って電源を必要としないので、自己完結型の次世代の駆動システムです。当然、電池交換もいりません」。
 加藤の言う新商品は、「スプリングドライブ」の名で2年ほど前から数量限定で市場にお目見えしている。
 ウオッチ業界は、サイズや薄さ・デザインをはじめ、高性能・多機能などの開発競争にしのぎを削ってきた。その歴史の底流にはいつも持続・耐用年数延長への挑戦があった。電池交換不要ではなく、電池そのものが不要のウオッチ。半永久的に使え、環境にやさしい次世代型商品が、市場を席巻する日はそう遠くないかもしれない。
 のちに吉野から、キネティックの育ての親と言われ、開発チームを10年以上にわたって率いてきたリーダーの長尾は、「見せかけの機能はいらない。所有しているだけで満足感が得られる“しっかりしたつくり込み”のウオッチを手がけてみたい」という。設計の北原は、「愛着」にこだわる。「仮にデザインに愛着を感じるというなら、それに合ったムーブメントの設計に尽力したい」。企画の加藤は、「親から子へ代々伝えられるもの」と言う。
 微妙に異なるそれぞれの思いがどのように結実し、これから先、どんな“画期的製品”を我々の元に届けてくれるだろうか。ウオッチの省エネには心血を注ぐが、自分たちの省エネには無頓着。そんな熱血セイコーマンたちへの期待は膨らむばかりである。

KITAHARA    NAGAO    KATOH

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文/ルポライター 月坂 良


セイコーウオッチ株式会社 http://www.seiko-watch.co.jp/