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ジョサイア・コンドルは大正9年に67歳の生涯を終えました。
明治10年に24歳の若さで来日して以来、数多くの西洋建築を日本に残した建築家です。
宮殿邸宅、公官公庁、教会、会館、病院など実現した建築作品は75件、計画案を含めると100件ほどにも上り、デビュー作を除いたそれらすべての建築が日本における作品だそうです。
ここではコンドルの手掛けた西洋建築の数々をご紹介します。

 

 ■ニコライ堂(日本ハリストス正教会東京復活大聖堂)

東京都千代田区神田 1891年(明治24年)
ロシア正教会の宣教師ニコライが伝道の本拠とした大聖堂。
ロシアのシュチュールボフの設計図に基づきコンドルが実施設計を手掛けた。
大正12年、関東大震災で内部など焼失したため、現在は岡田信一郎によって修復された姿を見ることができる。

 

 ■岩崎久彌邸(三菱三代社長)

東京都文京区湯島 1896年(明治29年)
コンドルの作品の中で多くを占める上流階級の政府高官や富豪の邸宅。
中でも岩崎彌之助邸宅をはじめとした岩崎家の主要な洋式邸宅は、すべてコンドルが手掛けている。

 

 ■諸戸清六邸(山林経営)

三重県桑名市太一丸 1913年(大正2年)
明治初期に山林経営などで財をなし「桑名の山林王」と呼ばれた諸戸家。
明治末期に洋・和館の新邸を計画し、コンドルは洋館の依頼を受けた。

 

 ■島津忠重邸(島津当主)

東京都品川区東五反田 1915年(大正4年)
公爵島津忠重の代になって改築が計画され、コンドルが依頼を受けた。
[現・清泉女子大学]

 

 ■古河虎之助邸本館(古河鉱業三代当主)

東京都北区西ヶ原 1917年(大正6年)
古河鉱業社長の男爵古河虎之助の本邸。広大な洋風庭園もコンドルの設計。
[現・大谷美術館]

 

参考文献:

『鹿鳴館の夢 建築家コンドルと絵師暁英』
[INAX BOOKLET Vol.10 No.3](INAXギャラリー)

画像提供:

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