|
三和電機のある栃木県茂木町には、都内から車を飛ばして3時間あまりを費やした。近隣に焼きもので有名な益子町がある農村然としたこの町は、駅前周辺にちょっとした商店街があるだけで、これといった特徴は見当たらない。
その商店街から少し離れた道沿いに三和電機の本社と工場があった。本社屋の会議室で我々一行を出迎えてくれたのは福田敏男社長と生産技術課長の羽石省一さん。創業以来30年あまり苦楽を共にしてきた名コンビである。
福田社長は栃木訛りのある穏やかな話ぶりだが、発言内容は明快で信念の強さも伝わってくる。過去に不渡りが一度もない。これまで国内外に納品したマシンに一つも故障が出ていない。競合メーカーのどこよりも納品が早く、どこよりも値段が安い。青木功プロとコースを回ったことがあるというゴルフは、練習しなくてもいつも高スコア。コイルは巻けるが、ゴルフには負ける気がしない。すべてに、「自慢じゃないですが・・・」の断りがつく。だれが聞いてもしっかりした自慢話だが、不思議に嫌みを感じさせないのは人柄ゆえか。常に相手の出方を読み戦略を練る。そうして、時代の先も読んできた。
今でこそ経営は右肩上がりだが、資金繰りではずっと苦労の連続だったようだ。産学共同で研究開発を進めるなど、県からの助成で少ない研究開発費を賄ってきただけに、無駄なところには金をかけない精神が徹底している。「取引先からかかってきた電話では長く話しますが、こちらからかけた電話は1秒でも早く切るようにしています」と一行を笑わせる。
現在は、コルクづくりから、モーターのメンテナンスや、マシンとソフトをセットしたシステム販売、コンピュータソフトの開発などへ業態をシフトし、販路の拡大に努めている。
一方の羽石氏は極めて冷静沈着。モーターのコイルやマシンに関して専門的に学んだわけではなく、実地で知識と技術を身につけてきた。コイルづくりの指導ではモンゴルにも足を運んだ。「そういった経験ができるとは若いころには想像もつかなかった」と、現在の仕事に充実感を覚えているようだ。学校を出てのんびり過ごしたいと考えていたが、家庭の事情でたまたま福田社長と知り合って以来の腐れ縁(?)。会社では福田社長との付き合いが最も長い。標準語で理路整然と話す態度は、情緒的な福田社長とは好対照で、頭の切れる名補佐役という印象を受けた。
取材時は、ちょうど島津製作所の田中耕一氏がノーベル賞を受賞した直後だった。福田社長は「お金は無駄にしてはいけないが、仕事には無駄(失敗)がないとだめだ。私はあんなひょうひょうとしたタイプが好きですね」と表情を和らげる。失敗をバネにして会社を大きくしてきた苦労体験がそう言わせるのだろう。両者にはいくつもの共通点があるように見えた。
三和電機の名を知る人はあまり多くないに違いない。しかし、大企業の陰に隠れて偉業を成し遂げている小さな世界企業がそこにあった。こうした会社や人々が日本経済を支えているのだと強く感じた。
|