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解体の始まった江戸川アパートでは「捨て猫禁止」の看板がダンプカーの巻き起こす風にゆれていた。建設機械がうなりを上げる清砂通アパートでは巻き上がる塵埃の向こうに高層の巨大団地がそびえていた。間もなく解体の始まる青山アパートではテレビアンテナに蔦がからみつき屋上を覆い始めていた。まだ現役の上野下アパートでは枯れた長唄が暗い階段を這うように湿った空気を震わせていた。壁がくずれ管が剥き出しになった三ノ輪アパートではプロ野球の実況中継が洩れ狭い玄関先に黄色いサーフボードが立てかけてあった。
何人、何世代の家族たちがこのアパートを通過して行ったことだろう。同潤会アパートの幻影を追って歩くうちに、ふと世界の歴史と文化を見据えて逝ったある作家の言葉が甦った。
創り、維持し、ぶっ壊す…。
創り、維持し、やがてぶっ壊す…、ぶっ壊したものを修復し、維持し、保存する…。
人間のすることはこれだけか、と思われて来ることがある。 (堀田善衛『スペイン断章』引用)
セトル仲之郷、代官山アドレス、プリメール柳島、シャンポール三田、モンテベルテ横浜、ザ・ウィンベル飯田橋、イーストコモンズ清澄白河・・・。名称はモダンに変わったが、同潤会の精神は継承されているのだろうか。次の時代に向かって私たちは何を継承して行けばよいのか。
未だ現役の井戸残る上野下アパートの前庭で、かくれんぼに興じる子供たち。めっきり目にすることのなくなった光景を見ながら、形は去れども、せめてその精神(こころ)は「まぼろし」にしたくないと強く感じた。
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