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自分を見せたい、と、思う。見られたいし、少しは自信もある。
でも、あまりジロジロ見られるのはイヤ。見られたくないわけでは、ないのだけれど・・・やっぱり、見ないで欲しい。けれども、見られたいから、「ここ」にくる。
複雑で、なんとも言いようのない「心理」なのです。でも、「見る/見られる」という、自分と他人との関係は、そんなふうな心の揺れ動きの中で、「私」をどう定めたら良いのかわからずに彷徨(さまよ)っているようでした。
取材先を求めて東京の街を探索している時、そんな光景に出会ったのです。
「五感」という窓口から現代社会を見回してみようとルポをスタートし、「視覚」についての調査を重ねている最中のことでした。
カリスマ美容師が巷で話題となり、若い女性がこぞって原宿の美容院に殺到しはじめた頃のことです。この時期から原宿の美容院は、道を歩いている通行人から店内が丸見えになるほどの、とても大きなガラス窓を使うようになりました。要するに、店内を見せることを目的にした美容院が登場したのです。これには、美容師がテレビや雑誌で、まるで売れっ子の芸能人のように扱われるようになった、という背景がありました。
そうした現象が、「美容院に行く」という普通の行動を、「売れっ子美容師に髪を切ってもらう」という、特別で特権的な出来事にすりかえてしまったのです。 おかげでそうした空間に参入するには、かつて他人に見せることなど考えもしなかったカットやパーマを、今度は通行人という不特定多数の他者に積極的に見てもらうという、「心理」の逆転が必要になりました。
でも人間は、これまでの慣習を、そう簡単には変えられません。もちろん悪事を働いているわけではありませんし、有名な美容師に美しく変身させてもらっている姿を他人様に見せるのだから、自慢できる私のはず……、でもなんだか、そんなにじっと見られると恥ずかしい。という、なんとも、「見る/見られる」をめぐる不思議な心理的時間が、その空間に流れていたのでした。
ここ10年、「五感」というテーマにこだわってノンフィクション作品を発表してきました。はじめて『クレア』という文藝春秋の月刊誌で連載をスタートした頃は、「五感」というテーマをうまく理解してもらうことができなくて、取材やインタビューに苦労したものです。それでも、なんとか5つの感覚をめぐって、作品を発表し続けてきました。
そんな中、「視覚」についてのレポートにはもっとも注意を払ってきました。
現代社会に暮らす私たちは、80〜90%の情報を「視覚」から得ていると言われています。一瞬にして情報を把握することができる視覚情報は、写真から映像、そしてテレビへと着実に進化をとげ、私たちの大切な情報源となっています。
でも、「視覚」を、他の感覚とともに働かせることを忘れてしまうと、私たちは「錯覚」という危うい罠にはまりかねません。火事を伝えるニュースは、炎の燃えさかる現場の画面だけでなく、焼けこげたニオイや皮膚で体感する火の熱さなど、「嗅覚」や「触覚」と複数に組み合った時にこそ、「本当」の情報になるからです。
見ること、「視覚」だけに頼るのではなく、複数の感覚を同時に働かせてネットワークさせること。それが、「五感」というテーマで10年ほど取材し続けてきた私が見つけた、1つの結論です。
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