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母と路地を歩いていたら、近くの家の2階からシャボン玉がいくつも降ってきた。そして「膨らんだよ」と小さな声がした。私の脳裏にふと一つの思い出が蘇った。
私はシャボン玉を見たことがない。それは“sceneless”(全盲)だからなのだが、そのシャボン玉がくれる穏やかな時間は、子供心にも特別なものに思えていた。
男の子たちのいない静かな日曜の午後、私はよく、仲良しの女の子と公園の木陰でシャボン玉遊びをした。でも私のシャボン玉はなかなか膨らまなかった。
風船ガムやホウズキと違い、触れることのできないシャボン玉を作るのは、私には難しかった。しかも、当時のシャボン液は素朴な石鹸水だから、余計に膨らまない。ストローに液が付いたかも、泡が膨らんだかも分からない。やけになって思いきり吹いたら、破裂した冷たいシャボン玉がパチリと顔面に飛び散った。間違って液を飲みこんで大泣きし、水をしこたま飲まされたこともあった。
夜にも、私は友達と同じ音がするようにストローを動かし、同じ音の息で吹く練習を続けた。そしてある日、ふっと吹いた息が何かに吸い取られたような気がした。
「膨らんだよ。虹のお家みたいだよ」
無口な友達がはっきり言った。石鹸のほのかな香りが静かに動いていく。私たちは黙って喜びをかみしめた。
「膨らんだよ」
その言葉には、あの懐かしい虹色のしじまが込められているのである。
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