|
西川は、プラスイオン(H+)とマイナスイオン(O2-)を均等に放出するイオン発生装置の開発に挑んだ。そのために、「今からでは考えられないような実験」も繰り返さねばならなかった。強力な磁石で磁場をかけ空気中の分子を電離させたり、水をぶつけて電子を放出させる方法(レナード効果)などを試みたが、マイナスイオンは出るが、プラスイオンは出なかった。マイクロ波でつくれないかと電子レンジにイオンカウンターを突っ込んだこともある。思いつくままに試したことはどれも徒労に終わった。結果的に、プラズマ放電によるのが一番よい方法だとわかった。

初めて手ごたえを感じた99年4月の実験以来、プラスとマイナスのイオンを発生させるのはさほど難しいことではなくなった。それでも、これに付随して発生するオゾンや硝酸イオンなどの有害物質には長いこと悩まされた。これらの発生を食い止めない限り、自然界と同じ効果は期待できないのだ。
実験室として使用している建物の目の前を近畿自動車道などの幹線道路が走る。激しい車の往来で大気が不安定になっているのが純粋なイオンを取り出せない原因になっているのではないかと、通常は朝一番で取り掛かる実験を交通量が減る夜9時まで待って始めたこともあった。結局は放電がうまくいっていないだけだった。
電圧のかけ方を変え、電極の構造を工夫するなど、イオン発生装置に改良を加える試練が続いた。実験に疲れてストレスがたまってくると、大学時代にサークルで鍛えた“プロ級”のボウリングで気分を紛らわしたりもした。そうして、どうにか純粋なプラス(H+)とマイナス(O2-)のイオンだけを取り出せるめどがついた時には、さらに半年あまりを費やしていた。
2000年3月、西川は1泊2日の日程で岡崎市にある国立分子科学研究所に単身出張した。他の有害物質が発生しないかどうか、飛行時間型質量分析(*3) 装置で確認するのが目的だった。空気中のイオンを同定するのは難しく、社内に計測する装置はなかった。市販もされていなかった。学会で知り合った東大教授のすすめで研究所に出向いてみて、その装置が3年がかりで手作りしたオリジナルなものであることを知った。
1日目は夜遅くまで粘ったが、計測条件をそろえるのに苦労して空振りに終わった。翌日も早朝から同じ作業を続けた。悪戦苦闘したが、今度はうまく計測できた。周期を示す波形曲線は、イオン発生装置からプラスイオン(H+)とマイナスイオン(O2-)だけしか出ていないことを示していた。
「オーッ」と心の中で叫んだ。入社してから、後にも先にもこの時ほど感動したことはなかった。西川は大阪で連絡を待っていた野島にすぐ電話を入れた。2人で喜びを分かち合ったのは、腹をすかした周りの人たちが昼食をとりに出掛けるような時刻だった。
| *3 |
飛行時間型質量分析(法)
イオンを一定の電圧で加速して、一定距離はなれた電極へのイオンの到達時間(飛行時間)を測定して、そのイオンの質量を求める分析方法。 |
|
|