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タクミのシクミ 「空気そのものを浄化する」世界初、プラズマクラスターイオン技術
index -2003 SUMMER Vol.31- シャープ電化システム事業本部 電化商品開発センター副参事 西川和男
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特集:宇宿允人
私風景 〜shifukei〜
タクミのシクミ 〜異業種に学ぶ〜
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ファシリティーズ最前線
編集後記
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人に真似されることをやれ
2つの仮説
入社後、最も感動した日
困難を極めた“ウイルス不活化の実証”


人に真似されることをやれ

  1999年4月、西川和男は所属する電化システム事業本部の実験室で「おっ」と声を漏らした。ガラス板に電極を張り付けた簡便なイオン発生装置に電圧をかけながらプラズマ放電(*1) させていると、ジーという音がしてきた。イオンカウンターを近づけると、マイナスイオンのほかに、それまで出せなかったプラスイオンが発生しているのがわかった。「いけるのではないか」。まったく新しい世界初の空気清浄機の開発を目指してきた西川が、初めて手ごたえを感じた瞬間だった。
 実験開始から半年あまりが経過していた。

*1 プラズマ放電
プラズマとは、自由運動する正電荷をもつ電子と負電荷をもつ電子が2種類以上集まった荷電粒子(気体)のこと。シャープでは、イオン発生装置の電極に交互に正と負の電圧をかけてプラズマ放電を起こし、プラスイオンとマイナスイオンを発生させている。

 95年9月、電化商品開発センターは、社内公募制度で新規機能性材料の開発に関わるチャレンジャーを募った。新規機能性材料の開発テーマには、過去に水の浄化法や食品の加熱法などがあったが、そのときのテーマはたまたま「空気の浄化」だった。前年4月に入社し、IC(集積回路)事業本部の福山工場(広島県)でフラッシュメモリーの開発に携わっていた西川はこれにすぐ手を挙げた。
 高校2年で物理を習い始めた時、西川は、朝永振一郎の『物理はいかにしてつくられたか』(岩波新書)を読んで感銘を受けた。それまでは、“数学がむちゃくちゃ好きで得意だった”が、「物理なら実験もできて、数学もできる」と、興味はしだいに物理へと傾いていった。
 大学・大学院に進んでからは物性物理を専攻した。ここで培ったスキルと能力が社会でどれだけ通用するものか。それを試してみたいという気持ちが、志願した背景にあった。
 生まれも育ちも大阪・高槻市。わずか1年半だけ過ごした広島から地元に戻ってきた西川が、八尾市にある電化システム事業本部で最初に手掛けたのは、すでに準備が進められていたチタンオキサイドの光触媒を使った空気清浄機の開発だった。しかし、先行する他社に遅れること1年。二番煎じの商品はあまり売れなかった。
「人のやらないことをやれ。人に真似されることをやれ」
 西川の頭には創業者・早川徳次の遺訓がこびりついていた。早川徳次は、社名の由来であるシャープペンシルの発案者であり、国産初のテレビと電子レンジ、世界初の電卓を世に出したアイデアマンだった。進取の精神は社風となって後進に受け継がれていた。
「今までだれもやったことのないまったく新しいもの」
 西川は、それを開発したいと思った。

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2つの仮説

 西川が上司の野島秀雄とコンビを組んで、従来型とは異なる空気清浄機の開発に乗り出したのは98年10月のことだった。従来型とは、ファンの力で空気中の有害物質を吸い込み、フィルターで濾過して空気を浄化するという方式である。しかし、この方式では部屋の隅々に発生しやすいカビなどの菌は除去しにくい。ファンを大きくして吸引量を増やすと音がうるさく、省エネにならないという構造的な問題もあった。
「既存システムの後追いではだめだ」
 吸引・濾過の方式に限界を感じていた2人は、ならば、吸引する前に空気を浄化できないかと発想を転換した。それは受け身型であった空気清浄機を、アクティブ型に変えることを意味していた。どうすれば空気中に浮遊する菌やウイルス、臭い成分などを除去できるだろうか。
 最初は、食品展示用のケースに使われていたオゾンに目をつけた。オゾンには食品が腐敗した時に発生する臭いを消す働きがある。とはいえ、この有害物質は人間の立ち入らない業務用空間には有効であっても、人間が生活する空間に使えないものであることは誰の指摘を持つまでもなかった。
そのころ、業界内ではマイナスイオンを発生する清浄機が話題に上っていた。
 それはやがて、空気の浄化というより、いわゆる心身の“癒し”をアピールする商品開発へと展開していった。西川には、ユーザが「何となくリラックスできる」というようなあいまいな付加価値のついた商品はつくりたくなかった。新しく開発する商品は、あくまでも空気を浄化し、健康に資することを科学的に証明できるものでなければならなかった。
 西川は空気に関するいろいろな文献を渉猟しながら方法を模索していった。そしてそのヒントを、自然界と生体内の防御機構である免疫システムに見出すことができた。
 (1) 空気のきれいな自然界にはプラス(H+)とマイナス(O2-)のイオンがほぼ同数存在する。(2) 人間の体内では外から細菌やウイルスなどの異物が侵入してくると、白血球がプラスイオン(H+)とマイナスイオン(O2-)を反応させ、活性種を放出してこれを死滅させる。
「免疫システムのことは、水素ラジカルや酸素ラジカルについて調べていた本の中でたまたま見つけたんです。ラジカルというのは非常に寿命が短くて基本的には空気中に放出できません。仮につくれたとしても、活性度が強いのですぐに“つぶれて”しまうんです。そうすると、クラスターイオン(*2) を人工的につくってカビ菌やウイルスの細胞表面に付着させ、そこで反応を起こさせるしかない。H+とO2-は、自然界に存在するイオンなので、これをクラスターイオンに変えて室内に放出すればカビ菌やウイルスなどを不活化できるのではないかと考えました」
 2つの仮説を実証・具現化する技術開発が、2人に課せられた使命となった。

*2 クラスターイオン
空気中にイオンを放出すると、複数の水の分子で取り囲まれたクラスター(ブドウの房の意)イオンの状態になる。そのクラスターイオンが、たとえば空気中に浮遊する菌の表面にくっつくと、不安定な分子である水酸基(OH)に変化する。水酸基は安定を求め、細胞膜の中から水素を抜き取り水蒸気を生成する。一方、水素を奪われた菌の細胞膜は破壊し、これにより細胞分裂ができなくなって自滅する。この現象をシャープは世界で初めて発見した。

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入社後、最も感動した日

 西川は、プラスイオン(H+)とマイナスイオン(O2-)を均等に放出するイオン発生装置の開発に挑んだ。そのために、「今からでは考えられないような実験」も繰り返さねばならなかった。強力な磁石で磁場をかけ空気中の分子を電離させたり、水をぶつけて電子を放出させる方法(レナード効果)などを試みたが、マイナスイオンは出るが、プラスイオンは出なかった。マイクロ波でつくれないかと電子レンジにイオンカウンターを突っ込んだこともある。思いつくままに試したことはどれも徒労に終わった。結果的に、プラズマ放電によるのが一番よい方法だとわかった。

 初めて手ごたえを感じた99年4月の実験以来、プラスとマイナスのイオンを発生させるのはさほど難しいことではなくなった。それでも、これに付随して発生するオゾンや硝酸イオンなどの有害物質には長いこと悩まされた。これらの発生を食い止めない限り、自然界と同じ効果は期待できないのだ。
 実験室として使用している建物の目の前を近畿自動車道などの幹線道路が走る。激しい車の往来で大気が不安定になっているのが純粋なイオンを取り出せない原因になっているのではないかと、通常は朝一番で取り掛かる実験を交通量が減る夜9時まで待って始めたこともあった。結局は放電がうまくいっていないだけだった。
 電圧のかけ方を変え、電極の構造を工夫するなど、イオン発生装置に改良を加える試練が続いた。実験に疲れてストレスがたまってくると、大学時代にサークルで鍛えた“プロ級”のボウリングで気分を紛らわしたりもした。そうして、どうにか純粋なプラス(H+)とマイナス(O2-)のイオンだけを取り出せるめどがついた時には、さらに半年あまりを費やしていた。
 2000年3月、西川は1泊2日の日程で岡崎市にある国立分子科学研究所に単身出張した。他の有害物質が発生しないかどうか、飛行時間型質量分析(*3) 装置で確認するのが目的だった。空気中のイオンを同定するのは難しく、社内に計測する装置はなかった。市販もされていなかった。学会で知り合った東大教授のすすめで研究所に出向いてみて、その装置が3年がかりで手作りしたオリジナルなものであることを知った。
 1日目は夜遅くまで粘ったが、計測条件をそろえるのに苦労して空振りに終わった。翌日も早朝から同じ作業を続けた。悪戦苦闘したが、今度はうまく計測できた。周期を示す波形曲線は、イオン発生装置からプラスイオン(H+)とマイナスイオン(O2-)だけしか出ていないことを示していた。
 「オーッ」と心の中で叫んだ。入社してから、後にも先にもこの時ほど感動したことはなかった。西川は大阪で連絡を待っていた野島にすぐ電話を入れた。2人で喜びを分かち合ったのは、腹をすかした周りの人たちが昼食をとりに出掛けるような時刻だった。

*3 飛行時間型質量分析(法)
イオンを一定の電圧で加速して、一定距離はなれた電極へのイオンの到達時間(飛行時間)を測定して、そのイオンの質量を求める分析方法。

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困難を極めた“ウイルス不活化の実証”

 商品化のめどが立つや社内の動きは速かった。すぐに緊急プロジェクト体制が敷かれ、放電・機構・生物学・知的財産権を専門とする4人のスタッフが新たに加わった。
 2000年10月、西川らが開発したプラズマクラスターイオン技術は、FU-L40Xという浮遊カビ菌の除菌効果(*4) を謳った第一世代商品(空気清浄機)に結実した。その後、ウイルスの不活化の検証により効能を追加した第三世代まで商品化され、現在4機種が店頭に並び、一方で冷蔵庫やエアコン、INAXのシャワートイレ、MAXの浴室暖房換気乾燥機などへの応用も進んだ。

SHARP 空気清浄機
 第三世代の空気清浄機を世に送り出す際、西川が最も苦労したのは、ウイルスの除去効果を実証する方法だった。「そんな危険なものは取り扱えない。空気中に噴霧するなど、とんでもない」と、行く先々の医療機関などから拒否された。
「やってみましょう」と最終的に応じてくれたのは、この分野で最も権威のある北里環境科学センターだった。室内に噴霧するわけにはいかないため、特別な装置がつくられた。直径約10センチ、長さ約20センチの透明な円筒を中心に据え、これをさらに二重のバリアで密閉した。使われた部屋は、危険度の高いことを示すP2(peril-2)レベル。円筒の中にウイルスを噴霧し、イオン発生装置を稼働させると、99.5%の高い確率でウイルスは死滅(不活化)した。
SHARP プラズマクラスターイオンコンディショナー  国内では石川県予防医学協会、国外ではドイツのリューベック医科大学や中国の上海予防医学研究院で浮遊カビ菌の除菌効果も証明され、販売市場は世界的規模に拡大されつつある。カビ菌やウイルスを除去する以外の有効作用の検証も継続中であり、第四・第五世代のデビューもそう遠いことではない。
「この技術で、空気あるところすべてクラスターイオン空間にしようというのが当社のコンセプトです。お年寄りであろうと子供であろうと誰しも健康で暮らしたいですからね。健康に寄与できるさらに進化した商品を開発したいと考えています」

*4 浮遊カビ菌の除去効果
2000年、石川県予防医学協会との共同研究で、大腸菌やカビ菌を大量に浮遊させた室内でクラスターイオン発生装置を作動させ、約1時間で90%以上の除菌効果があることを実証。

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知識を見識まで高めなあかん”

 産学共同による実験、学会への出席、ユーザや事業部から投げかける疑問。これらを通じて学んだことは、人の意見に耳を傾ける「真摯さ」だったと西川は言う。
「プラズマクラスターイオン技術については、私自身にもまだわからないことがたくさんあります。科学は大勢の人たちの知恵の積み重ね。自分一人だけの思い込みでは何も進歩がなかったし、これから先もおそらくそうだと思っています」
 そばで最も意見したであろう当時の技術統括をしていた上司には、「知識を見識まで高めなあかん」とよく言われた。吸収した知識をそのまま外に出すのではなく、「自分の中で熟成させ、自分なりに味付けをして出すのが見識や」と。
 2001年3月、野島と西川のコンビは、文部科学省主幹のインテリジェント材料シンポジウムにおいて、最も優秀な技術に贈られる「高木賞」を受賞した。イオン工学の権威である京都大学名誉教授高木俊宜氏が創設した知る人ぞ知る賞であり、業界関係者からは、「すごい賞をとった」と称えられた。
 西川は取材中、何度も“たまたま”を口にした。空気の浄化技術の開発に携わったのもたまたまであれば、プラズマクラスターイオン技術の開発のヒントになった免疫関連の本を読んだのも、東大教授に岡崎市の国立分子科学研究所に行くようすすめられたのも、すべてたまたまだった。しかし、そのたまたまは、積極的に行動を起こさなければ巡り会えないたまたまだったに違いない。
「(技術開発中)寝る間を惜しんだことも・・・あったかな」
 “も”と“あ”の間に少し間(ま)があった。聞く者に、苦労を苦労と感じさせない淡々とした語り口。それはインタビュー中、終始一貫していた。
 好きな道を選び、好きなことをマイペースでこなしてきたかに見える西川だが、技術者としての目標を尋ねた時、「国内だけでなく、世界に通用する技術を開発していくこと」と答えた。そう語ったときの目には確かな“意志”が感じられた。
 プラズマクラスターイオン技術は、空気清浄機にいろいろな味付けをし、2002年の売上を前年比約3割増にまで押し上げた。ボーナスにもちょっびりいい味付けがされたようだ。第四・第五世代はどんな商品になるのか。デビューが楽しみである。

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タクミのシクミ
あらゆる分野において日々進化する技術。技術は、人の造り出したさまざまなモノの中に隠れています。多くの技術が結集して成り立つこともあれば、ただひとりの手による技術もあります。広義に言えば、方法論やシステムも含まれているかもしれません。いずれにせよ、卓越した技術には、普段われわれが眼にすることのできない「隠れた技」=「匠の技」が存在しているに違いありません。

 
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