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index -2003 SUMMER Vol.31-
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取材を終えて

 幾度目かのリハーサル。練習が終わったあと、控室からよろめくような足どりで出てくるなり宇宿さんはキッと私を見据えた。「もし私を書くというのなら、トコトンつきあって下さいよ!」と今までの取材が不満であるかのような言葉を投げてきた。
 かつてこれほどまで時間を費やして取材したことはなかった。リハーサル、コンサート等含め、その時点で宇宿さんに会うこと10回、おそらく50時間以上にも及んでいた。(最終的には16回に及んだ。)
 取材対象者のスケジュールにもよるが、取材時間が短い時では2〜3時間、数回に渡って取材できた人でも合計すると10時間に及ばなかった。どのような取材であれ、その人の歩んできた経歴などについては会う前に、かなりの精度と密度で調べることを旨としてきたつもりだった。大げさなことを言えば聞くことがないくらい、あるいは会って質問し、答えがどのようなものであるか既に予測がつくくらいのところまでは調べてきたつもりである。
 その時既に気付いていたが、「延々と見続ける中で、正しい私の姿を見て欲しい」という思いが宇宿さんにはあったのだろう。過去、様々な取材を受ける中、言動の一部だけが強調されて自分ではない人間像を作られたという苦い経験がある。ある意味では一部を強調したくなる面白さをもっていることも事実である。だからこそ見続けることでしか言葉にすることのできないものがあるはずだ、と直感的に感じ続けていたのかもしれない。
 確かに、リハーサルのある部分だけを見たら、怒鳴り散らすだけの指揮者に見えることを、宇宿さんは悲しんでいた。しかし、1日リハーサルを見ていれば、様々なニュアンスが一刻一刻変わっていくことに気付く。
 フォルティッシモ、フォルテ、ピアノ、ピアニッシモ。激しさがあり、強さがあり、納得があり、肯定があった。その全てを見ない限り、分かってもらえないという思いがあったのだろう。



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