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東京駅から新幹線に乗ると下車駅の岡山までは、同じような風景が繰り返される。ビルが密集する街があり、そのうちに住宅地になり、山になり、そしてトンネル。新幹線の車窓には同じような現代日本の風景が繰り返し続く。新幹線という高速移動手段の連続した均一な経験は、東京と倉敷の違いを時として、天気と気候の違いにしか見いださせなくさせる。
私はそれまでに倉敷を訪れたことがなかった。多くの旅行者がそうであるように、私も本から収集した情報によって、倉敷川の河畔に広がる重要伝統的建造物保存地区の美しい風景を期待し、倉敷の駅に降り立った。観光とは、自分が普段属する社会や環境から離れて、異なるものを目撃し体験することであろう。倉敷川河畔の街並みは美しい。その完璧ともいえる美しさは、不謹慎にも人工的につくられたテーマパークとの類似性を感じさせないでもない。駆け足に流れる風景は、「観光地」という定式化された情報を私たちに与えるのみだ。
しかし、その街並みが倉敷紡績の経営者である、大原孫三郎と大原総一郎の父子の私財を投じた努力によって守られたものであったことを知って、その風景は一層の深みを増す。地方文化の保護と育成のために、失われてゆく文化遺産を守った2人の志の高さに、今日その恩恵を被る者の1人として深い感謝の念を抱かざるを得ない。倉敷川河畔の街並みに控えて建つ、倉敷アイビースクエアも彼らの意志を受け継いだ施設であった。情報を摂取するだけの観光だけではなく、ワークショップによって実体験できる工房も併設され、また地域的な広がりの中で建物が計画されており、建築が地域社会の中で重要な役割を担っている姿を、私は建築に携わるものの1人として誇らしく思った。紡績工場としての使命を終えた建物が、今度は地域社会のために活用されているその姿から、建物の寿命とは人々の愛情が決めるものだということを教えられた気がする。
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