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新年ならぬ新緑の頃、県立図書館へ行った時のこと。
ここの緑は、駐車場から本館までのアプローチがことに美しい。道は二通りあって、プラタナスの並木道と、林の中を縫うようにして緩やかに曲がって行く小径。どちらもいいのだが、どちらかというと林の中の方を好んでいる。特に新緑の季節は。 緑のグラデーション、風とともに揺れて差す木漏れ日、運ばれてくる芽吹きの香り。
図書館で用事を済ませて、帰途、小径の方へ入って行くと、後ろの方から「あのう、すみませーん」という声。振り向くと館内でもちらちらとお姿を拝見していた、派手でない花柄のジャンパースカートを軽やかに召した小柄な年配の女性。髪はショートで白髪がかっている。
「その道を行くと、どこへ行くのですか」。「駐車場の近くで、そっちの本道と合流します」。「じゃあ、道の方へ出るのですね」
道、というのが国道を指しているらしいとふんで、「そうです。こちらの道の方をおすすめします。緑がきれいなので」。「ああ、緑!私、緑が大好きなんです」。「あっちのプラタナス並木の感じもいいですけれどね」。「そう、そう、私、2年ほど前にこちらに来たばかりで・・・」
瞳が少し茶色っぽい。年配なのには違いないのだが、その瞳とピンと伸びた背中のせいか、木々の中にいらっしゃると年を感じさせなかった。「あれ、何でしょう」と植物の名を訊かれるたび、知っている名は答えてゆく。
小径がいよいよ、両側から木々の枝が差し掛かる緑のトンネルに入る。「これは、エンジュ」と、私はまだ訊かれてもいないのに、今度は確かな知識と勇んで指さす。豆科のような小さな葉をさわやかにつけた白い房の花は、見ているだけで気分を明るくする。
「あら、まあ、エンジュ、というの。私たちずっと、あれのことをニセアカシア、と呼んでいました」
私は少し狼狽える。
「え、そうなんですか・・・そうかも」。「いえ、私たちがそう思いこんでいたのかも」。「いえ、私も自信がなくなってきました」
小径を抜け、敷石の敷かれた広場に出、やがて敷石が階段状になっているところに差し掛かる。ここはちょっと見えにくい。 思わず何気なく、「ここ、階段になっています。お気をつけて」と声をかけると、女性は一瞬黙り込んだ。あ、年寄り扱いしてと思われたかな、と懸念がよぎった。
「私、いくつに見えます?」。そう訊かれて私は益々困った。女性は私の狼狽を予想していたかのようにすぐさま、その質問から間をおかずに、「私、90なの」と答えた。私は演技でも何でもなく、心底驚いた。
「ええっ。まさか」。「そうなの」。「とてもそんな風にはお見受けしませんでした」。「今日も駅から歩いてきたの」。「ええっ」
駅からこの図書館までは車でも10分はかかる。しかもずっと上り坂である。「ずっと東京で暮らしていたの。でも2年前にこの近くに越してきたんですよ。こうやって、あちこち歩くのが健康の秘訣」
残念なことにそこで駐車場が来て別れてしまった。送って差し上げたい、と思ったのだが、それが健康の秘訣と言われてひるんでしまった。
家に帰ってすぐに図鑑で確認したらエンジュの項に「別名・ニセアカシア」と書いてあった。
このことを伝えたい、と強く思ったが、住所も名前も聞かずに終わった。
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