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タクミのシクミ 音が映し出す、深遠なる世界。超音波画像伝送システム 海洋科学技術センター
index -2004 WINTER Vol.32- (財)地球科学技術総合推進機構 研究推進部長 土屋 利雄
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特集:向井万起男
私風景 〜shifukei〜
タクミのシクミ 〜異業種に学ぶ〜
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編集後記
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海の中では電波が使えない 電波にできるのなら音波でも
試行錯誤の日々 今でも色あせない画期的技術
海は「未知なるもの」  


海の中では電波が使えない

 生命の源、海。そこを訪れると何故か人は懐かしさを覚える。体の奥底に残されているDNAの記憶が呼びかけるからであろうか? 海は身近な存在でありながら、そこにはまだ未知の領域が多く残されている。特に深海は、光も届かず、水圧という大きな壁が行く手を阻む神秘の世界である。さらに海中では電波を使うことができない。電波にとって水は物性的には金属に等しく、電波は急速に減衰してしまう。特に周波数の高い携帯電話の電波など1mぐらいしか届かないという。それゆえ海中では音波が通信の媒体となっている。魚群探知機や測深器、ソナーなどは、すべて音波を使った装置である。
有人潜水調査船「しんかい6500」  海洋科学技術センター(神奈川県横須賀市)が世界に誇る有人潜水調査船「しんかい6500」。1990年の着水以来今日まで約800回の深海探査を行い、生物学や地質学の研究に多大なる貢献をしている。その深海探査において大きな役割を果たしたのが1992年に同センターで開発された超音波画像伝送システムだ。深海の映像を8秒間に1枚の鮮明なカラー静止画として連続的に伝送するもので、「鳥島海山の鯨骨生物群」「日本海溝の新断層」「マリアナ海溝の熱水噴出穴」などの貴重な発見も、このシステムなくしてはなされなかったという。
 それまで深海の映像はVTRで記録され、それを持ち帰って初めて観測されていた。もちろん音声通話もあったが、言葉ではリアリティーに限界があり、もどかしさだけが募っていた。まさに「百聞は一見に如かず」だった。

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電波にできるのなら音波でも

入念なメンテナンスを施し、次の出航を待つ

 開発の一つのきっかけとなったのは、センターのあるスタッフのつぶやきだったという話もある。「深海調査船の中でも甲子園の野球中継が見られたらいいのに」と、ある夏の日に何気なくつぶやいた純粋な願望。それが「じゃあ、逆はどうだろう? 調査船から母船に画像を送るんだよ」という発想につながる。とはいうものの、伝送の媒体は海中では音波しかない。
 「まず音で画像を送るという考え方そのものがありませんでした。でも電波も音波も同じ波。電波にできるのなら音でもできるはず」と開発に携わった土屋利雄は語る。この柔軟な彼の思考は終始この困難な研究開発を支えることになるのだが、その「できるはず」も、程なく暗礁に乗り上げてしまう。システムの基本原理は、カメラで撮影した映像信号をデジタル変換し、位相変調をかけた音響信号として送信するものだが、同じ波でも電波と音波は実際にはあまりにも特性が異なる。電波の約20万分の1という速度の遅い音波は海中での伝搬中に周囲の影響を大きく受ける。送波器の前を魚が通るだけで信号は正確に伝わらないし、海中に存在する様々な自然界の雑音の影響も大きい。さらに困難なことに、潜水船や母船の揺れや移動により、これらの障害の状況は時々刻々と変化するのである。

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試行錯誤の日々

 「後で考えればあたりまえのことですが、最初はそういうことにすら気づかなかった。だから、いくらやってもズレるんですよ。地上の電波だったら、風が吹いたから映像が乱れるなんてことはありませんが」と明るく笑う。また、それまでは音波信号は洋上から深海、即ち上から下へ送られるもので、下から上へ送るという試みも初めてのことであり、「どういう揺らぎがあるのか全くわからなかった。実際にやってみるしかなかった」と振り返る。
 悶々とする日々が続くが、ある時ふと閃いたのが「間違いの特性が分かっていれば、その逆のことをやると正しくなるじゃないか」という発想。その結果「画像データに先立ちトレーニング信号を送信。あらかじめ受信側に記憶させておいた正しいデータと比較し、差異を検出。その逆の特性をもったフィルターを後から送られてくる画像データにかけて補正する」という考え方に行き着く。
 もとより複数の新しい技術や考え方を体系的に集積して初めて成果を得られるシステムである。課題はこの他にも山積していた。それぞれに「かくあるべき」という綿密な理論の構築と、それを検証するための実験が連日深夜まで繰り返される。しかも相手が大自然であるだけに、理論が裏切られることなど日常茶飯事であった。
 しかし土屋らは粘り強く立ち向かう。数々の問題が進路を塞ぐ石を一つひとつ丁寧に取り去るようにクリアされていく。デジタル通信をはじめ、位相変調、DSP、圧縮技術など、当時まだあまり使われていなかった先端技術を怯むことなく積極的に取り入れていった先見性も問題解決に大きく寄与した。

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今でも色あせない画期的技術

 「水槽ではうまくいく所まで漕ぎ着けましたが、実際に調査船に乗せて水深6,500mから映像を送れるかどうか、正直不安は大きかったですよ。予算も随分遣ってましたし、見込みはあっても、失敗は絶対に許されなかった」。そして、その時がやって来る。いよいよ「しんかい6500」での初の実装試験。1992年3月11日、琉球海溝、水深6,446m。土屋も洋上の母船で固唾を呑んでモニターを見守る。しばらくの調整後、いきなりモニターにくっきりと映し出されたのは深海を往く魚の姿だった。歓声が上がる。「あの時が一番の快感。嬉しかったですね。思わずみんな拍手ですよ」。ファーストトライでの見事な成功だったが、開発開始から約8年の歳月の積み重ねがあった。
 現在の「しんかい6500」には当時のシステムがそのまま搭載されている。技術開発においても移り変わりの激しい今日にあって、10年前のシステムが使われ続けていることは極めて稀であろう。それだけ当時のシステムの完成度が高かったということ。「当時としては本当に画期的な技術だったと思います。観測そのもののやり方を変えてしまいました。海外でも概念すらなかったし、来日した海外の研究者たちは『なぜ映るんだ?』ってみんな目を丸くしていました」。また、当時有線で使われていたファクシミリ(G3規格)の伝送速度が最大でも14,400bpsであったことを考えると、当時土屋らが達成した16,000bpsという伝送速度が非常にハイレベルであったことが窺える。

超音波伝送システムによって映し出された深海からの鮮明な画像

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海は「未知なるもの」

 彼は自分たち工学系の研究者をラーメン屋に例える。「工学屋さんたちは装置を開発するだけで、使わないんですよね。ラーメン屋は、味が薄いとか、まだ麺が固いとか一生懸命こだわって作っても、できたものは食べられないじゃないですか」というが、実際には数回深海調査船に乗船している。
 「でも6,500mじゃなくて2,000mぐらいだったから、ラーメンなら匂いをかいだぐらいかな?」なんともユーモアのある男だ。一般の人なら決して訪れることのできない水深2,000mだが、海中の景色よりも自分が作った装置がちゃんと動いてることの方が感慨深かったという。いかにも開発者らしいコメントだ。しかし、乗船体験の中で驚くべき光景を目にしたことがある。
 「海中で潮の流れがぶつかる所があるんですが、そこにスーパーやコンビニの買物袋が逆さの状態になってクラゲみたいにフワフワ無数に漂っているんです。いやもう何千という数ですよ。怖かったですねえ」。敢えて深刻には語らないが、海を愛する彼にとっては実に悲しむべき体験だったに違いない。6,500mの海底でマネキンの首が発見されたこともある。ゴミの問題は沿岸だけではなく既に深海にも及んでいるのだ。
 土屋は多感な少年期を新潟平野のまん中で、ラジオづくりに没頭する好奇心旺盛な「ラジオ少年」として過ごす。あまりの熱中ぶりに周囲が呆れ返るのは、しょっちゅうだったとのこと。「今振り返ると、一つのことに没頭する熱意や何にでも興味を持つ好奇心は、研究者としては非常に重要な資質だったのではないか」とも語る。その電波少年が海洋工学を志したきっかけは、海に対する「未知なるものへの憧れ」だったという。「宇宙と違って身近にすぐそこにあるのに、少し深くなると中は見えない。分かっているようで、実は分からない」と語る。
 今年から、東京商船大学と東京水産大学を統合して新設された東京海洋大学の客員教授として教壇にも立つ。これからは、学生たちとともに、さらに研究を重ねていきたいという。未知なるものは、まだまだ土屋の心を捉えて放さない。見つめる先は深く、そして遠い。

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タクミのシクミ
あらゆる分野において日々進化する技術。技術は、人の造り出したさまざまなモノの中に隠れています。多くの技術が結集して成り立つこともあれば、ただひとりの手による技術もあります。広義に言えば、方法論やシステムも含まれているかもしれません。いずれにせよ、卓越した技術には、普段われわれが眼にすることのできない「隠れた技」=「匠の技」が存在しているに違いありません。

 
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