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index -2004 WINTER Vol.32-
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特集:向井 万起男
私風景 〜shifukei〜
タクミのシクミ 〜異業種に学ぶ〜
まぼろし博物館
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編集後記
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取材を終えて

 私は五稜郭を取材するにあたって、なぜ戊辰戦争の終焉の地が五稜郭だったのかということをずっと考えていた。榎本武揚らが北海道へと向かった理由はいくつもあるだろう。海産物から鉱物にいたるまで資源が豊かであることや、箱館が開港地であり諸外国の領事館が存在すること、独立性を保ちやすい島という地理的条件など、彼らが投錨し得る土地は北海道しか残されていなかったと言える。
 ただしかし、五稜郭タワーから五稜郭の全景を眺めおろしていると、星形五角形の異様な幾何学的純粋性こそが、日本の時代転換の最終局面を指し示すエネルギーを一点に引き寄せて、その収束点として機能したのではないかという考えがもたげてくる。稜堡式城塞は、砲撃に対する防衛的な考え方のみならず、理想都市の思想とも密接に関係しており、旧幕府脱走軍が望みを託した北海道共和国の夢の理想とも共振関係を結ぶ象徴性を有していたと考えることができる。旧幕府脱走軍は徳川家存続という大儀のために活動をしており、草莽の草の根運動ではなく、その活動には象徴が必要とされたことは想像に難くない。
 土方歳三の守った二股の峠を破られてしまえば、五稜郭に閉じこもるほか函館には防衛拠点がなく、さらに制海権を失ってしまえば丸裸同然になってしまう函館で、援軍の来るあてのない五稜郭での籠城戦を戦うことになったのは、五稜郭の持つ強い象徴性がそうさせたのではないかと私は思う。純粋幾何学をした五稜郭の象徴性の光芒こそが、榎本らを誘蛾灯のごとくひきつけ、彼等の理想国家への夢を培養する装置として五稜郭は機能したということは言いすぎだろうか。
 今も美しい幾何学を描く五稜郭は、理想や純粋という言葉を引き出して私の心を力強く突き動かす。その自らの心の揺れ幅に、幕末に日本の未来を決し戦った人々のそれぞれの想いが遠く木霊するようで、その陽炎を確かめるように五稜郭の夏草を踏んだ。



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