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写真展に立会うため、私は成田からトロントへ向かう飛行機の中にいた。ノンストップで成田からトロントまで、約12時間の旅だった。
年を重ねるにつれ、どんどん飛行機が苦手になる。陸の上では何時間でも眠れるのに、空の上だとまったく眠れない。しかし到着後すぐに人と会ったりすることを考えると、少しは眠っておかなくては体がもたない。そのためには機内でまずありったけの新聞と雑誌を読み、アルコールを何杯か飲み、映画もできるだけ見て、疲れ果てて眠るしかない。そうやってここ数年は飛行機の旅を乗り越えてきた。
最大の誤算は、私が乗ったのが北米系の、合理経営がモットーの航空機だということだった。楽しみにしていたスポーツ新聞や雑誌の類は一切なく、カクテルを頼んだらいきなり5ドルを要求されたのでアルコールも断念した。想定していた機内でのひそかな楽しみを奪われ、私はいきなり手持ちぶさたになった。
ふと横を見てみると、カナダへ里帰りするらしいアフリカ系の青年が座っていた。彼の座席下にはずいぶん大きなスポーツバッグが置かれていた。彼はバッグの中からまずCDプレーヤーを取り出し、お気に入りの音楽を聞きながらカルビーのポテトチップを食べ始めた。スナックが終わると、今度はグリコのプッチンプリンを取り出し、足でリズムを取りながらおもむろに食べている。次から次へといろいろなものが出てくる彼のスポーツバッグは、まるで魔法のバッグのようだった。プリンが終わると、彼は少年ジャンプと電子辞書を取り出し、辞書を引きながら真剣にマンガを読んでいる。そして少年ジャンプに飽きると、今度はマンガの単行本をテーブルの上に何冊か積み上げ、ひっきりなしに辞書に単語を入力している。これで魔法のバッグもひと段落かな、と思っていた頃、バッグの中からは森永の小枝チョコレートが現れた。
彼はこの航空会社の同じ路線を何度か往復した経験があるらしく、機内での退屈しのぎ対策をばっちり講じているのだった。
私は彼が羨ましくて仕方がなかった。そうと知っていれば、私だってスポーツ新聞や週刊誌やポテトチップや、アルコールの2、3本は持ってきた。しかし今の自分にはそれらを入手することができない。退屈だ。これから12時間、どうしたらいいのだろう? サービスというのは、それがある時にはさしてありがたみも感じないのだが、いざなくなってみると、これほど退屈なものかと思った。サービスを享受できるという状況は、それを受けるか受けないかは別にして、少なくとも退屈しのぎにはなるものだ。
そしてそう感じた瞬間、ぞっとした。この退屈感は、自分の人生に楽しみと呼べるものが日増しに少なくなっている象徴のような気がした。
若い頃、海外へ行く時の自分はどうだっただろう? あの頃、機内ではやることがたくさんあって、退屈している暇など実際なかった。ガイドブックを開いて、これから訪れる街を想像して不安になったりあるいは興奮したり、その日の宿を心配し、また地図を開いて、自分が次に目指すべきなのはどの地域なのかを考えたり…それほど忙しいにもかかわらず、眠りたくないと思ってもよく眠れた。「enjoy your flight」といわれれば、「はい、そうします」と素直に答えるように、機内での時間をとにかく満喫していたのだ。
それが今はどうだろう? 確実にいえるのは、回数を重ねるうちに、ある意味、私が旅行の楽しみを失ってしまったということだった。
そう落ち込みながらも、帰りは絶対にいろいろな物を持ち込んで、隣の青年のように退屈対策を講じるぞ、と決心している自分が、一方ではいた。
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