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芭蕉の風景 稲越功一
index -2004 WINTER Vol.32- 私風景
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 3年掛りで松尾芭蕉の奥の細道を撮った。行く先々に芭蕉の句碑があり、その周りだけは当時の面影が少しは残ってはいるのだが、そこから外れると俳句の雰囲気を撮るのは難しく大変な作業でもあった。
 それでも日本の美を再発見するということでは、私にとって記念すべき日々でもあった。
 奥の細道では春から夏に向けての150日ほどの旅だったから、冬の雪景色は見ていない。だが、私はどうしてもこのシリーズに雪の写真を載せたかった。
 仮に芭蕉が冬に旅をしようと思っても当時は無理であったろう。今回、越後路の村上に向かった2月6日からの3日間はまさに大雪の降り続く旅になったからだ。50メートルも歩くとコートの上に雪が積もって重くなり先も見えなくなる。雪国で生活するということは「耐える生活」を強いられる。こんなことも風土が人をつくるという要因になっているのかもしれない。雪というものは眺めているのには情緒をもって美しいのだが、その中で日々生活するとなると、これは私たちには判らない生活の知恵が多くあるのだと思う。
 この3日間で嬉しかったことは、生まれ故郷の高山での雪深い冬が思い出され、幼い頃の日々が懐かしく、当時の高山の風景と想い重なるものがあり、ついついシャッターの回数が増えていたことだ。
 その数日後に、私は羽黒山の宿坊にいた。出羽三山の山々は、おそらく数百年前に芭蕉が旅していた当時と風景はあまり変わっていないように思えた。
 最近はどんな田舎道を歩いても夜には街灯があって真っ暗というイメージがないのだが、さすがに羽黒山の周辺は闇の中を歩いていると感じた。時々、枯葉がカサカサと音をたて暗闇の中で舞う。
 それにしても「何も見えない」ということはこんなにも気持ちが安らぐものかと、普段では思いもつかない至福感に酔っていた。
 その夜、宿坊の大広間に泊まった私は、夢の中で幼い頃の高山の街を鳥になって旋回していた。




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