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2024年5月1日

社会ネットワーク分析の視点から見た、ハイブリッド時代に従業員同士をつなげる価値

  • 安田 雪
    (関西大学社会学部 教授)
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ハイブリッドな働き方が定着しつつある昨今、従業員同士の関係構築に課題を感じる企業が増えています。対面でのコミュニケーション機会が大きく減るなかで、どうすれば企業は従業員同士のつながりを確保し、活気ある風土を醸成できるでしょうか。個人や企業間のネットワーク構造を分析する「社会ネットワーク分析」を専門としている、関西大学社会学部教授の安田雪さんに伺いました。

あらゆる関係性を可視化する社会ネットワーク分析

私は関西大学社会学部で「社会ネットワーク分析」を専門分野として、研究・教育活動に取り組んでいます。

社会ネットワーク分析とは、個人や企業といった社会的単位の関係性を定量的に把握し、構造化して分析する研究です。やや堅苦しい表現ですが、「他者とのつながりが個人にどのような影響を与えるかを分析する学問」と言い換えると、わかりやすいと思います。私たちの行動や思考は、家族や友人、同僚など、多くの人から影響を受けて形成されています。その関係性のネットワーク構造を可視化し、相互の影響関係を明らかにして、より良い在り方を考えていくのが、社会ネットワーク分析です。

そして、このアプローチは個人に限らず、さまざまな社会的単位に応用可能です。企業間の取引関係や自治体間の影響関係、マクロな規模では国家間の外交関係や軍事関係などの分析にも、社会ネットワーク分析は使えます。例えば、私はこども食堂のネットワークを拡大する活動に、ハブ(中心)がどこにあるのかを探す、食材の届いていない、分断されている所はないか、などを考えることに社会ネットワーク分析を活用しています。このように、社会ネットワーク分析は、世の中のあらゆる事象を構造的に捉えて分析するうえで、極めて有用な学問です。

カラオケ曲に関するネットワーク分析図(一部)。あるアーティストのファンが他のアーティストも好きなとき、その関係を図にしたもの

社会ネットワーク分析において重要な概念が、「強いつながり」と「弱いつながり」です。社会ネットワーク分析では、単位間におけるつながりの深さを定量化して分析します。個人の場合でいえば、家族や親友のようなつながりが深い単位との関係を「強いつながり」、顔見知りなどつながりの浅い単位との関係を「弱いつながり」といいます。

こう説明すると「強いつながり」のほうが重要で、「弱いつながり」は瑣末なものにも思えるかもしれません。しかし、そうとは限らないのが、社会ネットワーク分析のユニークな点です。たしかに、「強いつながり」は個人や団体などの存在を支える基盤になりますが、一方で同質性の強さから、新たな情報や出来事との出会いを遠ざける要因になります。他方、「弱いつながり」は直接の影響関係には乏しいものの、新たな情報などをもたらす可能性が高く、発見や発明のきっかけになります。その点では、他組織との連携は重要と言えるかもしれません。

組織における同質性の高さがイノベーションを阻害することは、比較的広く知られています。原因は「弱いつながり」が不足しているからです。イノベーションを志向する企業には「弱いつながり」を意識的に作り、維持していく取り組みが求められます。そのためには「どこがつながっていないのか」を探し、そこをつなげていく努力が必要です。

コロナ禍以降、人々の暮らしや働き方は大きく変化しました。そのなかで、企業におけるつながりの形も一変したはずです。時間や場所を問わず効率的に働けるようになった一方で、「強いつながり」を持つべき上司や部下がどこで何をしているのかが、分かりにくくなっている。それゆえに不安を感じる人も増えています。従来であれば自然と顕在化していた組織内のつながりが、リモートワークの普及などにより、不可視化されつつあるわけです。

こうしたなかでは、多数の部下を抱えているリーダーほどマネジメントに苦労するでしょうし、メンバークラスの従業員も上位階層にいる意思決定権者の考えがわからず、不安を抱くかもしれません。働き方の多様化が進む昨今、組織内のつながりをメンテナンスする取り組みがより求められているのだと思います。組織で動かせる、人、モノ、カネに限りがある以上、人のつながり方をどう制するかがポイントとなり、それに成功した場合、組織を制すると言えるでしょう。

企業内の関係構築に欠かせない「弱点」や「無駄」の役割

企業内において従業員同士のつながりを形成する際に重要なことは、「関係性づくりを目的にしないこと」ではないでしょうか。経営学者のチェスター・バーナードは、組織の三要素として「共通目的」「協働意欲」「コミュニケーション」を挙げました。そもそも組織は、メンバーが共通の目的と貢献の意欲を持ち、適切なコミュニケーションを取り合うことで機能します。関係構築自体を目的にしてしまうと、メンバーの存在が見過ごされ、これら三要素は阻害されてしまうでしょう。あくまで、メンバーの動機や意欲を促す姿勢が重要です。

またそのプロセスでは、メンバーのニーズをしっかり見極めるのが大切です。特にポイントなのは、「何をしたいか」だけではなくて、「何ができないか」に焦点を当てることです。ビジネスシーンでは強みや長所が強調される一方で、弱点には光が当たらない印象があります。しかし、人と人とのつながりをつくる際は、弱点の可視化は重要な要素になります。なぜなら、あるメンバーの弱点を他のメンバーが補うことは、そのコミュニティ内につながりが生まれるきっかけになるからです。人は誰かを「助ける」だけでなく、「助けられる」ことによってもつながっていきます。

とはいえ、自分の弱点をさらすのを敬遠する方は多いと思います。能力を査定される企業で自分の弱点を明らかにするのは、評価を下げることにつながりかねません。そのため、弱点を発信しやすい、心理的安全性のある環境を作ることのほうが必要だと思います。その際に何よりも大切なのは、人の弱点をいかに補佐できるかを皆で考えることと、とりとめのないことを自由に話せる穏やかな空間を確保することです。そうすれば、メンバーが自らの弱点を発信しやすくなり、互いの強みと弱みを補い合うつながりが生まれていくのではないでしょうか。完全無欠な人間はおらず、人は皆、強みと弱みを持っているのです。

加えて、「無駄な時間」も大切です。昨今、オンラインとオフラインを組み合わせて効率的に働けるようになったのは有益なことですが、その分、無駄な時間が減りつつあるように思います。無駄な時間が減るとコミュニケーションの回路は閉じていき、コミュニティ内のつながりは希薄化していきます。

特に「弱いつながり」を確保しておくためにも、意図的に無駄な時間を作るのは必要でしょう。その時間のなかで、メールやチャットでメッセージを書いたり、手紙やプレゼントを送ったり、疎遠になったと感じた人へ久々に連絡を取ってみたりと、一見すると非効率なことも含めて取り組むことで、弱いつながりが維持されます。また、オンライン開始の待機中や休憩時の画像に、ペットやぬいぐるみ、自分の趣味、スポーツやボランティア、習い事の写真などをいれておくと、仕事時間だけでは見えてこない、その人の意外な側面などがわかって、お互いの距離が近くなることがあります。

ある企業では、取引先や退職した元従業員などが自由に出入りできるスペースをオフィスに設けていると聞いたことがあります。これは意図的に無駄な時間を作る施策と言えるかもしれません。多様な属性の人が行き交う場所をあえて設けることで、思いもよらない出会いが生まれ、一見すると無駄に思えても、つながりを維持するためには必要な時間が発生しているわけです。

以前、調査に訪れた電力会社も印象に残っています。発電施設といえば厳密なオペレーションで知られますが、私が訪れた施設も例に漏れず、張り詰めた雰囲気のなかで職員の方が勤務しておられました。その緊張感に私は圧倒されていたのですが、あるとき施設内の一角に気になる掲示を見つけました。職員に提供される食事の献立が大きく張り出されていたのです。

その掲示を目にしたとき、私は張り詰めた雰囲気から少し解放されたように感じました。業務には直接関係のない情報ですが、「業務の内容が違っても、皆同じものを食べて目標に向かって仕事をしているんだ」という意識を持てたり、「食」という業務とは離れた情報を目にすることで心があたたまったりする効果があり、結果として人々をゆるやかにつなげる回路になっていると思いました。外部とはつながりを持ちにくい性質の組織が、内外の人々をつなぎ合わせる施策を行なっているのは非常に印象的でした。

そして、これは一般的な企業でも応用できる施策だと考えています。食堂のメニューや従業員の趣味など、直接業務には関係のない情報を組織内外で共有することで、人々のつながりが生まれ、コミュニティづくりが促進されるはずです。

人は孤立しては生きられない。ぜひ「最初に手をさしのべる人」になって

現在、企業内で従業員同士の関係構築に取り組んでいる方にお勧めしたいのは、「楽しむこと」です。楽しむことが仲間を集めるうえでの基本であることには変わりません。自分が楽しんでいないことで、他人を楽しくさせることは不可能です。試行錯誤はあると思いますが、それらをも楽しんで社内外のネットワーク構築に取り組んでいただければと思います。

「No man is an island.」という英語の格言があります。「人は孤立しては生きられない」という意味です。この言葉の通り、私たちが生きるうえで他者との関係は避けられません。私たちは、知らず知らずのうちに他者から影響を受け、同時に他者に影響を与える存在でもあるのです。

私自身、日頃から痛感するのは「最初に手を差し伸べること」の大切さです。どんな取り組みにせよ、最初に行動する方には最も大きな労力が必要です。しかし、その辛さを乗り越えなければ、事は前に進みません。ぜひ同僚や仲間を信頼して、皆さんには最初に手を挙げ、手をさしのべ、少しでも企業を社会をコミュニティを、世界をより良くしていこうと顔を上げ、前を向いて何かを始められる存在でいていただきたいと思います。

著者プロフィール
  • 稲見 昌彦
    安田 雪(やすだ ゆき)
    関西大学社会学部 教授
    1986年国際基督教大学卒業、1993年コロンビア大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。立教大学社会学部、東京大学大学院ものづくり経営研究センター特任准教授などを経て現職。カリフォルニア大学予防医学部客員研究員(2019-2020)、シカゴ大学ブース・ビジネススクールの聴講などの経験を通し、一貫してネットワーク分析に従事。著書に『ネットワーク分析』、『パーソナルネットワーク』(共に新曜社)、『ルフィの仲間力』(PHP文庫)他多数。訳書に、チェ『儀式をゲーム理論で考える』(みすず書房)、バート『競争の社会的構造』(新曜社)、ヴァレンテ『社会ネットワークと健康』(森亨と共訳、東京大学出版会)など。

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