築25年に迫る所沢市民文化センターMUSE(ミューズ)に大・中・小ホールの特定天井*の耐震改修と、LCC*と環境負荷を低減させるための設備更改を行い、2019年に竣工。音響性能や既存の意匠を変えず、耐震性能の向上と高い環境性能を実現させた本プロジェクトについて、構造モデルを用いた改修BIM*の活用や、天井構造モデルの実大耐震実験といった設計・施工の特徴的なプロセスを紹介します。
*特定天井:「建築基準法施行令第39条第3項」で定められた「脱落によって重大な危害を生ずるおそれがある天井」のこと
*LCC(Life Cycle Cost):建物のライフサイクル(企画・設計、施工、維持管理、廃棄まで)で発生する生涯費用のこと
*BIM(Building Information Modeling):3次元モデルを作成し、設計から施工、維持管理に至るまでの建築ライフサイクル全体で蓄積された情報を活用するワークフローのこと
中ホール外観
安心・安全と音響性能の担保
「所沢市民文化センターMUSE(ミューズ)の大ホール、中ホール、小ホールに加え、管理棟、展示棟、レストラン棟、回廊等全7棟の改修が今回のプロジェクト。竣工後24年ほどが経過し、ホールやホワイエの特定天井など既存不適格の遵法化に加え、施設の老朽化に対する全面リニューアルを行いたいというのが所沢市の意向でした」(加藤)
「大ホールは国内でも高い評価を得ている2000席超の音楽専用ホールで、法改正により特定天井耐震改修が必要とされていたため、既存の音響性能の維持を大前提としながら、既存天井を撤去せずに耐震補強改修を行っています。中ホールは、既存天井は撤去しましたが、音響性能の維持のため形状は変えずに下地を準構造化しました。小ホールは音響性能向上のために天井の形状変更も求められました」(加藤)
プロジェクトの体制
「今回のプロジェクトはPFI*という枠組みのなか、SPC*を組んで所沢サスティナブルサービスという会社を立ち上げ、NTTファシリティーズは設計・工事監理に加え開館準備と竣工後の維持管理を担っています。施工は安藤・間、西武建設の特定建設工事共同企業体が担当し、全体の統括を行う企業が参加しています」(加藤)
*PFI(Private Finance Initiative):民間の資金やノウハウを活用し、公共施設などの設計・建設・改修・更新や維持管理・運営を行う公共事業の手法のこと
*SPC(Special Purpose Company):特別目的会社。特定のプロジェクトのためにつくられる会社のこと
実施体制図
「今回安藤・間、西武建設の企業体と連携・協業することで提案の段階からよりリアリティのあるプランが作成できました。この企業体の特徴をひとことでいえば“お互いのストロングポイントを生かし、ウィークポイントを補い合う”ということに尽きます。当社は頭をひねるのは得意ですが、人手の必要となる調査や検討などについてはゼネコンである安藤・間のパワーにはとても助けられました。また、安藤・間の音響研究施設や当社のFIT BEMS*やDUAL FORCE(デュアルフォース)*など、特有の技術を生かす場面があり、体制としてとてもスムーズな業務推進が行えました」(永作)
*FIT BEMS(FIT Building and Energy Management System):当社商品の室内環境とエネルギー性能の最適化を図るためのクラウド型ビル管理システムのこと
*DUAL FORCE(デュアルフォース):当社が開発・導入した電気油圧サーボ方式3次元6自由度振動台(3次元振動試験システム)のこと
既存天井を生かした難易度の高い改修
「大ホールは既存の天井を残しながら吊り材を補強する難易度の高い工事であり、天井裏側からの改修が原則でした。SPCは施工面から耐震補強設計別会社を補助する立場で参画しています。既存の下地や構造材の位置や安全性の把握などのため、安藤・間保有技術の3Dカメラを駆使してモデル化し、可視化することで複雑な施工の課題をクリアしました」(永作)
「天井と壁の取り合いに設けるエキスパンションについては、耐震性確保の目的で50㎜程のクリアランスが必要でした。壁と天井の間に空気の出入りが生じると、音も抜け音響に影響を与えるので、そこを塞ぎ、かつエキスパンションを生かしながら壁と天井の取り合いを施工する。単純な形状の施工であれば難しい話ではありませんが、前方部の一律ではないR形状の施工と高い音響性能の担保が求められたため、現地では案外難しい部分となりました」(加藤)
シューボックスタイプ(靴箱型)の大ホール(改修後)
3Dモデリングと振動台実験を独自提案
「中ホールの特定天井耐震改修工事は、3次元曲面形状の天井を準構造材に仕上げを直張りすることによって、天井の脱落を防止する手法としました。天井下地鉄骨全体をモデル化した3次元立体シミュレーション解析を行って鉄骨部材、接合方法などの強度検証を行うとともに、BIM、3Dスキャナを活用して天井内を3D化し、下地鉄骨の取り付け位置、既設ダクトなどの干渉を可視化しました。加えて現況を確認しながら施工することで天井の耐震化を確実なものとしました。小ホールの天井耐震化は中ホールと同様の考え方で設計を行い、かつ音響性能の向上のために凹状から階段状に形状変更しています」(加藤)
(左)中ホール天井裏(改修前) (右)BIMによる部材干渉確認
小ホール 音響性能向上のための天井形状変更 (改修後)
「一つひとつの部材の取り合いを確認しながら設計に当たらなければいけないのが、既存建築物改修案件の難しさです。そのためNTTファシリティーズの独自技術を用いた提案を行いました。3D解析モデルを使った天井下地鉄骨の検証と、DUAL FORCE*を用いた天井材の実大試験です。3Dモデリングの技術によって複雑な現況を図面のみで読み解き、精度の高い設計を実現しました。天井材の実大試験では、地震波を再現できる3次元振動台を利用することで、天井材の地震レベルに応じた耐震性能を把握し、設計の有効性を確認・検証しました。DUAL FORCEの性能を活かし、水平加速度約1.0G、鉛直加速度約0.5Gの3方向同時加振を行っています。定例会議で技術的な話題になった際には、解析から実験までのプロセスを明らかにすることで、所沢市の信頼を得ることができました」(永作)
DUAL FORCE(デュアルフォース)を使用した実大実験風景
音響性能維持に対する配慮
「客席の張り地の張り替えにおいても、音響上の影響を考慮しました。椅子の張り地ひとつをとってもホール全体の音響性能に大きく影響するデリケートな部分なため、生地の厚みや硬さなどを慎重に検討した上でモックアップを製作し、施工担当の安藤・間にある音響研究施設で試験を行い、材料の垂直入射吸音率などを計測。音響性能が既存とほぼ変わらないことを実証した上で張り替えを行いました」(加藤)
施設の利便性・快適性の向上
「現況では中ホールに直接アクセスするためには階段の利用に限られ、バリアフリーの動線はありませんでした。そのため、ホワイエに面してエレベータを新設することでホールに直接入れる動線を確保しました。また、大・中・小ホールや各種施設をつなぐ2階の回廊に、1階からのアクセスとしてエレベータとエスカレータを新設。これにより小ホールと展示室にバリアフリーの動線をつくることができました。その他、扉改修、洋便器化、身体障がい者トイレの安全センサー設置、階段手すり設置、点字ブロック設置、各ホール客席通路の手すり設置、案内サインの見直し等様々な施策を行い、利便性の高い快適な空間を実現しています」(加藤)
エレベータ、エスカレータ設置によるバリアフリー動線の確保
プロジェクトを振り返る
「既存改修工事における3D解析やBIMの導入効果は非常に高く、設計や施工精度の向上、工期の短縮、工事費の低減など、従来では採用が困難であった価値提供に大きく貢献します。一方で、そのような技術を採用した場合にも設計者の想像力、技能、細かな物理干渉チェックなどに対し早期に気づける先見性が重要であることに変わりはないということも実感しました」(永作)
「PFI事業の強みを発揮する上では、各企業との連携の図り方に注視し、中立的な立場を維持しながら全体最適を図ることがプロジェクトの遂行には欠かせません。通常の設計監理業務の枠組みを超えてPFI体制の総合力を活かし、発注者に価値提供できるモデルケースとして、今後の事業への展開も見据えていきたいと考えています」(加藤)
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