NTTファシリティーズ
FeatureNTTファシリティーズジャーナル
2021年8月6日

ウィズコロナ時代の
オフィスのあり方-ヒューマン・セントリック・オフィス-

2021年1月にオンライン開催した「NTT FACILITIES PRESENTS Winter Meeting 2021」において,日本オフィス学会の松岡利昌会長より,コロナ禍で大きく変化するオフィスのあり方について,FM(ファシリティマネジメント)の視点から,リモートワークの広がりと共に一層重要になってくるセンターオフィスの位置づけや,分散型の新しい働き方を支える人事制度の変革など,貴重なご講演を頂きました。本稿では講演内容の一部を編集してお届けします。

株式会社 松岡総合研究所 代表取締役/日本オフィス学会 会長 松岡 利昌氏

株式会社 松岡総合研究所 代表取締役/日本オフィス学会会長 松岡利昌氏慶応義塾大学,ハーバード大学を経て,慶應義塾大学大学院にてM.B.Aを取得後,建築・デザインの知識と経営戦略支援の実績との融合を目指して,企業経営戦略の視点から見た日本的ファシリティマネジメントのコンサルティングサービスを実施。日本ファシリティマネジメント協会の理事,特別研究員を兼任。

ウィズコロナ時代に重要となる感染対策と生産性向上の両立

 FM(ファシリティマネジメント)とは,「戦略的にファシリティ(施設とその環境)を活用する経営管理論」です。その分野は多岐にわたりますが,あらゆるファシリティに共通する分野が「オフィス」です。松岡会長によると,日本オフィス学会では現在,これからの「働き方」や「オフィスのマネジメント」について提言できる学会として,ウィズコロナ時代はもとよりアフターコロナ時代までを見越し,日夜研究を続けているとのことです。
 ワクチンの普及や治療薬の開発が進んでいるとはいえ,新型コロナウイルス感染症の収束にはまだ時間がかかると思われます。収束後も,パンデミックを引き起こす同様の感染症が再び発生するかもしれません。このような状況下,世界ではどのような対応をしているのか,松岡会長はグローバルな調査結果に基づき次のように語ります。
 「例えば,米国の国際ファシリティマネジメント協会(IFMA)では,ファシリティマネジャーのためのパンデミックマニュアルを発行しました。オフィスを運用する責任者であるファシリティマネジャーは,働いている人の『感染予防対策』と『業務の生産性向上』の両立に最前線で取り組む必要があります。このような手引きの整備はとても重要で,私自身ちょうど今,ISOのFM分野の国際委員会に日本代表として参画し,『ワークプレイスにおける感染予防での危機管理の手引き』の開発に携わっているところです」

不可逆的に進化するテクノロジーがもたらす「都市のオフィス化」

 コロナ禍でオフィス市場も大きく変わりつつあります。ビフォーコロナ時代の2019年頃には,1,000坪超えの「メガプレート」と呼ばれる大型オフィスビルが出現し,組織運営の効率化を目指して,都心の中で分散していたオフィスからの集約が進みました。ところが,コロナ禍により効率化の裏返しで,集約による三密(密集,密接,密閉)状態のリスクが指摘されることとなり,企業は一転してリスク回避のため在宅勤務の推進に舵を切りました。これは,在宅勤務がすでに当たり前の欧米と違い,日本における極めて大きな変化でした。
 ここで役立ったのが,すでに開発されていたビデオ会議アプリなどのICTツールです。また,働く環境が必ずしも整っているわけではない在宅勤務の現状に鑑み,サテライトオフィス活用の動きも加速しています。松岡会長は,このような分散型の働き方の広がりを「都市のオフィス化」と呼び,これを支えているICTツールなどのテクノロジーが後戻りすることはなく,利便性を活用する流れも不可逆的であるから,この新しい働き方は今後定着していくと予測しています。

新しい働き方を支える人事制度
メンバーシップ型からジョブ型へ

 そうすると,そのような変化の中で,オフィス(センターオフィス)は不要になるのでしょうか。「私はまったくそうは思いません。むしろ,これからますます重要になると考えています」と松岡会長。
 今のセンターオフィスは,30年前からほとんど変わらないメンバーシップ型人事制度に合わせたオフィスレイアウトであり,終身雇用・年功序列の方式がそのまま対向島型+ひな壇のデスク配置にも反映されています。しかし,高度経済成長期から低成長時代に入ると,マーケットを創造するためにクリエイティビティを上げて新しい事業を起こしていくことが必要になり,従来型の古いモデルの中では働きにくいことがわかってきました。
 そして今,コロナ禍によるテレワークやリモートワークの急拡大で,オフィスに新たな変化が起きているわけであり,松岡会長は次のように指摘します。
 「従来通りの環境では使いこなせなくなったセンターオフィスを,人と人がリアルに会わないとできない仕事を中心に行う場として,抜本的に見直す必要が出てきたのです。遠隔での業務評価が難しいという問題が加わったことで,従来のメンバーシップ型からジョブ型の人事制度にシフトする企業も増えています。違いは何かといえば,メンバーシップ型が年功等に基づいた職能を資格として設定し報酬と連動するのに対し,ジョブ型は職務単位で具体的に仕事内容を記述し,その仕事の成果に連動して評価していく制度であるという点です。在宅勤務でも仕事が達成できたことの評価が適切に行えるというのが,従来のメンバーシップ型と大きく異なる点なのです」

チェンジマネジメントとICT支援で実現するABW

 こうした中,企業によるセンターオフィスの扱いにも新たな動きが出てきており,松岡会長はキーとしてABW(Activity Based Working)という言葉を挙げています。
 「ABWは,あらかじめ働きたい場所を行動に合わせて何種類か用意し,自分の仕事に合わせて選択できる働き方のことです。単に席を固定しないフリーアドレスとは違います。働く環境が多様であるだけでなく,場所と成果を評価することができる働き方です」
 さらに松岡会長によるとABWを成功させる大事なポイントが2つあり,1つは経営陣側が「選択できる働き方を良しとする」考え方に変えること。そのためにはリーダーシップコーチングやチェンジマネジメントが重要になります。もう1つは,働き方を自由に選ぶために必須となるICTの支援。仕事に合わせて場所を選ぶABWの働き方においては,センシングを活用して誰がどこで何をしているのかがわかるアプリなどICTの支援で生産性評価ができる仕組みが重要となるのです。

生産性向上を支援する分散データの一元管理

 では,このような働き方で生産性を上げるには,どのようなことが有効なのでしょうか。例えば,在宅勤務者へのアンケート調査では,独りで集中できる場所や生活音に妨げられずにWeb会議が行える場所が欲しいといった要望がすでに出されています。
 その一方で,ビル内のIoTセンサーから取得する社員等の情報をダッシュボードで一元管理するなど,ばらばらの情報をデータプラットフォームの中で一元的にコントロールする仕組みが,分散型の働き方においては必要とされるようにもなっています。海外ではチャットツールを拡張し,勤怠管理や承認作業,スケジュール管理などを一元化したアプリがすでに開発されています。

ヒューマン・セントリック・オフィス
魅力的な場所と魅力的な人

 これからの働き方やオフィスのあり方を巡るダイナミックな流れの中で,松岡会長はセンターオフィスについて「私が最も言いたいこと」として,「ヒューマン・セントリック・オフィス(人間中心のオフィス)」という考え方を提言しています。
 「都市のオフィス化」によりどこでも働ける時代になると,センターオフィスにわざわざ行き,Face to Faceで集まる理由が必要になるため,ワークもライフも楽しめる場所にセンターオフィスが変貌していかなくてはなりません。海外では,オフィスにアミューズメント機能や植物園のような緑豊かな環境を取り入れる事例がすでに見られます。つまり,「都市のオフィス化」の進展により,今度は「オフィスの都市化」が起きるわけです。このようなヒューマン・セントリック・オフィスの具体的な役割として,松岡会長は以下の6項目を挙げています。
1.統合情報を見て行う意思決定や合意形成
2.アイデアからイノベーションを起こす知恵の結合
3.雑談や無駄話から暗黙知(経験やノウハウ)を共有
4.全体の空気を読み,協調することによる組織の調和
5.企業ブランディング発信による企業文化醸成
6.在宅では準備できない集中とリラクゼーション(バイオフィリックデザイン)
 さらに,このヒューマン・セントリック・オフィスの真髄について,松岡会長は次のように語ります。
 「会いたい人に直接会って情報交換する。これは極めて大事なことです。つまり,ヒューマン・セントリック・オフィスの真髄は何かと言えば,人間力の発揮なのです。私たち自身がいかにしてリアルにFace to Faceで会いたいと思ってもらえるような魅力的な人間になれるか,ということなのです」
 本質的な部分に立ち戻りながら,ウィズコロナ,ひいてはアフターコロナ時代の働き方やオフィスのあり方を考えていく―
これこそ松岡会長が示唆する,今後ますます大切になる考え方ではないでしょうか。


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