米国オレゴン州ポートランドは「世界で最も住みたい街」として知られています。同市でサステナビリティと経済成長を両立させた都市開発に携わってきた元ポートランド市開発局員(現 株式会社Green Cities代表取締役)山崎満広氏。GXの本質である「都市・人・建物の関係性の変化」に加え、環境対策にとどまらない、“暮らしそのものを豊かにするGreen Shift”の実像について話を伺いました。
ポートランドにおけるサステナビリティと経済成長の両立
山崎さんがポートランドに興味を持ったきっかけについて教えてください。
山崎氏:1995年、20歳のときに単身渡米し、サザンミシシッピ大学に入学。国際関係学や地域経済開発について学び、地域経済の活性化や企業誘致に関わる研究にも取り組みました。その経験を活かして企業の拠点開発に携わり、プロジェクトマネージャーとしてキャリアを重ねてきました。
一方で、自然を破壊しながら開発を進めることの責任に、強いジレンマも抱えていました。結婚して子どもが生まれ、次の世代に思いを馳せたとき、そうした葛藤は一層強まっていきました。
そんな中、出張で初めてオレゴン州を訪れて、都市と自然が共生しながら経済的にも発展しているポートランドを目の当たりにして衝撃を受けたのです。その後、よりサステナブルな開発や、既存の建物を大切にするまちづくりへのキャリアをシフトするため、2012年にポートランドへ移住しました。
ポートランドでの活動は山崎さんにとってどのような意味がありましたか。
山崎氏:私にとってはGX(Green Shift)そのものでした。移住前にいたテキサス州南部は、3月から11月まで最高気温が40度を超える過酷な環境で、車がなければ生活が成り立ちません。また、移動手段の差が、格差や時間の制約に直結していました。
対してポートランドは、自然と共生しながら暮らしが成り立つコンパクトな都市です。「都市成長境界線」によって無秩序な郊外開発に歯止めをかけ、都市のリソースを最大限に活用していました。市民は当たり前のようにLRT(次世代型路面電車システム)や自転車、徒歩で移動し、「徒歩20分圏内」で生活が完結します。
市街地から30分圏内には森林や山々が広がり、地産地消の文化が根付く一方で、世界的なスポーツ用品企業や半導体メーカーが集まっています。私が抱いていた「開発と自然の共生」という問いへの答えがそこにあったのです。
PDC(Portland Development Commission:ポートランド市開発局)では、街全体の環境負荷を低減させる「グリーンシティーズ」という産業体モデルを推進しました。当時のオバマ政権下では、この都市モデルを海外へ輸出するミッションも担いました。
環境先進都市として知られるポートランドにおける取り組みは、都市の成長と人の幸福にどのようにつながっているのでしょうか。
山崎氏:元来、ポートランドには「自然と共存する」といった考えが根付いており、都市生活や社会の仕組みも、この価値観を土台に組み立てられています。
開拓当時の人々は、自分たちで土地を開墾し、自給自足をしながら世代を継承してきました。その原点は、戦後の工業化で希薄になったものの、1960年代のヒッピー文化を背景に、自然を大切にする機運が再び盛り上がりました。今、その世代の子孫が市政や地元企業の経営を担っています。
また、学校教育においても自然保護や地域を大切にする精神が教えられているため、市民の意識は高く、サステナブルな都市形成と市民の幸福感につながっているのだと思います。
こうした点は、江戸時代から続いていたエコなライフスタイルが、高度成長期の工業化進展により環境負荷が高まった日本とは、歩んできたプロセスが大きく異なっています。
GXがもたらす価値―暮らしを変えるGreen Shift
GXという言葉が広く使われるようになっていますが、山崎さんはGXをどのように捉えていますか。
山崎氏:一般的にGXは「Green Transformation(グリーントランスフォーメーション)」として、脱炭素社会の実現や再生可能エネルギー中心の社会への変革のことを言います。しかし私は、GXを、政策用語としてではなく、「暮らしの選択が変わることで、結果として環境負荷も下がっていくプロセス」=Green Shiftと捉えています。日本では太陽光パネルやLEDの利用促進など、「何を入れるか」という技術の話が先行しがちですが、本来問うべきなのは「どんな暮らしを良しとするか」です。
まず「どういうライフスタイルを送りたいか」「どうすれば地球への環境負荷を無理無く減らすような生活が遅れるか」という暮らしの姿を描き、そこに向けて環境負荷を減らすための制度や空間をつくり、そこに技術を組み合わせていく、という順番です。
ポートランドでは、住民が行政と各分野の専門家と共に都市のデザインに加わり、長期視点で一貫した意思決定を積み重ねてきました。財政状況の良し悪しにも左右されにくい形で継続してきたことも、街の強さになっています。
Green Shiftがめざす「豊かな生活」は、街のデザインへどのように反映されているのでしょうか。
山崎氏:例えば、ポートランドでは建物と道路の境界をあえて曖昧にして、グレーゾーンとして中間領域を設けています。道路に面したカフェは、そこにテーブルとチェアを置いて人を呼び込み、街の賑わいを作り出しています。
道路を管理する「官(公共)」と、建物を運営する「民(民間)」の境界が強すぎると、魅力的な空間のデザインにはならいので街の人々はそこに留まらず、ただ通過してしまいます。一方、プラザと呼ばれる広場を囲み、カフェのパラソルの下で人々が談笑するヨーロッパの街角のように、境界のグラデーションを生みだすことで、居心地の良い空間を生み出しているのです。
人間は社会的動物なので、誰かが何かをしていると興味を引かれ、そこに自然と引き寄せられます。素敵な建物も、そこに人の営みが見えるからこそ「行ってみたい」と思えるのです。ポートランドではこの本質を突き詰めて、街と人のつながりを丁寧に設計し、巧みに街づくりを行っています。日本でも、こうした取り組みがようやく進み始めたのだと考えています。
日々の暮らしや働き方そのものが、サステナブルな社会へとどう繋がっていくのか教えてください。
山崎氏:ポートランドは専用レーンがあるほどの自転車先進都市です。ロードバイクで颯爽と通勤する経営者は、出勤前にカフェに立ち寄ってコミュニティの人たちと朝活を楽しみ、オフィスのシャワーを浴びてからスッキリした頭で仕事を始めます。
ランチでは地産地消の食材を楽しみ、地域経済にも貢献します。こうしたライフスタイルは健康にも環境にもプラスに作用し、コミュニティの活性化にもつながります。彼らからすると、迎えにきた黒塗りの高級車で出社し、ほとんど歩くことなくデスクワークで一日を終えるような働き方は「イケてない、クールではない」のです。
またポートランドには、米国の環境認証「LEED」*¹を取得した建物が数多くあります。認証の取得、維持の要件として、自転車通勤者向けのシャワールームやロッカーの設置、さらには「従業員の25%は自転車か公共交通で通勤している」といった目標が定められています。その結果として、人々の思考や行動が日常生活を通してサステナブルに変容していくのです。
*1 LEED(リード):Leadership in Energy and Environmental Design の略。米国グリーンビルディング協会(USGBC)が開発する、建物や敷地利用の環境性能を評価するグリーンビルディング認証(評価)システム。エネルギー効率、水使用量、室内環境の質などの複数項目を点数化して総合評価し、所定の基準を満たしたプロジェクトが認証を取得できる(認証審査はGBCIが実施)。
街づくりにおける建物が担う社会的役割とは
街づくりにおける建物の役割と重要性についてどのようにお考えでしょうか。
山崎氏:「そもそも建物とは?」と考えたとき、ある大学の先生から「建物の原点は衣服である」という話を聞き、「まさしく!」と膝を打ったことがあります。衣服が身体を守る最小単位だとすれば、建物は人々を守るための外殻のような存在です。
服を選ぶときは、着心地や肌触り、値段や見た目を大切にします。建物も同様に、きちんと機能することに加え、空間の快適さや居心地、出入りのしやすさが大切だと思います。
街づくりにおいても、建物が街に対して「開いている」のか「閉じている」のかが重要です。
間口を広げて内外を行き来しやすくした建物は、通行人からさまざまな作用を受けるようになり、街の一部として機能し始めます。
さらにオフィスだけでなく、魅力的な店舗やホテルなどが入ったミクストユースの建物は、上下階の垂直方向にも、異なる属性の人々の交流を促します。居心地が良く、快適で魅力的な建物は、それ自体がまちづくりにおいても大切な要素となっていくのです。
既存建物をリノベーションする取り組みにおいて、環境面ではどのような役割を果たすとお考えでしょうか。
山崎氏:ポートランドでは煉瓦造りの既存建物をリノベーションして活用する取り組みが進んでいます。120年ほど前に作られた煉瓦の一つひとつには、当時の職人が土をこね、窯で焼くために費やした膨大なエネルギーと、それに伴う「過去のCO2」が閉じ込められています。
古くなったからと建物を壊す「スクラップ&ビルド」は、その固められた炭素を捨て、さらに新しい建材を作るために多量のCO2を排出するという、地球にとって「二重の負荷」を強いることになります。もし、今ある強い躯体(くたい)を活かして使い続けることができれば、トータルの温室効果ガス排出量を圧倒的に抑えることが可能です。これこそが、最大の環境配慮と言えるのではないでしょうか。
こうした「既にあるものを生かす」というGXの視点を持って建物を長く生きさせる努力を続けた結果として、街の歴史や記憶もまた、次世代へと受け継がれていく。そうした価値の継承を大切にしているのがポートランドのスタイルです。
都市に建物を建てるにあたって、大切なポイントとはなんでしょうか。
山崎氏:著名な建築家の「人は情報」という言葉を聞いたことがあります。都市は人の集合体であり、イノベーションが起きる街とは、人と情報が交わるようになっています。
例えば、東京やニューヨークのように人が多すぎると、人間は情報の処理が追いつかず、互いに無関心になりがちです。一方で、挨拶を交わせる程度の規模感の街では新しい接点が生まれます。こうしたことは都市の設計だけでなく、建物の設計にも当てはまります。
ポートランドの一定規模の建物では、意図的に人が出会う「余白」をつくるため、オープンスペースが設けられています。そこでは市民が運動をしたり、週末には子どもたちの遊び場になったりします。さらに、吹き抜けや踊り場を設けて、水平方向だけでなく垂直方向にも視線が交差するように工夫し、偶発的な出会い(セレンディピティ)を促しています。
加えて、用途のミックスも重要です。オフィス、住居、商業施設などが単一エリアに偏ると、エネルギー効率が悪化し、街の魅力も薄れます。一方で、用途を複合した建物を整備し、昼夜間の人口バランスを整えることで、24時間人が行き交う環境が生まれます。その結果、エネルギー負荷の平準化や防犯性の向上が期待でき、コミュニティの活性化にもつながります。
人が交差する余白や用途の編み込みをセットで設計することで、街の循環を生むことが、都市の建物にとって大切なことだと考えています。
未来へ向けた取り組みへの期待
最後に、GXを推進するこれからの日本や企業に向けて、建物が社会で果たすべき役割と、今後への期待をお聞かせください。
山崎氏:これまでお話ししてきたように、建物が街に開かれ、人々から「あってよかった」と思われる存在になるには、デザインによる交流の設計だけでなく、建物の環境性能そのものを高める土台が必要になります。そこでカギとなるのが、既存建物のZEB化です。
古い煉瓦造りの建物がリノベーションで価値を高めるように、既存施設もZEB化によって「次世代の環境ストック」へとアップデートできます。GXの実現に向けてZEBを推進していくうえでは、単に設計・構築する段階にとどまらず、その後の長期にわたる運用までを一貫して最適化していく視点こそが、サステナブルな社会を築く上での真の価値になるはずです。
また、その延長線上にあるのが、レジリエンスの強化です。災害が頻発する日本において、建物の強靭化は不可欠です。ZEB化は、平時からエネルギーを自給自足できる状態を整え、災害時にも機能を維持しやすくします。これは、日本のレジリエンスを高め、強靭でサステナブルな国にすることにつながります。
地震や台風、水害などさまざまな災害に対して、ZEB化は環境配慮にとどまらず、「災害対策・国土強靭化」の観点からも「当たり前の準備」になっていくはずです。
本日はありがとうございました。
