新型コロナウイルス感染拡大を受けてのテレワークの普及や、政府による「働き方改革」の推進を受けて、いま働き方が大きく変化しようとしています。この先の「新しい働き方」はどうあるべきか。ワークスペースデザインに関する戦略コンサルティングを行うカルダー・コンサルタンツ・ジャパンの奥 錬太郎氏に、ワークスタイルとオフィスの未来について、海外での事例を交えて解説してもらいました。
コロナ禍で働き方がどう変わったか
コロナ禍における働き方の特徴として、リモートワークの増加に伴い、オフィスにおける偶発的な出会いが激減している点が挙げられます。
一般的に、偶発的な出会いは、業務とは関係のない雑談の機会が生まれるきっかけとなります。その結果、社員同士の相互理解が進み、それまで関係の少なかった部署間での情報のやり取りへとつながります。オフィスの中でいかに偶発的な出会いや遭遇を発生させるかという課題は、コロナ以前から大きなテーマでしたが、リモートワークを取り入れる企業が増えている現在、このテーマの重要性が改めて増してきています。
オフィスは近年どう変化したか
2009年以降、オーストラリアのマッコーリー銀行のオフィスが契機となり、ABW(Activity Based Working)*という働き方と、それを実現するオフィススペースが英連邦の国々を中心に普及してきました。2014年頃からはわが国でも同様の事例が見られ始め、厚生労働省が「働き方改革」を「働く人びとが、個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方を、自分で『選択』できるようにするための改革」と発表した2019年頃からは、さらに普及が進みました。
*Activity Based Working:オフィス内に、仕事のさまざまな活動(アクティビティ)に適したワークスペースを用意し、個人がデスクを固定せず、作業内容に応じて働く場所を変えられる勤務形態。オランダのコンサルティング会社Veldhoen + Companyが提唱した。
ABW(Activity Based Working)の普及が早い時期から進んできたオーストラリアでは、2010年以降、ABWの進化形が試行されてきました。ABWにはもともと、個人の自律性の最大化を目指す側面があるため、ABWを導入したのと引き換えに、組織のチーム力が低下したケースが一部の銀行などで見られるようになりました。チーム力低下を防ぐため、2013年にメルボルンに竣工したナショナル・オーストラリア・バンク(NAB)の700 Bourke Stオフィスでは、プロジェクトチーム用の拠点(=チームスペース)がフロアに点在しているABWが導入されました。その後は、多くの業界において、プロジェクトチームによる使用を想定したアジャイルな働き方**に対応するオフィスを指向する潮流が生まれています。
**アジャイルな働き方:
ソフトウェア開発で使われている開発方法の1つから、働き方に役立つ本質的なものを抽出したもの。機敏に各メンバーの状況を共有すること/機敏に振り返りを実施して、適宜機敏に打ち手を考えること/ファシリタブルなリーダーがチームの協働を促進すること、などを実現する働き方を指すことが多いが、一般的に使われる場合は明確な定義はない。「素早く効率的に業務が進められる」一連の働き方を指す言葉として用いられることが多くなってきている。
ナショナル・オーストラリア・バンク(NAB)のチームスペース
日本では、個のパフォーマンスよりもチームワークに重きを置く文化を踏まえて、ABWを段階的に実現するためのひとつのステップとして「チームアドレス」の導入が早い時期から検討されてきました。この点では日本の方が最初から一歩進んだABWの形態を取り入れていたとも言えますが、NABのオフィスで導入されたプロジェクト型のチームアドレスは、そこからさらに一歩進化したものです。
フレキシブルなプロジェクト型チームスペースの特徴
このスペースでは、プロジェクトの進捗状況がボードにピン留めされ、プロジェクトチームのメンバーはもちろん、チーム外のメンバーからもプロジェクトの様子がわかるようになっています。その結果、組織全体の透明性が高まると同時に、リアルな場にたまたま滞留した人同士の間で雑談が生まれることにつながるのです。このスペースを利用するメンバーはプロジェクトごとに変化していくので、偶発的な出会いや遭遇はより多様なものとなっていきます。
このような近年のABWの進化の方向性を見ると、個人ではなく、自由自在に編成されるチーム単位での仕事に焦点が移ってきている傾向が見て取れます。この傾向は、コロナ禍を経てますます加速しています。
オフィスは今後どうなっていくのか
ここからは、コロナが収束して人々がオフィスに戻ってきても、一定割合のリモートワーカーが共存している世界を考えてみます。
オフィス内の人と人とのつながり=コミュニティに価値が生まれる時代へ
ABWの進化の先では、イノベーションのインキュベーターとしてのコミュニティが、より大きな価値を持つでしょう。コミュニティの中でやり取りされるアイデアや知を求めて、コストをかけてでも特定のコミュニティの一員になろうとする動きが顕在化してくる可能性があります。そうなると、人気のあるコミュニティが入っているオフィスビルがより高い賃料を設定できるため、大きな資産価値を持つようになります。質の高いコミュニティの発生を目的とした、コワーキングスペースをはじめとするさまざまなサービスの提供にデベロッパーが乗り出してくる動きが既に見られます。コミュニティ形成に適した新しいビルディングタイプも模索されています。
少しずつですが、この潮流は形になってきています。最新事例を紹介しましょう。
2020年11月、オーストラリア・メルボルンにマーヴァック社の開発によりオープンしたOlderfleet Buildingは、1800年代後半に建てられた歴史的な建物を一部残しつつ、再開発された38階建てのオフィスビルです。メルボルンの中心に位置するこのOlderfleetには、画期的な要素がひとつあります。それは、オーストラリアを拠点に、プレミアム系のコワーキングスペースを提供しているWork Club というブランドが、ホテルクラスのホスピタリティサービスをビル全体の入居者に対して提供している点です。
コワーキングスペース内におけるビジネスサポート機能の提供に加え、Olderfleetの入居者同士を結びつけコミュニティをつくり出すために、Work Clubのコンシェルジュがビル全体に対してイベントを企画したり、テナント企業向けにホテルコンシェルジュと同等かそれ以上のサービス(カフェ、レストラン、バー、クラブラウンジにおけるコミュニティビルディングサービス、タクシー手配、レストラン予約、記念日の贈花やプレゼントの手配、VIP出迎え、チケット予約、クリーニングなど)を提供しています。これは、場の魅力を高めることにより、コミュニティをつくり出し、オフィスビルの資産価値を高めようとするデベロッパーの意識と、優良なコミュニティに社員を所属させたいと考えるテナント企業の要望が合致した、オフィスビルの新しい形の一例だといえるでしょう。
テナント企業の組織変化に柔軟に対応するためのフレキシブルワークスペース
パブリックとの交流エリアとなる地上階のカフェ兼リテールショップ
パブリック向けのバーエリア
会員制クラブラウンジ(5枚ともOlderfleetビル)
58,000㎡の貸し床面積のうち、4,000㎡をWork Clubが使用しています。その中には、コワーキングスペースに加え、地下フロアに位置するメンバーとテナント専用のクラブラウンジやカフェスペースが含まれます。クラブラウンジでは、ドリンク類を提供することにより、イベントを含むビジネスユースからカジュアル利用まで対応可能となっています。コンシェルジュが、リアルな場を活用してメンバー同士を結びつけ、コミュニティ形成をサポートする様子は、かつて昭和の日本企業で散見され、かつ成功していた「人と人とをつなげてコミュニティをつくる仕組み」が現代的な形で再解釈されている、と見ることもできそうです。
まとめ
多くの企業にとって、これからのワークスタイルにおける大きな課題のひとつは、いかにフレキシブルで、かつ良質なコミュニティを社内とその周辺に形成するか、だと言えそうです。現在、リアルなコミュニティの欠如がコロナ禍によるリモートワークの台頭でさらに顕著化し始めていますが、その一方で、コワーキングスペースやサードプレイスといったシェアードサービスをフレキシブルに日常のワークスタイルに組み込み、(意図せず)結果的に社外との接点を持ちながら働くことのできる環境を利用している企業が出始めていることもまた事実です。
リモートワークを活用しながらも、オンサイトでのコミュニティをいかに日常業務に取り入れていくかがこれからのワークスタイル動向といえます。その効果を最大化するためには、ABWから一歩進んだ、この新しい「コミュニティ型ワークスタイル」の実現を戦略的に経営課題に組み込むことが必要となってくるのではないでしょうか。
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