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2022年5月2日

ホスピタリティFMを⽀える「IWMS」とは。データが価値を持つ時代に企業が取り組めること
全2回|後編

  • 熊谷 比斗史
    (ファシリテイメント研究所 代表取締役マネージングダイレクター)
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すでに海外で普及し、導入事例が増え続けているIWMS(Integrated Workplace Management System)。そのノウハウをオランダから日本へ輸入し、率先して導入を推進しているのが、株式会社ファシリテイメント研究所 代表取締役マネージングダイレクターの熊谷比斗史さんです。この記事では、IWMSで実現できることや、今IWMSを導入する価値について、熊谷さんに伺います。

データ収集・蓄積をベースに、さまざまなデータの活用を叶えるIWMS

IWMSはファシリティマネジメントに関する複合的なシステムのことで、特に従業員に対するホスピタリティあるサービスも含めて管理できる点が特徴です。前回の記事では、従業員満足度の向上に寄与する観点から、新しいワークスタイル・ワークプレイスである「トライブスペース」にて、IWMSが活用されていることをお伝えしました。

IWMSの起源は、今から約20年以上も前にさかのぼります。企業や社会の要請によってIWMSの源流となるCAFM*1やCMMS*2が生まれ、その後多数のオフィス情報を一括管理できるデータベースに進化してきました。

IWMSで管理できるさまざまな情報は「スペース(ワークプレイス)、プロセス、人」の3つに大別でき、経営者目線でのファシリティ戦略や、従業員満足度の管理などに役立てられています。現状日本企業で導入されているシステムは不動産管理台帳(スペース)から派生したものが多く、プロセスや人まで管理する企業はまだほとんどありません。

すでにIWMSの歴史が20年ほどある欧州では、IWMSによって蓄積したワークプレイス情報が企業や従業員に対して価値を持っています。「エビデンスベースド・ワークプレイス」という、データに基づくファシリティマネジメントが主流になりつつあるのです。これは大手企業の会計管理がExcelベースではなくシステム管理に変化したのと同様の流れで、当たり前のこととなりつつあります。

IWMSによって蓄積できる情報は、次のような3階層の管理・活用が可能です。

IWMSによるデータ管理・活用の階層

IMWSに取り組む際にベースとなるのは、さまざまな情報をデータ化して蓄積することです。そのデータを元に業務プロセスやワークフローなどが改善されます。そして最終的にはデータ分析によってファシリティの「あるべき姿」が具体化できるのです。

そもそもIWMSの根底には「人の苦手なことを機械で管理する」という考えがあります。例えばデータ記録や多岐にわたるプロセスの管理はヒューマンエラーが起きやすい部分です。ここをシステムに任せることで、ファシリティ管理をより容易にしています。

また企業がIWMSによって収集・管理する情報は、その企業の目的や意図によって異なります。例えば、あるグローバル企業で管理しているのは、各国のオフィス・不動産情報と、従業員からの要望の2つ。このうち従業員からの要望を管理している理由は、従業員満足度の維持・向上が、その企業にとって重要な経営課題だからです。

それから「IWMSで収集したデータを経営情報として活かす」と考えたときに、まず資金管理の話だと思われがちです。しかし従業員を重要な資産と考える企業では、資金管理と並んでいかにホスピタリティを向上させるかが命題になっています。

*1 CAFM(Computer Aided Facility Management System):CADから派生した主にスペース・資産管理の業務に使用されるコンピュータソフトウェア。

*2 CMMS(Computerized Maintenance Management System):設備保全の現場を支援・統制するシステム。

日本におけるIWMS導入の壁は「リスクを取らない体質」

さて、欧州で当たり前のように普及しているIWMSが、なぜ日本でなかなか浸透していないのでしょうか。それは知名度がまだ低いというほかに、残念ながら従業員ホスピタリティ向上を「コスト」と捉える企業が未だに多いからではないかと考えています。

また日本では終身雇用が未だに定着しており、「会社にいられなくなったら大変だ」と考える従業員も多い傾向です。例えば企業に対して「オフィスにコーヒーマシンを用意して」「オフィスのデスクを大きくして」などと要望すると、会社からの心証が悪くなるのでは、と考えてしまいます。

そのため、企業が従業員に対してなるべくお金をかけず、また従業員も現状の扱いに対して文句を言わないという、お互いがリスクを取らない構図が出来上がっていると感じます。

対してオランダの従業員は、叶えられないような無茶なオーダーを除き、所属する企業へ遠慮なく要望を出しています。こうした行動の背景には、欧州ではよい人材を集めるためにホスピタリティが欠かせない要素であり、そのホスピタリティを享受するからには相応の結果を出す必要があるという価値観が形成されているからです。

オランダでは、学校制度として小学校卒業後から一人ひとりが将来の職業のためにその後の学びを選択する必要があり、また、社会人になっても自身のエンプロイヤビリティ(雇用されやすさ)を磨くための学びは、当然のこととして定着しています。

また、労働者のエンプロイヤビリティと経済政策としての重点分野をマッチさせる国策として「リスキリング(学び直し)」の制度が拡充されています。スキルをつけて再び就職できるような体制が整いつつあることで、今後も従業員は企業に対してフランクに要望を出すでしょう。そして、その要望に経営課題として効率的に応えていくために、IWMSは不可欠なのです。

データが価値を持つ時代。データドリブンなファシリティマネジメントがより一般化する流れに

日本におけるIWMSの浸透に関しては、3〜4年ほど前から起きているAI・データサイエンスの発展が寄与しています。こうした技術の発達によりデータが価値を持つ時代になったことで、IWMSの重要性が認識されつつあります。

これから企業がIWMSを導入する際のメリットは、データドリブンなファシリティ管理により経営情報として活かせることだけでなく、従業員満足度の向上に寄与することです。こうした企業では従業員は手厚いフォローを受けられるため、必然的に従業員の定着率も向上するでしょう。

欧州のFMカンファレンスでは頻繁に人材争奪が経営課題としてとりあげられ、この傾向は引き続き続くものと思われます。

そしてこのコロナ禍で加速したのは、日本のファシリティマネジメントにおける「スペース稼働率」という視点の定着です。ビジネスパーソンの働き方が大きく変化し、オフィスワークとテレワークなどを組み合わせた働く場所をフレキシブルに選べるABW(Activity Based Working)という働き方が主流になりつつあり、オフィスのフリーアドレス制も市民権を得るようになりました。

これを受け、今までは「1人あたり何㎡を使えるか」という目線が主でしたが、現在は多様なスペースを共用するため「そのスペースの稼働率は何%か」という視点の追加が重要になっています。付随して、ファシリティデータの更新頻度もこれまでの年1〜2回ではなく、リアルタイム更新が求められるようになりました。このような変化をきっかけにモニタリングセンサーを本格導入し、IWMSでエビデンスに基づいたファシリティマネジメントを実施する企業が増えています。

今後多くのワークプレイスで導入が予想されるのは「オフィスの席が今空いているかわからない」というABWやフリーアドレス制ならではの悩みを解消する、リアルタイムでの空席情報等の管理・配信です。RTOI*3と呼ばれ、すでにオランダの研究*4で「フリーアドレスのリアルタイム情報を公開した方が従業員満足度が向上する」という内容の結果を発表しています。

リアルタイムでの居場所リコメンドや、空間利用の全体最適化なども含め、データドリブンなファシリティマネジメントが日本で普及する日も近いかもしれません。

私もさらにIWMSに関する知見を深めるため、ファシリティマネジメントによって収集できる情報のデータモデル化について日本のデータサイエンス大学院にて再度研究(リスキリング)する予定です。具体的には「人間の習熟度」をファシリティデータに反映させたいと考えています。

ABWをはじめ、知的生産性の向上施策には、人間の働き方が進化することがスペースやツールにも増して重要な要素ですが、この習熟した未来が一番想像しにくく、ヒトは目の前ある「変化」に抵抗しがちです。将来的にはこの研究を元にワークプレイスをデジタルツイン*5にし、人間とスペース・サービスによる生産性向上をシミュレートにより実証し、ホスピタリティ溢れるファシリティマネジメントサービスの提供に活かしていきたいと考えています。

*3 RTOI(Real-time occupancy information):リアルタイムで空間の占有情報を収集し提供すること。

*4 研究:Brenda H. Groen, Saxion University of Applied Sciences / Diedrik G. Broekman, ABN AMRO Facility Management “I need a work space! The benefit of Real Time Occupancy Information for employees investigated with Customer Journeys.” Research papers for EUROFM’s 16th research symposium, EFMC 2017

*5 デジタルツイン:デジタル空間に物理空間のコピーを再現する技術。物理空間から情報を取得したり、デジタル空間での計算結果を物理空間にフィードバックしたりすることも可能。

著者プロフィール
  • 熊谷 比斗史(くまがい ひとし)
    熊谷 比斗史(くまがい ひとし)
    ファシリテイメント研究所 代表取締役マネージングダイレクター
    1986年富士ゼロックスにソフトウェア開発者として入社。1990年に同社オフィス研究所に異動後、一貫してファシリティマネジメントに携わる。日本ファシリティマネジメント協会(JFMA)への出向やオランダFM大学院、イギリスFMアウトソーシング会社での研修を経て、2007年イギリス系不動産コンサル会社DTZデベンハム・タイ・レオンに転職。グローバルFM/CREコンサルタントに従事する。2012年にファシリテイメント研究所を設立。ユーザーのエクスペリエンス(感動体験)を創るホスピタリティFMを目指し、CREやワークプレースプロジェクト、FM管理業務からFMのIT分野まで幅広くコンサルティングを提供する。

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