NTTファシリティーズ
Case StudyPROJECT事例
2022年6月27日

記憶の継承
- 弘前れんが倉庫美術館 -

弘前れんが倉庫美術館(⻘森県弘前市吉野町)は、「記憶の継承」をコンセプトに明治・⼤正期の建築を再⽣し、2020(令和2)年2⽉28⽇に竣⼯しました。当時の記憶を未来へ継承するため、既存煉瓦(れんが)の質感を活かすとともにシードル・ゴールドの屋根を採⽤するなど歴史的な建築を未来につなげるための特徴的な意匠が実現されています。

100年を超える風景の継承

―― 弘前れんが倉庫美術館の地歴

「弘前れんが倉庫美術館は、⽇本で初めてシードルを製造した⼯場でもあった吉野町煉⽡倉庫を保存し、再⽣するというプロジェクトでした。吉野町煉⽡倉庫の歴史をたどると、1907(明治40)年に誕⽣した煉⽡造の酒造⼯場に⾏きつきます。1954(昭和29)年に、この⼯場がシードル⼯場へと⽣まれ変わり、1965(昭和40)年には、シードルの製造は停⽌することになりますが、建物は煉⽡造のまま保存されていました。そのうち、近代産業遺産の記憶をとどめる吉野町煉⽡倉庫を後世に残そうという機運が地域で⾼まり、2015(平成27)年に美術館として整備するため弘前市が取得しました」(池⽥)

「美術館のコンセプトは、『記憶の継承』です。歴史的な建物を未来につなげるために、可能な限り煉瓦倉庫の素材を⽣かし、もとの姿をとどめながら、美術館として⽣まれ変わらせる必要がありました」(⼭吉)

弘前れんが倉庫美術館 全景

弘前れんが倉庫美術館 全景

―― 遵法性対応

「100年以上前の建築を美術館として蘇らせるということは、容易ではありませんでした。明治時代(建築基準法制定以前)に建てられた吉野町煉⽡倉庫の遵法性を⾒極めるというのは非常に難しく、検査機関との協議は困難を極めました」(池⽥)

「既存構造体は煉⽡造と⽊造でしたが、改修や増築にあたりどのようにして現⾏法規に適合させ、いかに既存の構造体を残すかが⼤きな課題でした。また、⼤規模な修繕・模様替えに該当した場合に必要となる既存遡及についてもこの計画を⼤きく左右する与件となるため、検査機関との協議は弘前市の担当の⽅を含め注意深く進めました。実際に吉野町煉⽡倉庫を調査すると、屋根も床も傷みが激しく、⼤がかりな修繕が必要だということが分かりました。その中で、どこまでを既存遡及の対象範囲とするか協議を重ね、このプロジェクトなりの合理的な解釈を探り整理していきました。結果として遵法性を担保しながら意匠性や歴史性を兼ね備えた建物を実現しています」(⼭吉)

シードル・ゴールドの屋根

シードル・ゴールドの屋根

ATTAとの協働体制

―― プロジェクトの体制

「今回のプロジェクトでは、複数の企業とSPC(特別目的会社)*1を組成し、業務にあたっています。当社はほかの企業と連携しながら設計統括と監理を担当し、竣⼯後の維持管理も担っています。建築設計はパリを拠点に活躍する建築家の⽥根剛⽒が率いるAtelier Tsuyoshi Tane Architects(以下、ATTA)と⼀緒に進めてきました。意匠デザインについては主にATTAが担当しています」(⼭吉)

プロジェクトの実施体制

「⽥根⽒は、世界で活躍する建築家の⽅だけに確固たるポリシーがあると感じました。今回はPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)事業*2だったため、業務要求⽔準書によって設計や施⼯に関する細かな要件が事前に決まっていました。これに対して ATTAは、美術館をよりよいものにするために要件の変更もいとわないという意気込みがありました。そうしたプロジェクトへの取り組み姿勢には学ぶものがあったと思います」(池⽥)

*1 SPC(特別目的会社):特定のプロジェクトのためにつくられる会社

*2 PFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)事業:⺠間の資⾦やノウハウを活⽤し、公共施設などの設計・建設・改修・更新や維持管理・運営を⾏う公共事業の⼿法

美術館のエントランス前での記念撮影。左から、⼭吉、ATTA⽥根⽒、池⽥

「当社は設計統括の⽴場からATTAの意図を汲み取り、それを実現させるための性能検証から⾏政協議までを⾏う⽴場にありました。難しい課題に対し幾度となく弘前市と協議を重ね、ひとつひとつ解決していきました」(⼭吉)

シードル・ゴールドの実現

―― シミュレーションと検証

「意匠上の⼤きな特徴といえる屋根には、『シードル・ゴールド』という時間や光によって変化する⾦⾊を採⽤しています。この⾊は、吉野町煉⽡倉庫が⽇本初のシードル⼯場の建物だったことに由来し、『記憶の継承』というコンセプトを表すものです。採⽤した屋根は弘前市の景観条例等の基準からすると前例のない特殊な⾊だったため、何度も協議を重ね反射シミュレーションや⾊彩の検証を繰り返し⾏いました」(池⽥)

「美術館をあらゆる角度から撮影し、近隣住⺠等に対する光害や⾊彩の検証を⾏いました。撮影は、朝⼣など時間帯を分けながら何度も⾏い、シミュレーションとともに影響度の実証化を進める中で、弘前市と合意形成を図った経緯があります。粘り強く検証と交渉を⾏う中で、弘前市のご担当者の⽅もどうすれば許可が下りるのか⼀緒に考えてもらえるような関係を築くことができ、結果、許可を得ることができました」(⼭吉)

「内装における特徴的な取り組みとして、壁のモルタルや漆喰を剥がし、その下に隠れていた煉瓦の質感を味わえるような空間が挙げられます。煉瓦が損傷していたり、汚れている部分は、ひとつひとつ取り除きエイジング処理で質感を合わせながら仕上げています」(池⽥)

「煉瓦については既存の材料を出来る限り活かそうとしましたが、どれぐらいの気温変化で結露が出るのかデータがなかったため、念⼊りに検証を⾏いました。屋内や屋外の気温だけでなく、壁の中にも温度センサーを⼊れて煉⽡壁の特性を把握し、複数パターンの外気温に対する露点温度を検証しました。屋外に出ての測定もあったため、1⽉、2⽉に実施した際には⻘森の冬の厳しさを改めて体感させられました」(⼭吉)

もともとあった漆喰(左)を剥がし、煉瓦の質感を活かした内装に⽣まれ変わった(右)

再⽣建築で得た学び

「美しい空間をつくるということに対して、様々な気づきがありました。思い描くものを実現させるために妥協しない業務姿勢も、今回の体制で得られた⼤きな収穫であったと感じています」(⼭吉)

「当社では、東⽇本⼤震災後の復興や台風被害の復旧などを通じ、レジリエントな建築の技術を培ってきました。今回は弘前れんが倉庫美術館を通して、歴史遺産の保存・再生という観点から街の活性化、文化継承に資する貢献が果たせたのではないかと考えています」(池⽥)

プロフィール
  • 池田 浩二
    NTTファシリティーズ東北支店
    ファシリティ事業部
    エンジニアリング&コンストラクション部
    建築設計担当 主査(当時)

    池田 浩二(いけだ こうじ)
    医療福祉施設の設計を中⼼にメガソーラー構築や改修⼯事、東北⽀店WS改⾰、公共施設の新築⼯事を担当。現在は、再開発プロジェクトやまちづくり案件などを担当している。
  • 山吉 弘明
    NTTファシリティーズ東北支店
    ファシリティ事業部
    エンジニアリング&コンストラクション部
    建築設計担当(当時)

    山吉 弘明(やまよし ひろあき)
    1976年 ⽇本電信電話公社東北電 気通信局建築部に⼊社。通信局舎や共通施設の新増築を担当し、その後、超⾼層オフィスビルをはじめオフィスビルの設計を中⼼に従事。PFI事業ではプロジェクトチーフとして参画しており、現在は某オフィスの再開発PJを手掛けている。

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