NTTファシリティーズ
FeatureNTTファシティーズジャーナル No.327
2018年5月

広がりはじめたウェルネス

「健康」を重要な資産と位置付ける新たな経営手法

 1980年代の後半から,地球温暖化対策や省エネルギーへの取り組みが進められ,建物性能は向上し,LEEDやCASBEEなど環境性能評価システムも広く使われるようになりました。最近では社会情勢に鑑み,これまで以上に企業を支える人へ配慮することの重要性が認識されつつあります。
 日本では生産年齢人口が1995年を境に減少を続け(図1),2013年に40兆円を突破した国民医療費が今後も増加していくこと(図2)が懸念されています。従業員1人ひとりが活力にあふれ,自己の能力を最大限に発揮できるよう健康面に配慮することが,企業価値を向上させていく上で非常に大切な取り組みと見なされ,様々な企業で具体的なアクションが起こされています。
 こうした中,最近日本でも注目されるようになっているのが,ウェルネス経営です。これは,従業員の健康づくりを企業の存続と成長のための投資と考え,企業をあげて従業員のウェルネス,すなわち健康の維持・増進に努めるという新しい経営手法です。従業員の健康管理は保険料削減によるコスト構造の改善につながるだけでなく,生産性の向上も図ることができることから注目を集めるようになりました。
 現在,日本の企業で進められているストレスチェックや残業時間削減などからさらに踏み込み,健康を重要な資産と位置付け,従業員の健康づくりを経営的な視点で捉える戦略的な取り組みです。

図1:生産年齢人口(15~64歳)の伸び率
出典:総務省「国勢調査」「人口推計」,国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」をもとに作成 ※2016年は概算値

図2:国民医療費の年次推移
出典:厚生労働省「平成27年度 国民医療費の概況」をもとに作成

従業員の健康を経営視点から考える

 こうしたウェルネスへの取り組みを促進させることを目指し,経済産業省は「健康経営銘柄」の選定(2015年~)や,「健康経営優良法人」の認定(2017年~)を実施しています。
 ここで言われている「健康経営*」は,従業員の健康管理といった側面だけではなく,企業の成長につながる経営視点で捉えるべきものであるという,働き方改革の一環としての取り組みといえます。
 従業員の健康というと,健康診断や健康管理といったイメージを抱きがちですが,経済産業省が推進している健康経営は,同じ従業員の健康を考えるにしても,経営的な視点がキーになっています。健康に投資することで,従業員の生産性と活力を向上させることが狙いです。
 具体的には,「従業員の健康管理を経営的な視点で考え,戦略的に取り組んでいる企業」を評価する環境整備として,健康経営に関わる経営理念,組織体制,制度や施策の実行,評価・改善,法令遵守・リスクマネジメントなどの項目に答える健康経営度調査を行い(図3), 2018年2月に「健康経営優良法人 2018(大規模法人部門)」として541法人,3月に「健康経営優良法人 2018(中小規模法人部門)」として776法人が,それぞれ発表されています。

  • *健康経営:NPO法人健康経営研究会の登録商標

図3:企業経営への影響に関する検証や成果
出典:経済産業省「健康経営銘柄2018 選定企業レポート」をもとに作成
従業員のモチベーションの向上を指標としている企業が最も多く,成果の把握も行われている。また健康上の問題による欠勤や遅刻等(アブセンティーズム)に関する指標を取り入れている企業も多くなってきている

オフィス環境のウェルネス

 では,オフィス環境において従業員の健康を維持・増進するためには,具体的にどのような行動をとるのがよいのでしょうか。
 この点に関し,経済産業省の「健康経営オフィスレポート」では,大きく7つに分類した行動と,それぞれの行動で期待される健康増進効果が紹介され,従業員の心身の調和と活力の向上を図るためには,これらの行動をオフィス内で日常的に誘発させることが重要とされています(図4)。
 また,同レポートには「健康経営に貢献するオフィス環境の調査事業」で実施された,2万名以上(所属企業 200社以上)のビジネスマンの働き方と健康問題に関する調査結果も報告されています。
 それによると,オフィス環境(空間・設備・情報・運用)を整備し,健康の維持・増進につながる7つの行動を誘発することは,それぞれの健康状態に影響し,最終的にはプレゼンティーズム(健康問題による出勤時の生産性低下)やアブセンティーズム(健康上の問題による欠勤や遅刻等)の解消に結び付くことが明らかとなっています。
 例えば,大手SIerの1つとして知られるA社では,企業の垣根を越えて活動を行う「ウェルネス協議会」に参画し,体を動かす機会が少ないシステムエンジニアが健康になるよう様々な取り組みを行っています。従業員の充実したワーク・ライフ・バランスの実現によるオフィス環境の整備を含む健康経営の施策を積極的に社内展開したことにより,健康経営銘柄に認定されています。
 このように企業が積極的に従業員の健康増進に取り組むことは,生産性の向上や勤務時間の短縮につながり,離職率の低下,ひいては従業員の満足度の高まりも期待できます。

図4:健康を維持・増進する7つの行動と期待される健康増進効果
出展:経済産業省「健康経営オフィスレポート」をもとに作成
従業員の心身の調和と活力の向上を図るためには,これらの行動をオフィス内で日常的に誘発させることが重要。また従業員の意思や努力だけに任せるのではなく,戦略 的に行動が誘発される環境を提供することも必要であり,環境構築の際には従業員と環境づくりに関わる人のそれぞれが現状の把握からはじめ,何をどのように変えて いくかを話し合いながら計画を立て取り組んでいくのが望ましい

■ 健康経営に関する投資への取り組みは,ESG(Environment,Social,Governance)を重視する投資家にとって,企業が社会との関係をどのように視野に入れているかについての重要な判断要素となると考えられている

広がるウェルネスの波

 日本においてウェルネスは,まだ始まったばかりですが,働き手の減少や従業員の高齢化が進む日本において,必須の取り組みになりつつあります。今まで以上に従業員が心身ともに健康であることの重要性は高まっていくと見られています。
 ウェルネスが普及するにつれて,これに配慮したオフィスづくりも,今後における新築事例はもとより,改修での事例も増えていくと思われます。米国で進められている健康と快適性に優れた建物を認証評価する「WELL認証(WELL Building Standard)」の取り組みも,日本で拡大していくことが見込まれています。
 オフィスづくりやウェルネスの取り組みを推進するために,今後も取り組み効果の調査研究や,働き方と健康に関する活動の普及啓発に向けた施策を展開していくことが重要とされています。
 生産年齢人口が減少を続けており,これに歯止めをかけるため,女性の社会進出を促すなどの取り組みも行われています。さらに,あらゆる世代の勤労意欲を高める取り組みが必要とされています。積極的に勤務したいと思えるような環境をつくり,従業員の健康を維持・増進し活力を向上させるウェルネスへの取り組みが企業に求められているのです。

健康経営銘柄選定企業における取り組み事例

● 従業員が参加する健康増進活動

・全社での社内スポーツ大会
・自転車通勤プロジェクト
・チーム対抗でのウォークラリー
・卒煙マラソン
・アルコールパッチテスト
・昼休みや仕事帰りのスポーツ活動推進
・体組成計の全国巡回
・階段の利用を促進させる階段のすすめの実施
・毎食腹八分目に挑戦し記録表を提出する腹八分目キャンペーン
・携帯アプリを導入しゲーム感覚で行う生活習慣の改善

● セミナー・イベントなどによる啓発活動

・35歳以上を対象とした特定保健指導
・内臓脂肪測定イベント
・夏季熱中症予防セミナー
・運動,禁煙,減量などの生活習慣の改善に取り組む健康チャレンジ活動
・外部インストラクターによる運動講習会
・栄養管理士によるセミナーの開催
・体重記録によるダイエットイベント
・社長から全従業員へ健康増進に関するメッセージの発信
・社内報での医師による病気予防アドバイス

● 制度・環境の整備

・社員食堂での低カロリーメニューの提供
・健康への意識改革や行動変容を促すためウェルネスリーダーを配置
・気軽に相談できるカウンセリング室の設置
・年休取得目標の設定と取得の推進
・50歳の従業員を対象とした全額会社負担の1日人間ドックの受診
・35歳以上の全員を対象とした健康診断における血液検査の実施
・全従業員を対象としたストレスチェックの実施
・最大3カ月のリハビリ期間を設けたリハビリ勤務制度の導入
・就業時間中の全社禁煙
・昇降式デスクを導入し立ち作業の促進
・Web上でいつでも自身の健診結果や健康状態を確認できる仕組みの導入
・健診で何らかの所見があった従業員の診断結果に「有所見者受診確認表」を同封
・健康的な行動にインセンティブを与えるポイント制度の導入
・3カ月ごとに3連休を設定するピットイン休暇
・大切な人へ花を贈れるアニバーサリー制度


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