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2021年9月1日

創造性を高める働き方の先進事例

  • 取材: 仲 隆介
    (京都工芸繊維大学 大学院工芸科学研究科 デザイン・建築学系 教授)

(写真提供:フリーランスフォトグラファー 山崎純敬)

(写真提供:フリーランスフォトグラファー 山崎純敬)

京都工芸繊維大学の仲教授は、建築をベースにデザイン・経営・工学などを通して未来の働き方とワークプレイスづくりを追求し、新しい働き方の実験の場として「生きる場」プロジェクトという前例のない試みを自ら実践されています。
創造性を高める新しい働き方、働く場とはどういったものか、また今後のワークプレイスの変革では何が重要かについて、「生きる場」で得られた知見などに基づいて、お話しいただきました。

働く場の創造性を上げて生産性を高めるという考えが広がる時代

長年オフィスの研究をハードとソフトの両面から行い、日経ニューオフィス賞の審査にも携わってきました。こうした経験から、最近のワークプレイス動向の変化として、はっきり言えることがあります。それは、創造性を上げて生産性を高めるという考えがどんどん広まり、創造的な仕事にふさわしい環境を作る動きが加速している、ということです。いろいろな企業が生産性向上を目指してオフィスにお金をかけるようになり、ワークプレイスのクオリティが格段に上がっています。
生産性というと効率と勘違いされがちですが、生産性はアウトプット/インプット(インプット分のアウトプット)で表され、分母のインプットを小さくするのが効率化で、分子のアウトプットを大きくするのが創造性です。そして、創造性を上げて生産性を高めるには創造的な仕事を増やすことが必要となり、そのためには働き方やワークプレイスをどう変えていけばいいかが問われています。
シュンペーター*が言っているように、イノベーションもしくはアイデアというのは、これまで混ざらなかったような考えが新しく結合する、いわゆる新結合をすることです。分野が違う人や今までとは異なる人と話す中にこそ、新結合があります。 また、新しいアイデアやイノベーションを生み出すためにはメタ認知*ができる環境や雰囲気が極めて大事とも言われています。メタ認知には緊張状態よりもリラックス状態のほうがふさわしいことが、脳科学的にも明らかにされています。構想を練ったり、発想を広げたり、いろんな人との出会いや会話から気付きを得たり、そういったことがリラックス状態でいつでもできる環境が求められています。

*シュンペーター(J.A. Schumpeter):オーストリア・ハンガリー帝国(後のチェコ)モラヴィア生まれの経済学者(1883-1950)。イノベーション理論を確立した。

*メタ認知:自分が物事を認知している状態を客観的に認知している状態のこと(メタは「より高次の」という意味)。1976年にアメリカの心理学者フラベル(J. H. Flavell)が提唱した概念。

コロナ禍以前と本質的には変わりない変化の方向

コロナ禍で働き方やワークプレイスのあり方が変わるとよく言われますが、本質的には、変化の方向はコロナ禍以前と何ら変わりありません。パブリックゾーンは以前から増加傾向にあり、イノベーションにはコミュニケーションが大事ということも昔から言われていました。急拡大している在宅勤務にしても、少し前まではほとんどの人が、家では満足に仕事ができないと思い込んでいて、イノベーションを生み出すには多様な働き方に変えなければいけないと分かっていてもなかなか変えられずにいたところに、コロナ禍への対応という世の中の要求に背中を押され、思い切ってやってみたら案外うまくいった、というだけの話のように思われます。しかし、コロナ禍というものが新結合にとって大敵であることは確かです。人と人をどんどん引き離し、多様な人が寄り集まって知恵を出し合うということを阻もうとしています。これだけは絶対に何とかしないといけません。

多様な行為が混ぜ合わさった「生きる場」

(写真提供:フリーランスフォトグラファー 山崎純敬)

こうした状況の中、自分たちの試みは間違っていないと意を強くしているのが、働く場の可能性を広げるための社会実験として2018年に学生たちと始めた「生きる場」プロジェクトです。琵琶湖のほとりにある民宿のオーナーの協力を得て、敷地内の離れをリノベーションした定員6名の小さなコワーキングスペースで、地域にも開くことで創造的な仕事をするのに最適な、ワークプレイスを目指しています。周辺には、新鮮な琵琶湖の魚介類や地元の農産物を気軽に買えるマルシェ(第一日曜開催)などもあります。ワークプレイスは、屋外テラスを含む約40㎡のスペースにミニキッチンやプライベートスペースが設けてあり、加えて琵琶湖を水風呂にするテントサウナの導入が検討されていたりします。一般の湖水浴客が訪れる7月8月を除いて、予約すれば誰でも気軽に、気分や仕事内容に合わせて自由な使い方を楽しむことができます。

(図1)「生きる場」イメージ

「生きる場」プロジェクトのキーワードは2つあり、「イノベーション」と「ウェルビーイング」です。背景には、「既存の働き方にとらわれず、自分らしく生きたい」という個々人の課題と「イノベーションを生みだし続けたい」という企業の課題を同時に解決し、人間らしい豊かな生き方を実現する場が求められているということがあります。
既存の働き方ということでは、効率化は経済的な豊かさを目指すとても良い手法でした。効率化のために、これまではワークをオフィスでライフは別の場で、というふうに分けてきました。しかし、ワークも非常に重要なライフですから、今盛んに言われているワークライフバランスというのは、実は矛盾しています。
大事なのは、多様な機能を場所で分けるのではなく、1つの場所に混ぜることです。ただ、ワークをも含めたライフの場はどうあるべきかというのは、正直まだ見えていません。そういう意味では、「生きる場」はまさに実験の場と言えます。誰か1人が考え出すものではなく、いろいろな人が絡み、議論をし、実際に経験、試行錯誤しながら模索していく中でこそ、向かう方向が見えてくるのではないかと思っています。

(図2)「分ける(分離)」から「混ぜる(集約)」へ

サードプレイスのバージョンアップとしてのフォースプレイス

ファーストプレイスの自宅、セカンドプレイスのオフィスに加えて、その中間に位置するサードプレイスとして、デジタルやバーチャルを絡めたさまざまな場が提起されていますが、私はさらに、サードプレイスのバージョンアップというイメージで、フォースプレイスということを提唱しています。いろいろな行為や人が自由に混ざり合う場ということであり、「生きる場」はまさにフォースプレイスに相当します。
とはいえ、「生きる場」だけで働くことが完結するわけではありません。会社のオフィスも在宅勤務の場である自宅も、大事であることに変わりありません。
要は、それらが全体としてうまく相乗効果を発揮するような生き方ができるかどうかということであり、最大のポイントは、各人が一人の人間として自律しているということです。

(写真)「働く+遊ぶ」場である「生きる場」の光景。琵琶湖の湖畔のかぶりつきで仕事をすると、仕事に疲れて集中力が途切れても、目の前に広がるとろけそうな雰囲気が最高で、回復力が桁違いにいい。すぐさま仕事に戻って、再び集中できる(写真提供:フリーランスフォトグラファー 山崎純敬)

まとめ

「生きる場」という前例のない試みを実験的に進めてきて、地域との協創で新たなビジネスが創出されている状況など見ていて、つくづく思うのは、働き方やワークプレイスの変革では、マネジメント層の意識改革、すなわちチェンジマネジメントということも非常に大事、ということです。すでにそのような舵取りをしている企業もいくつかありますが、みんなと一緒でないといけないと考えがちな同調圧力傾向の強い日本では、独創的なイノベーションを生み出す環境を作り出すのは、まだまだなかなか難しいというのが実情です。
しかし、長年学んできたことをいったん忘れるアンラーン(unlearn*)を実践し、そろそろ本気で創造性を発揮する方向を目指さないと、先進的な世界各国に比べて貧しい状況に陥っている日本は、ますます取り残されてしまいます。私たちがずっと過ごしてきた高度成長期が終わってしまったことに気付いているのに、同じやり方を20年30年続けてきてしまいました。それを、いよいよ変えないといけません。世の中の要求に背中を押されて、多様な働き方の実現に向けた変革の端緒が開きかけています。

*Unlearn:学んだことを念頭から払う、忘れること。組織学習の提唱者ヘドバーグ(B.L.T.Hedberg)は、組織にとって時代遅れや有効性が失われた知識を棄却するプロセスをアンラーニング(unlearning)と呼び,これが望ましい組織学習の上で欠かせないと考えた。「学習棄却」「学びほぐし」とも言われる。

コロナ禍によってすべての年齢層にとって初めてのことが次々と起きている今という時代において、一人ひとりが年齢や経験値の壁を乗り越え、コロナ禍に負けることなく、イノベーションに向けて頑張り続けることが大事だと考えられます。
ワークプレイスの中で行われる行為が大きく変化しているのですから、ワークプレイスの企画・計画手法も変化してきています。新しいワークプレイスは、これまでと異なる働き方にチャレンジする場所なので、新しい働き方をもとにした設計要件を整理する必要があります。一方、新しい働き方は各社各様です。そのため、最近はユーザーがこの新しい働き方をデザインするプロセスにワークプレイス計画者が関与するようになってきています。手法としては、プログラミングにワークスタイルのデザインが組み込まれています。さらに、ファシリティマネジメントの視点からも、ワークプレイスの完成後の新しい働き方を実現するプロセス(チェンジマネジメント)に計画者が関与するようになってきています。オフィスづくりに携わる人たちのゴールは、オフィスを完成させることではなく、ユーザーが新しい働き方を実現することです。一方、新しい働き方に変えることはとても大変なチャレンジです。だからこそ、ワークプレイスの専門家である計画者がユーザーのチャレンジに寄り添っていくことが重要になってきています。また、ワークプレイスは本社ビルだけで完結せず、益々拡張してきており、「生きる場」のような新しい時代の要求を受けて生まれた場も含んだ働く場の全体像を描き、実現することが求められています。ワークプレイスの全体像のデザインは、様々な組織の知的生産性と働く人のウェルビーイングの向上にとても重要な役割を担うようになってきています。

著者プロフィール
  • 奥 錬太郎
    仲 隆介
    京都工芸繊維大学 大学院工芸科学研究科 デザイン・建築学系 教授
    1957年大分県生まれ、1983年 東京理科大学院修士課程終了 、PALインターナショナル一級建築士事務所、1984年東京理科大学助手、1994年マサチューセッツ工科大学客員研究員、1998年宮城大学助教授、2002年京都工芸繊維大学助教授、2007年より現職。
    専門分野は、都市計画・建築計画、教育工学、メディア情報学・データベース、社会学。さまざまな機関で研究、啓蒙活動を展開するとともに、企業・自治体でワークプレイスデザインを実践している。

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