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2022年1月12日

ワークプレイスはコストではなく「投資」。
働き手のウェルビーイングを高める企業のファシリティ戦略

  • 似内 志朗
    ((公)日本ファシリティマネジメント協会理事・フェロー・調査研究委員長、ファシリティデザインラボ代表)
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コロナ禍を経て「出社」が当たり前でなくなった今、オフィスの価値が改めて議論されています。その議論の中で注目されているのが、ウェルビーイング(幸福度)。ウェルビーイングが高い社員は生産性が1.3倍、創造性が3倍アップするなどの研究結果(後述)が報告されています。
では、働き手のウェルビーイングと企業の成長の両方を実現できるワークプレイスとは、いったいどのような姿なのか。建築設計やファシリティマネジメント、「JPタワー・KITTE」などの不動産開発などに携わり、公益社団法人 日本ファシリティマネジメント協会(JFMA)の理事・フェローとしても長く活動されている、ファシリティデザインラボ代表の似内志朗氏にお話をうかがいました。

コロナ禍を経て、ワークプレイスづくりは「経営の重要課題」に

コロナ禍での1回目の緊急事態宣言が明けて以降、多くの企業は一度、在宅勤務から出社へと働き方を戻そうとしました。しかしコロナ禍の長期化や、出社率に関する政府からの要請を受け、ワークプレイスについて真剣に再考する動きが見受けられます。今ほど企業の関心が、オフィスやワークプレイスに向いた時代はなかったのではないでしょうか。
このような社会環境の変化から働く場としての「リアル」と「デジタル」が並列・拮抗し、働き手はこの2つの場を行き来するようになりました。具体的には、「リアル」と「デジタル」を融合させ、オフィス機能を分散させる「ハブ&スポーク型ワークプレイス」、つまり広義のABW(Activity Based Working)が企業に採用されつつあります。

図:ハブ&スポーク型ワークプレイスのイメージ

本社機能をハブとなるオフィスに集約し、個々人の業務やチームでの打ち合わせなどはフレキシブルオフィス(シェアオフィスなど)や街中のカフェ、在宅などで行うことが見られるようになりました。こうすることで、働き手自身が「リアル」と「デジタル」のバランスを自ら考え、両方の「いいとこどり」をすることが可能となり、その結果、場所・時間など働き手の選択の自由度が上がり、ウェルビーイング(幸福度)向上が期待できます。
私自身も働き方に関して実験しようと思い、ABWならぬTBW(Travel Based Working)と称して、さまざまなワークプレイスで仕事を行っています。ハブにしているのは、都心(文京区)のオフィス「ファシリティデザインラボ」です。ここではリモート打合せや集中作業などを中心に仕事の約50%を行い、気分転換したくなったら最寄りのいくつかのカフェへ移ります。余裕があり移動時間が取れた際は、静岡県伊東市にある伊東山喜旅館の「旅先の書斎」や、浜名湖近くのサテライトオフィスへ。一方で社団法人や企業でのリアルな業務もあるため、すべてを現地に行かずデジタルで行うのは難しいと感じます。
こうして働く場所を自分で選ぶようになった結果、個人としてのウェルビーイングは圧倒的に向上し、一日あたりの生産性も上がりました。しかし、良いことばかりではありません。他者からの刺激が少なくなるため、工夫して働かないと毎日が平坦に感じられる、放っておくと運動不足になりがちなどのマイナス面もあり、働き方は自分で創意工夫することが大切だと実感しています。このような自身の経験からも、働き方やワークプレイスが働き手の生産性や精神状態に影響を与えるのは確かです。
そしてコロナ禍を経て、オフィスのファシリティマネジメント(以下、FM)が、経営者が対応するべき重要な経営課題になり、経営者が「リアル」と「デジタル」のベストミックスを真剣に考えるようになったのは間違いありません。もちろんこれまでもFMやワークプレイスマネジメントは重要でしたが、さらに経営者の関心がこれらに向くようになったのが大きな変化なのです。

ウェルビーイングを生み出すベストバランス

こうしたワークプレイス施策を戦略的に実施している代表的な企業の事例として、富士通とDeNAを挙げます。
富士通は、2020年4月よりワークプレイス改革の検討をいち早く開始し、2020年7月には、ニューノーマルにおける新たな働き方「Work Life Shift」を掲げています。本社ハブオフィスの他、サテライトオフィス、ホーム&シェアードオフィスにワーク環境を移行させ、社員が高い自律性を保てるワーク環境を整備しています。その結果、本社オフィス面積を半減させています。「通勤という概念をなくす」とまで言っており、その革新的でスピーディな環境整備は一部上場企業らしからぬ動きと言えましょう。
DeNAでは、コロナ禍でのリモートワーク推進により出社する社員数が全体の6%以下になったため、2021年8月より在宅勤務をベースとし、本社機能をシェアオフィス(WeWork)に移転し、約2,800席あったデスク数を約700席に削減しています。

このような事例は、かなり思い切ったものですが、「リアル」と「デジタル」のベストなバランスは企業ごとに異なり、画一的な「答え」はないと考えています。どうしてもオフィス面積を半減させたといったところに目がいきがちですが、重要なのは、オフィスという「モノ」から発想しないことです。働くとは何か、働き方はどうしたいのかなど「モノ以前のこと」から考えることが必要です。

経営者と働き手の成長を実現するキーは「ヒトの知恵」

では、企業などの組織において「リアル」と「デジタル」のワークプレイスをベストミックスするためには、どのような観点が必要なのでしょうか。重要視したいのは、経営者と働き手が共に成長できる関係性です。
そもそも「経営者と働き手の考え方は違う」と認識することから始めた方がいいと考えています。経営者の下に働き手がいるという上意下達のような認識では、長い目で見てうまくいかないからです。
おそらく働き手は経営者が考えている以上に、自由度や自律性、働きがいを求めています。よって、経営者は働き手のこうしたニーズを満たしながら、企業として広く価値創出していける体制づくりを行うことが不可欠です。企業と働き手がWin-Winになるような働く環境やルール、カルチャーづくりを目指す必要があります。
かつて20世紀の企業における経済活動の源泉は「(労働力としての)ヒト・モノ・カネ」でした。それが21世紀以降、「カネ・モノ」は余り、「ヒト」の知恵が重視されるように変化しています。例えば「GAFA」と総称される米巨大IT(情報技術)企業は、世界的に大きな富を得ていますが、この富の源泉は働き手(ヒト)が生み出す知恵やアイデアです。つまり、今や最も大切な資源は「ヒト」であり、企業間競争の本質は、優れた人材の獲得競争と言えます。優れた人材が企業価値を拡大させるのです。

ウェルビーイングへの投資が生む効果

今後を見据えて働き手への投資を考えるなら、いかに働き手がパフォーマンスを発揮しやすい環境を用意できるかが重要になります。つまり、「ウェルビーイングへの投資」です。幸福な人生のデザイン等を研究している慶應義塾大学の前野隆司教授はアメリカの研究を引用し、「幸福度の高い社員の生産性は1.3倍、創造性は3倍高い」という調査結果から「エンゲージメント、モチベーションも向上する」と結論付けています。
働き手のウェルビーイングを向上させる健康で快適なワークプレイスを構築する際、その環境整備には資金が必要となります。しかし、そもそもオフィス賃料などのファシリティコストは人件費の約10分の1*であり、「ヒト」にコスト見合いの生産性を期待するならば、これらの投資対効果がとても高いと言えます。例えば、健康で快適なワークプレイスづくりのための認証であるWELL認証*最高位であるプラチナを獲得したCBRE米国本社では、ファシリティなどの環境整備等に要した投資に対する従業員の生産性向上など様々なリターンの合計(効果)は、3年間で360%と試算されたと発表しています。

*JFMAエネルギー環境保全マネジメント研究部会「リニューアルを視野に入れたFM領域の地球温暖化対策」より

*WELL認証:人々の健康とウェルネスに焦点を合わせた建築環境(建築やコミュニティ)の性能評価システム。IWBI (International WELL Building Institute)が開発・運用し、GBCI(Green Business Certification Inc.)が認証の審査を行っている。

ウェルビーイングと環境負荷軽減の両立を目指して

オランダ・アムステルダムのオフィスビル「The Edge」

ここで、企業の成長と働き手のウェルビーイング向上を実現している海外の事例をご紹介します。それはオランダ・アムステルダムにあるオフィスビル「The Edge」と、そこに入居している会計・経営コンサルティングファームのデロイトグループです。
そもそもなぜデロイトはこのThe Edgeに入居したのでしょうか。世界最大規模の会計事務所であるデロイトグループはコンサルティング業務にシフトする中で、最大の課題が優秀な人材を獲得することでした。どうしたら人材の集まる企業にできるのか。新社屋に入居するにあたり、オフィス企画段階からデロイトはデベロッパーと建築設計者と、将来のデロイトに相応しいオフィスビルは何か試行錯誤した結果、社会的に求められている環境性能の高さ(ZEB)、そして社員にとってウェルビーイングの高い環境創出*を行うことをゴールとしたと言います。

*ビル全体に約28,000個のセンサーがついており、連動するアプリから好みの室温や湿度、照度などを入力すると、周囲の環境が詳細にコントロールできる。オフィスはフリーアドレス制で、どこにいても自分に合った快適な環境で仕事することが可能。

このように環境と人に配慮されたThe Edgeですが、環境面においては、英国の環境性能評価システムであるBREEAMが、このビルを史上最高の持続可能性スコアである98.3%と評価。建物全体の消費エネルギーは同規模の建物の約3分の1で、その3分の1も太陽光発電で賄われており、環境への負荷は最大限抑えられていると言えるでしょう。また人の快適性の面では、自分のスマホで自分の好きなワーク環境(温度・湿度・照度など)を設定でき、高満足度を実現しています。
このように働き手のQOL(生活の質)やウェルビーイングを改善しようと思うと、ワークプレイスの整備を行う必要が生まれ、その結果、「環境負荷が低いオフィスで働くこと」自体が働き手の満足度に繋がります。結果的に、デロイトへの入社希望者は2.5倍に増加。うち62%が「The Edgeで働けるから」を応募理由に挙げるなど、働く環境によって人材の集まり方が変化することが明らかになりました。

図:QOLの最大化と環境負荷の軽減は、ふたつのターゲット

また近隣に建つ、同じデベロッパーによるリノベーション・オフィスビル「Edge Olmpic」も同様のコンセプトですが、植栽や動物のオブジェが置かれ、カフェでは朝食メニューやドリンクが提供されるなどウェルビーイングに重点を置き、人の健康と快適性へ配慮した環境を実現し、WELL認証最高ランクのプラチナを獲得しています。
サステナビリティ、ESGのふたつの課題、つまりE(環境負荷軽減)とS(社会的側面の1つである人のウェルビーイング向上)の二者を関連づけてワークプレイスを再構築していく動きが、今後加速すると思います。
なお、入居するビルを「環境に優しい建物」だと評価するには、モノサシが必要です。その役割をする評価手法として、グローバルに広がっているものとしてWELL認証やLEED認証*が挙げられます。これら認証制度は米国・欧州・中国で先行して広まっていますが、日本でも大手デベロッパーなどを中心に取得が拡大しています。

*LEED認証:建築環境(建築やコミュニティ)の環境性能評価システム。USGBC(U.S. Green Building Council)が開発・運用し、GBCIが認証の審査を行っている。

WELL認証やLEED認証は、ウェルビーイングや環境に配慮された建物であると投資家や社会に対して認知してもらう、分かりやすいモノサシです。今後、ワークプレイスを再構築する際、こうした認証を取得した建物を選ぶという傾向も増えてくるでしょう。

「働き手に選ばれる企業」となるために

コロナ禍に端を発したワークプレイス再構築の動きは、前述の「人のQOLやウェルビーイングの最大化」、「環境負荷の軽減」という両輪で、今後の都市・建築・ワークプレイスの議論がされていくと考えています。
また、現代における企業価値・企業利益の源泉は「働き手の持つ知恵」であり、働き手から選ばれる企業になることが重要視されるのは間違いありません。そのような働き手のウェルビーイングを高め、生産性・創造性を向上させることが、企業のブランディングやリクルーティング、リテンション、さらには企業価値の最大化につながるのではないでしょうか。
企業には、「働き手のウェルビーイングを高めるワークプレイスは、コストではなく投資」という視点が不可欠だと思います。企業と働き手が共に満足する環境を構築するために、まずは企業が働き手の希望や考え方に関心を持ち対話することから、すべてがはじまっていくのだと思います。

著者プロフィール
  • 似内志朗(にたない しろう)
    似内 志朗(にたない しろう)
    (公)日本ファシリティマネジメント協会理事・フェロー・調査研究委員長/ファシリティデザインラボ代表
    一級建築士、認定ファシリティマネジャー、WELL AP、Fitwel Ambassador。
    1984年早稲田大学建築学科卒、1990年UCLバートレット建築校大学院修了(建築ディプロマ取得)。郵政省入省後、建築設計、ファシリティマネジメント、新規事業開発、不動産企画開発に携わり、2019年(株)日本郵政を退職。現在、ファシリティデザインラボ代表、(株)ヴォンエルフ シニアアドバイザー、(株)イトーキ社外取締役、筑波大学客員教授、東洋大学非常勤講師。公的活動として(公)日本ファシリティマネジメント協会理事・フェロー・調査研究委員長、環境省・21世紀金融行動原則環境不動産WG共同座長、(社)グリーンビルディングジャパン運営委員。

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