株式会社ヴォンエルフの平松宏城氏は、一般社団法人グリーンビルディングジャパン(GBJ)を共同設立し、国際認証であるWELL認証やLEED認証の普及に取り組んでいます。2021年2月には不動産の環境負荷を可視化する国際標準の認証システム「Arc(アーク)」を扱う、株式会社Arc Japanを日本政策投資銀行(DBJ)らと共同設立しました。そんな平松氏に、グローバルな社会動向から見る、今後の日本企業に必要なファシリティ戦略やワークスタイル・ワークプレイスについて考察いただきます。
ワークプレイス選びの目線が変わる
コロナ禍で世界的にワークスタイルが大きく変容しています。働く場所をフレキシブルに選べるABW(Activity Based Working)という考え方やリモートワークの普及によって、これまで企業活動に必要だったオフィスはその存在意義を問われるようになりました。
しかしながら来たるアフターコロナでのワークスタイルは、企業によって最適解が異なります。そこで一例として、当社(ヴォンエルフ)の新たなワークスタイルをご紹介しましょう。
当社では一度目の緊急事態宣言下では原則100%リモート、将来的にコロナが収まった後も東京九段下オフィスへの出社を多くて週2回程度とし、WeWorkや浜名湖にあるサテライトオフィスが利用できる体制を整えました。
また社員には月数万円を上限としてリモートワークのための交通費を実費支給、オフィス内にとらわれない「広義のABW」を、スタッフ自身が自主的に実施しやすいようにサポートしています。このことによって社員にはワークプレイス選択の自由が生まれ、社員のQuality of Life(生活の質)やウェルビーイング向上に貢献しています。
こうしたワークスタイルに変えた背景には、コロナ禍でも業務が円滑に回るようにする、スタッフのウェルビーイングを向上させる、国籍を問わず多様性のある優秀な人材を獲得するという、経営目線での3つの目的がありました。現時点ではどの目的も達成できています。
特に優秀な人材の確保に関しては、浜名湖サテライトオフィスの近隣にある静岡大学の学生や外国人留学生をインターンとして受け入れ、外国語や最先端のコンピュータサイエンスを駆使して業務を行ってもらっています。多様なバックグラウンドを持つ人材がいることで、あらゆる企業からのオーダーに応えられるようになり、組織としての強靱さが増しました。オフィスに出勤することを必須としていないため、移動による環境負荷を低減することでCO₂削減につながります。
また、実際によりよい職場環境なのかを客観視する目的で、当社では社内における社会的公正性の実現レベルを可視化する「JUST*1」認定を取得。同一業務に携わる男女間の報酬差の有無、管理職における男女構成比、外国人比率などに関して海外のスタンダードに照らすことで、十分なレベルなのか、改善すべき点があるのかの洗い出しを行っています。
*1 JUST:組織がポリシーの公開を通じて社会的公正性を可視化する情報開示プラットフォーム。ダイバーシティや公平、安全、労働者利益、地元利益、スチュワードシップの項目で組織を格付けし、認証ラベルを発行している。米国シアトルに本部のあるInternational Living Future Instituteにより運営されている。
ヴォンエルフは規模の大きな会社ではありませんが、当社の事例を参考にしてもらうことで、大企業等であっても環境経営・財務への貢献ができると考えています。また事業として「ひと中心の街作り」を挙げておりますので、当社自身もスタッフが働きやすいように整えていきたいです。経営者としては、ウェルビーイングや環境負荷低減を意識しつつ、スタッフが自主的に働く場所を選び、それぞれの理想的なワークスタイルを実現してほしいと思っています。
今後のファシリティ戦略に活用できる、LEED認証などの認証制度
世界のCO₂排出量の約4割は不動産部門によるものとされ、日本の不動産部門によるCO₂排出量の割合も国内全体の約3分の1を占め、未だ増加基調にある*2のが現状です。そのため企業が社会的に評価されるには、所有不動産や投資先、入居するオフィスビルなどが「いかに建物の環境負荷が低いのか」を、LEED認証*3などを取得することで証明する必要性が出てきました。
*2 国土交通省「環境価値を重視した不動産市場形成にむけて」より
*3 LEED認証:Leadership in Energy & Environmental Design。建築環境(建築や都市の環境)の環境性能評価システム。USGBC(U.S. Green Building Council)が開発・運用し、GBCIが認証の審査を行っている。
そこでこうした認証の取得ニーズを捉え、日本政策投資銀行(DBJ)らとArc Japanを設立。不動産の環境負荷が可視化でき、国際標準的に利用されているシステムであるArc(アーク)の日本での普及に取り組んでいます。
Arcを利用すると、建物が排出する温室効果ガスや廃棄物の排出量、水使用量等の実績データを用いて、建物や空間の環境性能の評点化が可能です。その結果、海外を含む同種の不動産と比較が容易になり、LEEDの認証取得を格段に容易なものとし、自社が不動産の環境負荷低減に向けて取り組んでいることを対外的にアピールするGRESB*4のスコアアップにもつながります。
*4 GRESB:Global Real Estate Sustainability Benchmark。不動産セクターの会社・ファンド単位でのESG配慮を測り、投資先選定や投資先との対話に用いるツール。欧州の年金基金(APGやPGGMなど)によって2009年に創設された。
Arcによってその不動産や事業所がいかに環境に配慮しているのかを、運用実績において示すことができれば、企業への投資判断や対外的な評価にとってプラスになります。またArcは世界で利用されている基準なので、いかにサステイナブルかを世界的にもアピールできるでしょう。
企業からのArc利用ニーズは投資用不動産が主かと思われがちですが、商業施設や小売店からの依頼も多く、業界問わず広く関心を集めているのを感じます。これから自社のファシリティ戦略を見直す際、LEED認証などの取得、そのためのArc利用を含めて検討するといいのではないでしょうか。
ESG投資が企業のファシリティ戦略に与えるインパクト
今後ますますワークスタイルやワークプレイスの多様化が進んだ場合、企業のファシリティ戦略としての物件取得や運営管理の概念が大きく変わると考えられます。スタッフのウェルビーイングや業務効率化、建物の環境性能を考えたとき、既存オフィスを解約もしくは縮小する選択肢は今後増えると思われるからです。
その中でいかに自社ならではのワークプレイスを構築していくか。そのあり方を検討する際、「建物の環境負荷」も重要な要素になります。
かつて「ESG(Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治))」への取り組みにおける大きな課題は「コスト」と投資によるリターンの関係の捉え方にありました。環境負荷低減への取り組みは、短期的に企業の支出を増大させ、企業の短期的な収益を圧迫したからです。
しかし2006年の国連責任投資原則(PRI)に続き、2019年には国連責任銀行原則(PRB*5)が発足し、企業や不動産への投融資の際の判断にサステイナビリティが重要な要素として位置づけられ、ESG投資が市民権を得てきました。重要なのは、この動きが投資の文脈だけでなく、「企業がどのような不動産を所有・賃貸借するか」といった企業行動にまで影響していること。建物の環境負荷低減への取り組みが他人事ではなくなり、経営の最重要課題の一つになっているのです。
*5 国連責任銀行原則(PRB): Principles for Responsible Banking。金融機関として社会の持続的な発展を目指し、持続可能な開発目標(SDGs)やパリ協定で示されている目標の達成に向けて、透明性のある開示を行うための枠組み。国連環境計画金融イニシアチブ(UNEP FI)が運営している。
グローバルスタンダードに目を向け、最適なワークスタイル・ワークプレイスを模索
今後もし都市部と郊外など複数のワークプレイスを持つ企業が増えたら、オフィス費用が増減し企業の財務のポートフォリオは大きく変わります。都市部にオフィスを持つ企業は、ABWや働き手のウェルビーイング向上のために働く場を検討していく必要があるでしょう。
各認証制度やArcのようなデータ収集やベンチマーク評価を行うツールに関心が集まりつつあるものの、現状では残念ながら、日本はサステイナビリティへの取り組みに世界から遅れを取っています。すぐにグローバルスタンダードに対応しなければ、国際的な企業競争力確保や、長期的な企業繁栄が目指せない時代に突入していると言わざるをえません。
ESG投資、不動産の環境負荷削減への取り組みといった世界の動きをキャッチアップしながら、改めてファシリティ戦略やワークスタイル・ワークプレイスを見直すことから始めてみてはいかがでしょうか。
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