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人事は「管理」から「解放」へ。従業員のキャリア自律を促し「全員戦力化」を実現するには

守島基博 学習院大学 経済学部 経営学科 教授/一橋大学 名誉教授
2026年1月05日

近年、従業員一人ひとりの能力をいかに引き出せるかが、企業経営の重要課題になりつつあります。従業員が旺盛なモチベーションで仕事へ臨み、高い成果を残すためには、企業はどのような環境を整備し提供すべきでしょうか。学習院大学経済学部経営学科教授で、人材マネジメント論や組織行動論などを専門とする守島基博さんに、従業員全員が戦力として活躍するための人事戦略「全員戦力化」についてお話を伺いました。

「管理」する人事は、時代遅れになりつつある

私は学習院大学経済学部経営学科で人材マネジメント論や組織行動論などを専門として研究教育活動に従事するほか、厚生労働省労働政策審議会などの諸機関においても委員等を務めています。

研究活動の初期から一貫して追求してきたテーマは「働く人の心」です。さまざまな企業で従業員の心のメカニズムを探求し、活発かつ快適に働ける組織や環境についても研究してきました。

この「働く人の心」という観点から今の日本企業を分析すると、難しい時期が到来していると感じます。従来型の組織と人の関係性では、人よりも組織が上位にあったと言えます。組織は従業員の雇用を守る代わりに業務を「指示命令」し、成果や貢献度を「評価」していました。人材を資源として「管理」していたのです。しかし近年、労働人口の減少に起因する労働市場の逼迫に伴い、人の地位が組織に対して相対的に上昇しています。さらに、社会的に価値観の多様化が進み、従業員が仕事や職場に求めるニーズも変化し、複雑化しています。

こうしたなかで、企業が従来型の上下関係を維持したままでいると、従業員との間に深刻な乖離が生じかねません。いま、組織へ属しながらも仕事への熱意を失い、最低限の業務しかしない「Quiet Quitting(静かな退職)」が注目されています。これも企業のマネジメントと従業員のニーズが合致していないために生じる現象と言えるでしょう。従業員がより熱意を持って取り組める業務や環境が存在する可能性があるにもかかわらず、雇用の維持を引き換えにした硬直的な企業文化への同化や、有無を言わさない業務指示や配置転換などが、意欲を失わせているのです。

しかしながら、企業が直面する人材不足の問題はより過酷さを増し、一刻の猶予も許されない状況です。そのような状況の下で、さらに従業員のエンゲージメントが低下すれば、事業の継続はおろか、組織の存亡にすら関わります。いかに従業員の意欲を触発し、スキルやモチベーションを引き出す環境を整備できるかが、今の日本企業にとって最も重要な課題なのです。

「環境」の変革が「全員戦力化」を実現する

私はこうした状況を踏まえ、経営層やマネージャーだけでなく従業員全員を活躍に導き、組織力を強化する「全員戦力化」という経営戦略を提唱しています。企業が従業員にモチベーション向上やスキルアップを働きかけるだけではなく、従業員が活躍できる環境を築くことが、全員戦力化の焦点のひとつです。

全員戦力化には人材マネジメントや人材育成に留まらない、幅広い取り組みが求められますが、新たな制度やルールを導入した程度では、組織の環境は大きく変わりません。人が活躍できる環境を構築するには、自社の存在意義や企業文化といった“根本”に立ち返り、組織の「ありたい姿」を描き直す必要があります。

例えば現在、従業員の「キャリア自律」を促す企業は増加しています。個人が主体的にキャリアについて考え、キャリア形成に責任を持つことは、現代において望ましいマインドセットだと思います。

しかし、「手挙げ異動」や「社内公募」などの制度を導入するだけでは、キャリア自律を十分に促すことにはなりません。仮に新たな制度をオプション的に設けても、人事制度全体が従業員にとって選択の可能性が少ないものでは、主体的にキャリア形成に取り組むことができないからです。

加えて、抑圧的な組織文化が根強く、従業員が主体性を発揮しにくい環境では、いくら従業員向けに自由度の高い人事制度を設けても十分に利用されないでしょう。もし本当に新たな制度を導入して従業員のキャリア自律を後押ししたいのであれば、主体性を発揮できる環境や企業文化を醸成することが先決です。

また、「ジョブ型雇用」の導入をめざす企業も増えていますが、その定義を誤解している企業が多いように感じています。ジョブ型雇用とは、職務内容などを限定した雇用のことです。従来の日本企業が採用していたメンバーシップ型雇用と対で語られることが多いため、採用すれば組織や人事を変えられるという期待が高まりすぎています。

ジョブ型雇用とは人材マネジメントシステムの一部でしかなく、組織力や人材力を強化するためには、組織文化の変革など、その他の取り組みが求められます。また、現在、メンバーシップ型雇用にジョブ型の評価要素を加えた“ハイブリッド型”を採用している企業が多いのですが、双方の特徴が混在し、各々の良さが活かされていないように感じます。

冒頭にも述べた通り、現在は組織と人の関係が移り変わっている過渡期です。そのため、企業が新たな制度や取り組みを試みるのは望ましいと思います。とはいえ、新たな制度や取り組みは、人のマネジメントの仕方を変える「手段」の一部でしかありません。より根本的な面での変革も同時に必要なのです。

そのパーパスは、従業員の「心」に響いているか

では具体的に、どうすれば従業員のエンゲージメントを高め、主体性を発揮しやすい環境や企業文化の醸成を実現できるのでしょうか。私は、企業が従業員を「管理」するのをやめ、従業員を「解放」する人材マネジメントへ移行するべきだと考えています。従業員を成果という単一の指標で評価したり、管理して生産性を上げたりするのではなく、モチベーションやスキルを自由に発揮できる環境や組織文化を築くことで、組織力や人材力を底上げしていくことが必要です。

そのためにまず取り組むべき課題は、企業がパーパスを明確に打ち出すことです。従業員一人ひとりが主体的になるためには、規則や罰則で縛るのではなく、目標やありたい姿を共有して意欲を引き出す必要があります。このときにパーパスが欠かせないのです。ただし、パーパスの共有は企業側の独りよがりで進めてはいけません。組織内の従業員の「心」に響く言葉と、その共有の仕方を選ぶことが大切です。

私は以前、ある国内自動車メーカーの方にこんな話を聞きました。その企業が新たにパーパスを策定するにあたって、主要メンバーを集めて、自社のこれまでの歴史や文化、製品、技術などについて深く議論したそうです。その結果、自社の顧客のイメージとして「走り屋」という言葉が挙がり、一同は思わず膝を打ったのだそうです。その企業では、軽快なハンドリングやコーナーリングの安定性を備えた自動車こそが自社の「核」であると広く共有されていたのです。こうした組織の歴史に深く根付いた価値観を見つけ出して言語化するからこそ、効果的なパーパスを策定できるのです。

また、パーパスを策定した後は、組織内に“共有”する取り組みも必要になります。ただし、上から押し付けるような働きかけは避けるべきです。そもそもパーパスは多義的で従業員それぞれの解釈が異なっていても良く、一人ひとりが理解をし、個々で解釈し、共感しやすい環境を提供することが大切なのです。

加えて、近年は働く場がますます多様化し、リアルなオフィスの役割が再定義されつつあります。パーパスを共有するにあたり、オフィス内にパーパスや組織文化を体現した企業マスコットやパーパスを象徴するような壁面アートを設置することで、パーパスや文化を共有している企業もあります。

従業員がパーパスの下で自律するための「エンパワーメント」

従業員の主体的な行動を促し、それを率直に受け止めるというサイクルが、パーパスを広めて組織文化を醸成し、全員戦力化を実現します。そうした事例として、先ほどとは別の、国内大手自動車メーカーの工場が挙げられます。

その企業は世界に誇る高度な生産方式を展開し、それが企業文化と深く根付いていることで知られています。その一つが「アンドン」です。アンドン(行燈)とは製造現場で異常が発生した際に点灯する電光掲示盤のことです。

この仕組みの革新性は、現場の作業者にスイッチを作動させ製造ラインを停止させる権限を移譲した点、つまり「エンパワーメント」を行った点にあります。従来、自動車製造業において製造ラインを停止させる権限を持つのは、監督者や技術者など一部の役職者でした。しかしこの企業は、現場の作業者にも同等の権限を与え、緊急時の判断や裁量を許容する制度を設けたのです。これが現場の作業者たちの主体性や自律性を高め、一人ひとりが責任を持って仕事に臨む文化の醸成に繋がり、最終的には商品の質を上げ、企業の業績向上に繋がりました。

このように、全員戦力化はある一つの理念が言語化されて社内制度や仕組みに落とし込まれ、繰り返し実践されることによって実現します。その道のりは決して容易ではありませんが、国内には全員戦力化に成功した企業が多々あります。そうした企業の事例を参考にしながら、全員戦力化を試みることをお勧めします。

従業員は「自律した個人」である

最後に、企業の皆さん、とりわけ経営層をはじめとしたマネジメントの方々にお伝えしたいのは「働く人たちを自律した存在として認めてほしい」ということです。全員戦力化にせよ、キャリア自律にせよ、従業員一人ひとりの主体性を認め、信頼して一定の裁量や権限を与えることから始まります。

こうした話をすると「うちの従業員は主体性に乏しくて…」という反応をする方が少なくないのですが、決してそんなことはありません。働く人には必ず“心”があり、所属組織に対するニーズを持っています。そのニーズを尊重し、自律を促し、従業員一人ひとりが活性化し、行動することでしか、変化の激しい今の時代を乗り切ることはできないでしょう。従業員一人ひとりのスキルやモチベーションを解放し、エンパワーメントすることが、これからの企業に求められると考えています。

著者プロフィール
  • 藤井 秀道
    守島 基博(もりしま もとひろ)
    学習院大学 経済学部 経営学科 教授/一橋大学 名誉教授 
    人材論・人材マネジメント論専攻。イリノイ大学でPh.D.(人的資源管理論)取得後、カナダ・サイモン・フレーザー大学助教授、慶應義塾大学助教授・教授、一橋大学大学院教授経て、2017年より現職。著書『人材マネジメント入門』『人材の複雑方程式』『全員戦力化 戦略人材不足と組織力開発』『人事と法の対話』等。

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