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公私の境界が揺らぐ時代の組織文化を考える

木村 琢磨(昭和女子大学 全学共通教育センター 教授)
2026年07月01日

近年、私たちの働き方や職場の風景は大きく変わり、組織文化の形成や継承の在り方も変わりつつあります。企業は組織文化をどのように維持、再構築していけばよいでしょうか。組織行動学を専門にする昭和女子大学教授の木村琢磨さんに伺いました。

個人ではなく「環境」に目をむける組織行動学

私は経営学における「組織行動学」を専門に研究活動をしています。組織行動学とは、組織に属して働く人の心理や行動を研究する学問分野です。もともとコンサルティングや研究者の仕事に興味があったものの、まずは事業会社での経験が必要だと思い、学部卒で大手人材企業に就職しました。そこで人材派遣の営業職を経験したのですが、紹介した派遣スタッフが職場になかなか馴染めなかったり、孤立したりするケースが多いことに問題意識を持ちました。

人材派遣業では、登録人材の経歴やスキル、派遣先と相性が合うかどうかを考えて決定します。しかし一部の派遣先では、スキルのミスマッチのみならず人間関係のトラブルがしばしば発生していました。そうした問題をどのように解決していけばよいのか。派遣会社を辞めて進学した大学院では能力に着目した研究が中心で、組織行動学とはほぼ無縁でした。

組織行動学では、人事制度や能力のみならず、個人の心理や価値観、さらには人間関係にも目を向けます。自分の仕事経験の中では、人のマネジメントにおいては仕事能力のみならず、人の心理や部門間・個人間の関係性を考えることが重要でした。それらの問題を理論化できるのが組織行動学でした。

博士号取得後にこの分野を専門的に研究し、統計分析や機械学習、インタビューといった手法を組み合わせ、現在の研究スタイルに至っています。

「パブリック」と「プライベート」の境界と、オフィス回帰

昨今の日本企業における主要な論点のひとつが「働き方」です。コロナ禍以降、多くの企業がリモートワークを導入し、「多様な働き方」は従業員の満足度向上や人材確保のうえで重要な要素になりました。

一方で、柔軟な働き方の広がりにより、「パブリック(仕事)」と「プライベート(私生活)」の境界のあり方も変化しています。リモートワークでは、業務を自宅でも行えるため、「私生活への仕事の浸食」が起こりやすくなります。勤務時間外に社内の人にメールを送ると、その返信がすぐに返ってくるのは、仕事と「常につながっている状態」です。こうした環境下では、パブリックとプライベートの境界が従来とは異なる形で重なりやすくなっていると言えるでしょう。

その一方で、「オフィス回帰」の風潮も根強いです。コロナ禍にはフルリモート体制だった企業でも、現在は週数回の出社を求めるケースが増えています。なぜ、このような揺り戻しが見られるのでしょうか。

その理由は、多様な働き方を導入しても、組織や社会の価値観の変容には至っていないからだと考えています。「オンラインよりもオフラインのほうが好ましい」という漠然とした価値観があれば、リモートワークが生産性を低下させた証拠が乏しくても、オフィス回帰という方針が正当化されやすくなります。

アメリカでリモートワークが日本より受け入れられやすかったのは、その下地としてバーチャルチームの慣行があったからだと考えられます。大企業を中心に、勤務地を問わず国内各地から人材を採用・配置し、多国籍企業ではさらに国境を越えてメンバーを集めるという経営のあり方が、以前から存在していました。これは、個人が出社か在宅かを問うリモートワークとは別に、もともと地理的に分散したメンバーをICTで活用するバーチャルチームの慣行です。物理的な距離を埋める手段としてのバーチャル協働を経験していたことが、リモートワークへの抵抗を低くしていたと考えられます。

一方の日本は、地理的に分散したメンバーを活用するという慣行が乏しく、職場の通勤圏内に居住する従業員が職場に集まるという形が一般的です。よってリモートワークは、出社をメインとしながら一部導入している企業が多いように思います。物理的に離れたメンバーをつなぐという目的がないので、企業にとってリモートワークを導入するインセンティブがアメリカと比べると相対的に低いと言えます。

その結果として、日本では「対面重視の前提が残る一方で、リモートワークも普及した」という状態が生まれています。柔軟な働き方を求める必要性と、従来の働き方を前提とした規範が併存している点が、現在の働き方の特徴と言えるでしょう。

多様な働き方を前提として、いかにあるべき組織文化をつくりあげるか

リモートワークでの生産性は業務の裁量によって異なります。仕事内容を自ら決められる権限を持っている、あるいは上長からの指示がなくても自分で仕事を組み立てられる従業員は、メンバークラスであっても生産性の向上が期待できます。

組織文化には善悪の両面があり、必ずしもあらゆる組織文化が温存されるべきとは思いませんが、善き組織文化が企業の底力となっているのは確かです。従業員が一同に会する機会が減少すると、企業の底力となるような善き組織文化が薄れていく可能性もあります。

もしリモート環境で、組織文化を継承できる「場」がなかなか用意できなかった場合、善き文化の継承や、「何が許されて、何が許されていないか」といった明文化されていないルール、つまり組織文化が浸透しきらない懸念が出てきます。リモートワークを実践しつつ組織文化も保ちたいのであれば、現在の環境に適した文化継承・浸透のあり方を模索する必要があるでしょう。

そうした際に、私が勧めたいのは「深層を正しく把握すること」です。まずは自社がどのような組織文化を有し、それがどのように機能しているのかを正確に理解する必要があります。

経営学では、組織文化の表層的な部分は「風土」、深層部分は「文化」と分ける考え方があります。十分な議論を経ずに組織文化を把握しようとしても、多くの人は「風土」しか捉えられません。

例えば、従業員が来客に対し、起立して挨拶する企業があったとします。この「起立して挨拶する」という表層部分が「風土」です。

一方「文化」はその行為にある意識の深層部分にあたります。「来客には心を尽くして対応しよう」という思いがあるのかもしれませんし、「来客に挨拶しなければ罰則を受ける」というおびえがあるのかもしれません。

つまり、一見しただけでは見えにくい「文化」を捉えてこそ、その企業の実態を理解できるのです。だからこそ組織文化を変えたいなら、組織の表層も深層も理解した人物の力を借りる必要があります。

その際のポイントは、最初に組織文化を把握するためのチームを組織し、コアメンバーを社内から選定することです。総務や人事が形式的に調査するのではなく、実状に精通している人材を社内から結集させ、議論を重ねながら組織文化を可視化していきましょう。

また、次に重要なのが「平均」ではなく「一致」に着目することです。組織文化変革のプロジェクトでは、しばしばアンケートを実施して従業員の意識を数値化します。この手法では調査項目の平均値を見る人が少なくありません。しかし、平均値は数値のばらつきを含まないので、社員の意識や視点の多様性が見えなくなります。よってアンケートでは、組織文化を反映するものとしては回答者間で答えの一致度が高い項目に着目し、答えがばらついている項目は多様性の反映とみなすのが適切です。

こうして把握した組織文化を社内に共有するため、リモートワークの活用と並行し、組織としての規範や価値観を肌感覚で学べる「対面の場」を意図的に用意してはどうでしょうか。例えば、部門を超えて業務外の雑談もできる時間や場所は、自社の価値観を共有するよい機会になります。

多様な働き方を積極的に取り入れつつ、文化継承の意図的な働きかけを継続的に行なっていくことが、これからの時代に合った「組織文化のあり方」だと思います。

著者プロフィール
  • 木村 琢磨
    木村 琢磨 (きむら たくま)
    昭和女子大学 全学共通教育センター 教授
    博士(経済学、東京大学)。スタートアップでの勤務や組織・人事コンサルティング実務を経て、2018年より法政大学教授。2025年より昭和女子大学教授。専門は組織行動論と組織アナリティクス。主に経営学の分野で国際的に影響力のある学術誌に多数の論文を発表。企業の組織改革や人材戦略に関するコンサルティングや研修を行い、研究知見を企業の現場に応用する活動に取り組んでいる。

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