関西大学社会学部の教授である松下慶太さんは、メディア論やコミュニケーションデザインを専門とし、近年はコワーキングスペースやワーケーションなど、モバイルメディア・ソーシャルメディア時代におけるワークスタイルやワークプレイスを研究されています。
モバイルメディア・ソーシャルメディアの浸透、そしてコロナ禍を経て、ワークスタイルやワークプレイスはこれからどのような方向へ変化していくのでしょうか。最近のトピックや事例を踏まえた上で、解説いただきました。
モバイルメディア・ソーシャルメディアの浸透と、コロナ禍で普及するワークスタイル
私はメディア論やコミュニケーションデザインにおけるモバイルメディア・ソーシャルメディア時代の働き方などを中心に研究しています。「モバイルメディア・ソーシャルメディア」とは、テレビなど「マスメディア以外のメディア」を指します。実環境で起きているトレンドや実情を、モバイルメディア・ソーシャルメディアも含めて捉えることで現象をより実態に即して捉えることができます。
例えば、渋谷で実施されるハロウィンは、ただ街中で仮装するだけではなく、イベントの様子をSNSに投稿するまでがワンセットとなってデザインされています。このように、モバイルメディアやソーシャルメディアは単なるインターネット媒体ではなく、実環境と密接な関係性があるのです。
こうした関係性は、プライベートシーンだけでなくビジネスシーンにも通じています。モバイルメディアやクラウドツールなどのソーシャルメディアがあるからこそ、社外からのテザリングやVPN接続によってリモートワークや社外の環境を含んだABW*1などが可能となり、多様性のあるワークスタイルが成立してきました。
最初の緊急事態宣言発令から2年が過ぎ、企業のワークスタイルは大きく3つに分かれつつあります。実環境重視のフル出社、フルリモートワーク、そして出社とリモートワークを併用するハイブリッドです。これと同時に、居住地制限の撤廃や週休3日制など、場所や時間の柔軟性を上げる企業も増加しています。
コロナ禍前にリモートワークが普及し始めた頃、「なぜリモートワークにするのか」という理由が求められていたことを覚えているでしょうか。あれから時間が経ち、いつの間にかリモートワークがスタンダードと化して、現在は出社する必要性*2を問われるようになりました。同じく学生からも、対面授業だからこその理由や価値を求められていると、ひしひしと感じます。
働きたい企業環境について学生に聞くと「フルリモートを求めているわけではないが、毎日出社するなら理由がほしい」という感覚に変わっている様子です。こうした価値観は社会に出てもあまり変わらないはずです。よって出社や対面授業への理由を求める傾向は、ここしばらく続くのではないでしょうか。
*1 ABW(Activity Based Working):オフィス内に、仕事のさまざまな活動(アクティビティ)に適したワークスペースを用意し、個人がデスクを固定せず、作業内容に応じて働く場所を変えられる勤務形態。
*2 出社する必要性:例えば、NTTグループではリモートワークを基本とする新たな働き方の導入を宣言している。
自社に合ったワークスタイルを考えるヒント「WFX」
ワークスタイルが多様化した今、企業は改めて「自社にはどのようなワークスタイルが合うのか」を検討し、その姿を実現すべく制度やワークプレイスを整えていく時期に突入しています。最適なワークスタイルに答えはありませんが、それを考えるヒントとして「WFX(Work From X=さまざまな場所を組み合わせて働く)」という概念や、そのマトリクスが活用できるでしょう。
そもそもWFXとは、WFH(Work From Home=自宅から働く)やWFA(Work From Anywhere=いつでもどこでも働ける)と対比的な言葉です。WFHは自宅を拠点として働くため行動範囲が限られますが、WFXは働く場所を自ら選択して移動していきます。
WFAの「いつでもどこでも働ける」という意味は、日本社会の働き方の文脈では「働き過ぎ」に繋がりかねません。よって個人的には「いま・ここでしかできないことを行う」ために移動や場所の選択を行い、組み合わせるWFXであることがポイントだと考えています。そんなWFXはまずIT業界から見られるようになり、他業界にも浸透しつつあります。
このWFXを実現するために、以下のようなマトリクスから自社に最適な方法を検討していきます。一軸は「企業・組織」と「ワーカー」、もう一軸は「Go ahead(前に進んでいく)」と「Getting by(なんとかやり過ごす)」とし、その組み合わせから戦略を立てていくのです。「なんとかやり過ごす」というとやや消極的に聞こえますが、災害など突発的な問題に対しても現状を維持するイメージで捉えてください。
例えば、企業成長のために企業主導でアプローチする施策を立てるなら「ABWの拡張」「DX」などが挙げられます。一方、現在の企業組織の維持に努めながら、ワーカーの働き方にアプローチする施策を実施するなら、リモートワークなどを取り入れた「生産性維持」などが候補となるでしょう。私が企業から今後の働き方について相談を受ける際には、このマトリクスの中でどの領域を重視したいのかという点から確認するようにしています。
また、リモートワークを実施する企業が多い中で、共通して課題に挙がるのが「組織内コミュニケーションや愛着形成の難しさ」であり、意識的に対策を講じていく必要があります。その解決策としては、業務のついでではなく、コミュニケーションを目的としてワークプレイスに集まって行う「焚き火的コミュニケーション」があります。このような、焚き火的コミュニケーションが取りやすいようなワークプレイスを整えるアプローチも必要でしょう。
このほか、チームメンバーとともにワーケーションを行い、非日常の中でともに仕事をする手段もあります。この際はただイベントとして遠方に行くのではなく、訪れた地域での貢献や課題解決などの要素も掛け合わせることで、ワーケーションにより意味を持たせることが重要です。
モバイルメディア・ソーシャルメディア時代に適したワークスタイルとは
人々の働き方を考える上では、メディア・テクノロジーの変遷が参考になります。手紙や電話のようないわゆるパーソナル・メディアにおいて情報伝達は個人から個人という1対1の関係性でした。
新聞やラジオ、テレビなどマスメディアが登場すると文字通り、情報は少数の発信者から大衆(マス)に対して広く伝える1対nの関係性も登場するようになりました。
そしてモバイルメディア・ソーシャルメディアの登場により、発信者も多数になると、n対nの関係性となりました。さらにGoogleマップを見ながら街を歩いたり、Uber Eatsで料理を届けてもらったりなど、いま・ここで検索したり、実践したりすることで自分にフィットさせるようなサービスに囲まれる時代に突入したのです。
これまで「働く」と「学ぶ」など複数のことを両立させる場合、働くステージと学ぶステージを切り替えるような「ステージ切替型」が主流だったと感じます。しかしワークスタイルが柔軟に変化した結果、働くモードと学ぶモードを切り替える「モード切替型」が実現できるようになりました。
例えばこれまでは学校を卒業後、就職してその会社で定年まで勤め上げることが「普通」のキャリアであり、副業 ・複業したり、学校で学び直したりというのは稀なケースでした。しかし、現在では副業 ・複業を可能にする制度やサービスが増え、またリスキリングの重要性なども認識され環境も整いつつあります。仕事をやめて次の「ステージ」に行くのではなく、働きながら「モード」を切り替えてキャリアを形成するという機運が高まっています。
また「モード切替型」は、日々の生活においてオンラインでのツールやコンテンツが充実する中、移動中にモバイルメディアを活用して仕事や学習を「重ねる」ことで、効率化にもつながります。
そもそも日々の通勤という時間的・体力的コストや、通勤を短縮するために職住接近した際の経済的コストなどの多くは、ワーカー負担が常となっていました。このような「当たり前」も見直される時期に差し掛かっていると感じます。
これから起きる人材の流動化、多様な価値観をどう迎え入れるか
リモートワークやABWが浸透した先には、人材の流動化が起こり、地方人材や外国籍人材、さまざまな価値観を持つ人材などが社内に存在するようになるでしょう。すでにそのような変化が起こっている企業も、少なからずあるはずです。
さまざまな価値観がある企業内では、かなりの確率で「価値観のギャップを埋めるべきか」という議論が行われます。私はこうした多様な価値観やギャップは、埋める必要はないと考えています。埋めるという行為は同質化と同意であり、その状態からイノベーションは生まれないからです。多様な価値観によって議論されるからこそ、今までにない新しいサービスやプロダクトが生まれます。
また、特に若者世代を中心にモバイルメディア・ソーシャルメディアはもはや前提となり、ワーケーションでのコミュニケーション活性化や地域貢献、地域でのコミュニティ形成などにも活かされています。若手社員と既存社員との交流には、オンライン飲み会などが今後も活用できるでしょう。ただし「まったく出社したくない、飲み会に出たくない」という学生は案外少ないため、たまに出社して先輩方とリアルに飲み交わす機会も大切にされるはずです。
そしてモバイルメデイア・ソーシャルメディアをベースとしたWFXもIT業界だけではなくイノベーションの創出、人材育成・確保などの面から多くの企業で引き続き検討されるべき課題になっていくでしょう。これからの魅力的な企業、競争力のある企業はWFXをうまく取り込んだところになるはずです。
多くの企業が自社に合ったワークスタイルを再構築し、多様な人材や価値観を迎え入れ、新たな価値を生み出す職場作りができるよう、私も研究の側面からサポートしていきたいと思います。
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