企業やワーカーが直面している社会現象や社会課題、そして企業組織の課題に対して、社会心理学の観点からアプローチしている正木郁太郎さん。特にダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I)への取り組みについての研究や企業へのアドバイザーに従事されています。
2020年以降の大きな社会変化を受け、オフィスワークとテレワークを組み合わせた「ハイブリッドワーク」を採用する企業が増加しています。このハイブリッドワーク下においては、どのようなダイバーシティマネジメントが必要になるのでしょうか。正木さんに解説いただきました。
ハイブリッドワークとD&Iを両立するマネジメントの特徴
私は主に、次の3つの軸で研究を行っています。最大のテーマがダイバーシティマネジメントです。これは、特徴の異なる人が同じチームにいるとき、つまりダイバーシティが高い場合に何が起き、どうすれば良い効果を高められるのか、というテーマです。他にも、オフィス環境や働き方が人の心理・行動にどのような影響を与えるのか、そして「感謝」やコミュニケーションがダイバーシティマネジメントなどにどう寄与するのか、といった内容の研究もしています。
このうち3つ目の「感謝」やコミュニケーションを深掘りするようになったのは、ダイバーシティの向上やテレワーク拡大などの大きな社会変化を受けて、「組織を円滑に運営するために、現場でまず何を実施したらよいのか」という声を多く聞くようになったのが理由です。企業の制度やオフィス環境を変えるような、企業単位のアプローチも必要ではありますが、もう少し身近な手段として、「現場で一人ひとりができること」としての「感謝」やコミュニケーションの役割に注目しています。
そもそも「ダイバーシティ」とは、多様な人材が同じ環境下にいる状態のこと。このダイバーシティを組織内で認め合い、よい面を活用できている状態が「インクルージョン」です。そして「ダイバーシティマネジメント」とは、多様な人材が認められ、その個性が十分に活かされる状態、つまりインクルージョンされた状態で価値が発揮される企業経営を指しています。
次に「インクルージョンが果たされている」と言える状態には、どのような要件があるのでしょうか。主要ないくつかの研究では、ワーカーが自身の個性を十分に発揮できている「ユニークネス(独自性:uniqueness)」と、自分が企業やチームに所属していて、仲間意識を感じている「ビロンギングネス(所属感:belongingness)」があることを、インクルージョンの要件と定義しています。後者は最近「組織エンゲージメント」と呼ばれる概念に近いと私は考えています。また、テレワーク下ではこのビロンギングネスが薄れやすく、企業への愛着が薄れる原因にもなっていました。
つまりハイブリッドワークを取り入れたダイバーシティマネジメントでは、ワーカーがやりたい仕事と実際のタスクを連動させ、自分らしく働いた先に求める仕事の結果やキャリアが得られるような状態を作ることがまず重要です。その上で、限られた出社日にチームメンバーとの接点を作り、ビロンギングネス、いわゆる一体感や所属感を感じられるような空間や機会をいかに生み出すか、という視点も必要になります。
ダイバーシティマネジメントの先駆者が重視するユニークネス・ビロンギングネス
すでにダイバーシティマネジメントに成功している代表的な企業は、相対的な強弱はありつつも、ユニークネスとビロンギングネスの両方の要素を備えているのではないかと思います。ただし、企業によって、ユニークネスを特に活かしていたり、ビロンギングネスを重視していたり、もしくは両者のバランスをうまく取っていたりと、その特徴が異なります。
例えば令和3年度 東京都女性活躍推進大賞を受賞した日本ロレアルは、男女平等を企業文化として確立し、社内での女性活躍、そして社外でも広く社会に働きかけるような活動を展開した点で高く評価されています。以前日本ロレアルの方から話を聞いた際には、両立支援や活躍支援のための一通りの制度は整えつつ、さらに「男性だから」「出産したばかりだから」といった固定観念を軽減するようなマネジメントが取られていると伺いました。具体的には、個々のワーカーが「自分がやりたいこと」を考え、対話に基づいて自分用のライフ・ワークキャリアを設計していくような取り組みをしているとのことです。つまり、企業がワーカーのユニークネスを求め、またそれを活かし、その取り組みがワーカーに伝わることで、ビロングネスを高めているといえるのではないかと考えています。
日本ロレアルの取り組みが功を奏しているのは、ビジョンやミッションが明確な企業であり、自分がやりたいことを発信したり、ネゴシエーションをしたりすることが上手なワーカーが多く存在することが影響していると感じます。上記に当てはまらない社風の企業、例えばワーカーの自己や個性の主張がおとなしい社風の企業では、ユニークネスを押し殺さない範囲で、ビロンギングネスを育てるような施策をまず進めてみるのはいかがでしょうか。
ユニークネスとビロンギングネスをともに高めようとする工夫の事例だと感じる会社が、スターバックス コーヒー ジャパンです。同社では、企業規範である「Our Mission and Values」を共通言語とし、研修やスタッフ(同社では「パートナー」と呼称)間の指導、普段のコミュニケーションを通じて、企業理念と個人の働く意味とが重なる部分を広げていく施策を実施しています。具体的には、感謝や称賛のメッセージを伝える「グリーンエプロンカード」のやりとりが定着しています。
また企業として、仕事もプライベートもブレンドして人生をよりよくする「ワーク・ライフ・ブレンド」という考え方を提唱。年齢や性別、人種、障がいの有無などに関わらず、多様な人材が活躍できる環境作りを進めています。さまざまな年齢層のストアマネージャーやスタッフが在籍しているそうです。
「Our Mission and Values」という共通した理念の下、さまざまな施策によって感情のコンフリクトなどネガティブな要素が排除され、皆がいきいきと働けるような環境が作られています。まさに、ワーカーのユニークネスを大切にしながら、会社へのビロンギングネスを高めるような戦略だと言えるでしょう。
ハイブリッドワーク × ダイバーシティマネジメントを実施する際のポイント
これからハイブリッドワークを取り入れたダイバーシティマネジメントを実施する際は、まず社内の現状調査から着手することをおすすめします。ワーカーの特徴や状況、社風は企業ごとに異なるため、現状を正確に把握しないと施策が失敗しやすいからです。具体的には、多様な特徴を持つワーカーそれぞれが、仕事に何を求め、どのようなキャリアを実現したいのか。またチームとしてどのようにすることが成果につながると考えているのか。こうしたことを明らかにすることで、自社なりの正解に近づくことができます。
こうした調査を行うにあたっては、社内外の様々な関係者の強みを組み合わせるのがよいのではないかと思います。会社全体を客観視できる点では社外のコンサルタントや研究者に分がありますが、社内の状況や環境を熟知していて勘所もよい人材も登用すると、現実を的確に捉えた良い調査になる印象があります。社内人材だからこそわかる課題感や視点と、ダイバーシティマネジメントの理論・理屈を知っている人材を交えると、問題解決に繋がりやすいでしょう。
先に上げた企業のような目立つ取り組みを最初から行うことは難しいかもしれませんが、基本的なダイバーシティマネジメントであれば、必要な要素を押さえることで実現できると思います。例えば、女性メンバーの能力開発のように、どのような属性の人にどのような支援を行い、能力開発の機会を提供することが重要なのか。もしくは、チームワークを醸成するオフィス環境づくりのように、どのような働き方を望む人やチームが多く、それを実現するためにはどのようなオフィス環境や、働き方に関する制度・支援が必要なのかなどです。
有効な取り組みは企業によってやや異なりうるのですが、現状をある程度客観的に把握してから先に進むことで、一歩一歩確実に前に進むことができます。
また、ハイブリッドワークを取り入れたダイバーシティマネジメントを軌道に乗せるポイントは、ルールで縛りすぎないことも大切です。まずはチームメンバーの状態や規模感を想定しながら、会社としての運用ルールを設定します。このときにマネジメントするチーム規模は3名〜10名程度、多くても20名程度が適しているでしょう。
そしてハイブリッドワークを行っていくと、自然とチーム内に文化・規範が醸成され、会社としての運用ルールとチームの文化・規範とにずれが生じてきます。このとき、ずれを放置しておくと、チームのパフォーマンス低下につながったり、組織・仕事に対するエンゲージメントの低下につながったりします。そのため、ハイブリッドワークのルールはある程度緩やかなものとしておき、チームごとに上手に調整して「自分たちに合ったルール」を作っていくのがよいのではないかと思います。ただし、このとき、ただ自分たちが運用しやすくて居心地のよい状態を求めるだけではなく、業務上の成果をきちんと達成できるような工夫、あるいはそうした成果を求める定期的な見直しやモニタリングも必要です。
ビロンギングネスを強化する「感謝」とワークプレイス
ハイブリッドワークでは、これまでのオフィスワークよりもビロンギングネスが薄れやすいという懸念点があります。このビロンギングネスをより強化する方法のひとつは、「感謝」を大切にし、可視化することだと考えています。「感謝」には、個人間のストレス軽減や助け合いの促進、対人関係の円滑化などの効果があるとされ、「感謝」という誰かを思う気持ちが、より良い行動やウェルビーイング、D&Iなどに繋がると仮定できるからです。
ここで、2021年に発表した「テレワーク下で組織内の感謝のコミュニケーションは減少したのか」という研究結果を共有します。これは、ある企業で行われていた「1年に1回、感謝のメッセージを任意の相手に送る」というイベントの授受履歴のデータを匿名化して提供いただき、2019年末のデータとコロナ禍で全社のテレワークが導入された2020年末のデータを比較・分析したものです。
その結果で顕著だったのが、2019年・2020年の新入社員の感謝量について、業務で半強制的に関わるような同期以外との「感謝」のやりとりはあまり変化しなかった一方で、緩やかなコミュニケーションしか取らない・取れない同期との「感謝」のやりとりは大きく減少していた点です。この結果から、テレワーク下ではワーカーは仕事上のコミュニケーションの質・量が仮に変わらなかったとしても、仕事とは直接関わりがない、特に弱い繋がりを損なっているとわかりました。
なお、同期社員の繋がりはたしかに弱いものではありますが、非常に重要な意義を持っています。自分とは違うプロジェクトや仕事に関する情報を得る貴重な情報源であり、またつらいときには愚痴を言い合ったりサポートしあったりするなど、心の支えになるような存在と感じている人も多いでしょう。その点で、こうした「弱い繋がりの弱体化」は、ワーカーのパフォーマンスやエンゲージメントの維持ないし向上に悪影響をもたらしうると予想しています。
また「感謝」は、伝える経験・伝えられる経験の両方とも大切だと考えています。仮にお互いが感謝しにくい状況だったとしても、「感謝」を意識することで、ものの見方をポジティブに変える訓練にもなります。例えばチャットで気軽に感謝のメッセージを伝えたり、出社時に感謝を伝えるカードをチーム内で交付し合うなど、「感謝」を伝える経験を積むと、感謝をする側は周囲の長所や自分が受けた恩に目が向き、感謝をされる側は自分の貢献を認められることで自己効力感が高まるなどの効果も見込めます。
最後になりますが、ハイブリッドワークとダイバーシティマネジメントを両立するには、まずはユニークネスの発揮という観点から、自組織で働くワーカーやチームの特性に適したワークプレイスを用意すること、そしてワーカーやチームの単位で働く場所を自由に選べるようにすることも必要です。さらにビロンギングネスを高める観点から、ワークプレイス内に仲間で集まれるような空間を用意しておくことも重要でしょう。テレワークが進む中オフィスを完全になくす会社もありますが、ある企業ではワーカーのよりどころになる場所を残すため、あえてオフィスを無くさずに、「拠り所、集まれる場所」としてオフィスを再定義し、縮小移転・整備していました。
ダイバーシティにまつわる変化は、社会レベル・企業レベルともに緩やかに進んでいく傾向があります。そのため、日本のダイバーシティマネジメントが劇的に・すぐに変わる可能性は低いですが、コロナ禍を経て新たな道が見えたことには期待しています。具体的には、ハイブリッドワークが一般化したり、個々のワーカーが働き方を見直すようになったりという変化が起きましたが、一部の企業はこれをよい機会と捉えて、「多様な個を活かす」ように働き方やワークプレイスを戦略的に活用しています。次第にこうした事例が増えることと思いますし、試行錯誤から、ダイバーシティマネジメントのための働き方・ワークプレイス改革のメカニズムも分かってくることでしょう。私自身も社会心理学の観点から、今後とも多くの企業と連携し、理論・エビデンスと誰もが活躍できる組織づくりに貢献したいと思います。
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