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2022年12月1日

ワーカーのクリエイティビティを引き出すワークスタイル・ワークプレイスとは

  • 妹尾 大
    (東京工業大学工学院 教授)
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経営組織論や経営戦略論、情報・知識システム分野を専門とする妹尾大先生は、知識創造を支援するワークスタイルやリーダーシップなどについて研究されています。

急激な社会変化を踏まえ、これからの時代に向けたファシリティ戦略やクリエイティビティを生むワークプレイスを作る際に重視すべきこと、今後求められるワークスタイルについて伺いました。

2000年代から進むクリエイティブ・オフィス、ハイブリッドワーク研究

私は経営学の中でも、知識経営(ナレッジマネジメント)を専門分野としています。まだ30年ほどしか経っていない比較的新しい分野で、事業会社の研究開発部門と共同で研究を行うことも多いです。最近は非営利組織の経営などにも、研究対象を広げています。

私の肌感覚では、2000年代はオフィスの統廃合がさかんな時期であり、その頃からクリエイティブ・オフィス*1に関する研究を始めました。2007年には経済産業省が「感性価値創造イニシアティブ*2」を策定し、クリエイティブ・オフィスに焦点が当たるようになりました。私自身はその中で、ニューオフィス推進協会の委員として、SECIモデル*3を活用したガイドライン作成や全国各地での講演などを行い、オフィスでの知識創造を活性化するための活動をしていました。

近年、オフィスワークとテレワークを組み合わせたハイブリッドワークを取り入れる企業が増加していますが、この研究も2015年頃から行っていました。主な例を挙げるなら、世界的な大規模スポーツイベントを東京で実施することを鑑みた、オンライン会議システムの利活用方法に関する研究などがあります。

私が常々思っているのは、ワークプレイスは「『人』が働くために存在する」のだということです。日頃からワークプレイスの設備やその配置に注意していると、どうしてもワークプレイスありきの発想になりがちですが、「人」のワークスタイルと結びつけてこそ、その場 が十分に機能すると思います。よって私は「ワークスタイルが主、ワークプレイスが従」という視点で物事を捉えています。

近年増加しているハイブリッドワークにも同じことが言えます。「人」の存在を忘れずに、ワーカー同士のコミュニケーションや活動などをまず第一に構想し、それに合わせて制度設計や環境整備などを行うべきです。

そして今、ワークプレイスに強く求められているのは「文脈共有を促進する機能」だと感じています。企業の不文律や社風・文化をワーカー同士で共有し、その企業に属しているからこその体験を分かち合うことが、リモートワークではどうしても難しいのです。だからこそハイブリッドワークでは、出社時にいかに同僚と文脈共有をするかが重要となります。

*1 クリエイティブ・オフィス:ワーカーの知識創造行動を促し、企業の創造性や生産性を向上させるための働く場のこと。

*2 感性価値創造イニシアティブ:国民の暮らしぶりの向上と経済の活性化のため、日本人の感性を活用したものづくり・サービス活動を推進するにあたって取り組むべき事項を検討し、その内容を取りまとめたもの。2007年5月に経済産業省が発表した。

*3 SECI(セキ)モデル:ワーカー個人の知識や経験などの「暗黙知」を「形式知」に変換し、それらを組織全体で共有・管理し、また組み合わせることで、新たな知識を生み出すフレームワークのこと。経営学者で一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏らが提唱。

クリエイティビティとは何か

今多くの企業が課題としているのは、ワーカーのクリエイティビティ(創造性)をいかに引き出すか、ということです。

私はクリエイティビティについて、個人と組織に分けて考えています。まず個人のクリエイティビティとは、創造的な成果を出すための資質のことです。次にチームのクリエイティビティとは、複数のワーカーから成るチームが創造的な成果を生み出す力を指します。これはチーム編成や共同作業プロセスなどによってゼロにも100にもなりますし、組織内での心理的安全性も関係してきます。

チームのクリエイティビティの計測方法は多数存在しており、計測目的によって適した計測方法は異なります。チームの成果物を、外部専門家に採点してもらうという方法を使うこともあります。

採点方法の例を述べましょう。チーム作業を行うワークショップを実施して、複数のチームに参加してもらいます。そこでチームで取り組む課題(例:飛行機に乗る人の新しい機内体験を設計する)を提示します。各チームから出たアイデアを、新規性があるか、問題に対して適切なソリューションを用いているかなどの観点から、航空会社の方に採点してもらうという方法です。

チームのクリエイティビティに影響を与える、チームワーク(集団凝集性)はどう測ったらよいのでしょうか。これは、チームメンバーそれぞれにチームワークを採点してもらう内部評価方法、あるいはセンサーで感知した対面相互作用から算出する方法などが使われています。

例として、チームワークとチームのクリエイティビティの相関関係を調べた調査を紹介します。以前、私の研究室のメンバー有志に「ビジネス顕微鏡®」*4を付けてもらい、日本語が不得意な外国人留学生を含めた2チームを編成し、2週間程度を過ごしてもらいました。その結果、留学生に対するフォローがないチームよりも、メンバーのひとりが外国人留学生の通訳機能も果たして、多様な意見を踏まえたアウトプットを出したチームのほうが、クリエイティビティが高いと評価されました。

また、チームメンバーは時間をかけるほど互いに馴染んで仲良くなっていきますが、外部知が入ってこなくなるとクリエイティビティは上がらず、むしろ下がっていくという研究結果もあります。これを会社組織に活かすならば、定期的に新しい人材や多様な人材を組織に入れることで、クリエイティビティが維持・向上しやすくなるということでしょう。

*4 ビジネス顕微鏡®:組織活動可視化システム。センサーネットワーク技術を用いて、コミュニケーション頻度や活動状況を測定・解析するシステムのこと。名札型の端末に内蔵した赤外線センサーにより対面時間の検出を行い、同時に加速度センサーにより装着者の動きも検出する。

クリエイティビティを生むワークスタイル・ワークプレイス

ワーカーのクリエイティビティを引き出すワークスタイルを構築するなら、まずは業務フローにデザインシンキング*5を取り入れてみてはいかがでしょうか。具体的には、社内で熟考を重ねて慎重に開発し自信作となってからリリースする、のではなく、早めにプロトタイプを作って顧客に意見を聞き改善を繰り返す、という方法です。顧客との長期的な関係を考えるなら、顧客と一緒に価値を共同創造する「カスタマー・コ・クリエイション」の方が、長期的に多くの価値を生むことができると思います。

なるべく顧客との接点をもつという点では、対面できることが前提ではあるものの、オフィスに顧客を呼び込むことも重要ではないでしょうか。顧客が自社オフィスを訪問してくれると、コミュニケーションがより円滑になるだけでなく、商談の成約率やイメージ・評判の向上などに繋がるからです。オフィスに外部知を呼び込むことで、チームのクリエイティビティがさらに高まることも期待できます。例えば、顧客に他部門のメンバーを紹介したことを起点として、その顧客と他部門のメンバーとの間に新たな商談が生まれる、などです。

それから、ワークプレイスの空間設計面では、チームのクリエイティビティを引き出すための「偶然性」を意識するとよいでしょう。ワークプレイス内でメンバー同士の偶然の出会いがあり、会った人同士がコミュニケーション、意見交換できるような空間を作るのです。

例えば、従来のような会議室よりも、廊下の端やフリースペースのカウンターなどで、ハドルミーティング(短時間で行う打ち合わせのこと)ができる空間を作ると、会話が自然に生まれやすくなります。また、リフレッシュスペースには簡単に立ち座りできるようなイスを置くと、ワーカーが過度に休んでいるような印象を与えず、長居もしすぎずにスッと席を立つことができます。

クリエイティビティを要求される仕事は、自分のモチベーションによって成果が大きく左右されるという特性があります。かつて、フリーアドレス制導入の最大の理由はフロア賃料の削減でしたが、その他の理由には、ワークプレイスでの自由度を高めてワーカーのモチベーション向上を図るということもありました。

これからのワークプレイスを考える際は、自社の若手社員に主役となってもらうべきでしょう。外部アドバイザーとして私がワークプレイス作りに参画する際には、若手社員を20名ほど集めてもらい、そのチームに対してアドバイスする形式を取ることが多いです。その会社の次世代を担うのは彼ら彼女らだからです。長期目線で考えて、現時点で最善のワークプレイスを作ってそれを固めるのではなく、環境変化に合わせて随時更新していけるようなワークプレイスを作ることが理想です。

なお、最適なワークスタイルは世代間でも異なります。近年は世代間多様性を増やそうとしている会社が多い印象です。ワークスタイルの選択肢を増やして、ワーカーに選んでもらうという方法がよいのではないでしょうか。

*5 デザインシンキング:デザイナーやクリエイターが業務で使っている思考プロセスを活用し、前例のない課題や未知の問題に対して最適な解決を図るための思考法のこと。

企業成長や価値創出の前に「人の違い」に目を向けて

企業成長や価値創出を優先すると、人への投資は後回しになるのが現実です。しかし企業の今後を考えるならば、今は「人」や「人の違い」に目を向けて投資することが重要です。

なぜなら、これから先は、規模の大きな市場で均一な製品を作って販売するような時代ではないからです。顧客の支出にメリハリがつき、自分に合ったものを高くでもよいから購入する様式に変わりつつあります。顧客・ワーカーとも、それぞれ個体差のある「違う人」という点に着目すると、自社の新たな方向性が見えてくるのではないでしょうか。

これと同時に、チーム単位の成果やメンバー間の組合せ(コンビネーション)にも着目し、集団としての創造的成果を考える必要もあります。クリエイティビティを発揮するような仕事は、画一なワーカーを揃えるよりも、多様なワーカーを集めたほうが、より大きな成果を見込むことができます。メンバー間のバランスを考えつつ、違う目線を持つ人を同じチームに入れるとよいでしょう。

トップ・ミドルを含め経営者には、ぜひ、たったひとりの「スーパーマン」に依存するのではなく、クリエイティビティの高い「チーム」を複数作る方向で考えてほしいと思います。そしてそのチームを支えるようなワークプレイスの構築を目指してみてはいかがでしょうか。

著者プロフィール
  • 妹尾 大(せのお だい)
    妹尾 大(せのお だい)
    東京工業大学工学院 教授
    1998年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得。北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科助手を経て、2002年から東京工業大学大学院社会理工学研究科助教授。現在、東京工業大学工学院経営工学系教授。2007年度東工大教育賞優秀賞を受賞。専門分野は経営組織論、経営戦略論、情報・知識システム。主な著書は『知識経営実践論』(妹尾大・野中郁次郎・阿久津聡 共編著、白桃書房、2001年)『魔法のようなオフィス革命』(潮田邦夫・妹尾大 共著、河出書房新社、2007年)『建築と知的生産性—知恵を創造する建築』(分担、テツアドー出版、2010年)など。

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