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2022年11月1日

ハイブリッドワーク下での課題を解決に導くチェンジマネジメントと、ファシリティマネジメントの価値

  • 古阪 幸代
    (日本オフィス学会 理事・企画委員長 WFM(Women's Facility Management)代表 フルリエゾン代表)
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これまで数多くのファシリティマネジメント案件に関わり、経営目線からファシリティのあり方を総合的に追及する「戦略的ファシリティマネジメント」の第一人者として活躍する古阪幸代さん。その手法のひとつである「チェンジマネジメント」の専門家でもあります。

今後採用する企業が増加するとみられるハイブリッドワーク下において、企業の業績や従業員自身の成果を向上させ、その目標を達成するためにどうすればよいのでしょうか。古阪さんに伺いました。

近年の社会変化を受け、企業が直面している課題

私は戦略的ファシリティマネジメント*1を専門とし、その一手法としても使われるチェンジマネジメントなどを用いて、様々な企業課題の解決や変革に関わっています。

このチェンジマネジメントとは、企業の文化や組織、働き方などをスムーズに変革し、それを定着させるための変革支援プロセスのことです。企業のビジョンやミッションに対応して社内組織やオフィス環境を変革するには、人事制度や人材のマネジメント、ICTのしくみなど、同時にさまざまなものを変えなければなりません。そのため、変革対象となる企業内のあらゆる組織、そして役員層から管理職層、従業員層と幅広く関わり、その企業の最適解を導き出す努力をしています。

こうしたコンサルティング業務と並行して、この分野の知見とネットワークを広めるために、日本オフィス学会(JOS)の理事・企画委員長や、1997年に設立したWFM(Women’s Facility Management)*2の代表としても活動しています。

予期せぬ長期間にわたるパンデミックの影響で働き方の変更を余儀なくされ、近年、企業の多くは、従業員のワークスタイルやワークプレイスをどう整理・変革するか、かなり迷っているように感じます。明確な意図を持って出社とリモートワークを掛け合わせたハイブリッドワークを選択する企業もある一方で、出社をどの程度残すのか、どの程度リモートに舵を切るのか判断がつかず、やむをえずハイブリッドワークを一時的に選択している企業もあるでしょう。出社日数や出社か否かの選択を個人が行うのか会社が決めるのかなど、ハイブリッドワークのルールも企業によっていろいろです。

またワークスタイルを変更したとしても、その管理体制や働く環境の対応が追いついていないケースも多々あります。ハイブリッドワークやリモートワークを導入するならば、管理体制や働きやすい環境をサポートする姿勢が必要です。パンデミック以前から計画されていた全社的なワークスタイル変革プロジェクトとして、在宅勤務中心にいち早く舵を切り、本社を含む各拠点オフィスをABWオフィス化した某大手IT企業では、家族関係や物理的な自宅環境から在宅勤務が難しい社員もいることを勘案し、全国1000か所にも及ぶコワーキングスペースやサテライトオフィスを確保したそうです。ハイブリッドワーク導入などワークスタイルの大幅な変革には、このような、迅速で手厚い対応が求められます。

*1 戦略的ファシリティマネジメント:ファシリティマネジメントのPDCAサイクルのうち、経営戦略に呼応して戦略的にFM分野の計画を立案するプロセス。組織の戦略または方向性を定義し、この戦略を遂行するための資源の割り当てを検討し決定する。

*2 WFM(Women's Facility Management):何らかの形でオフィスづくりに関わる人たちが、働き方やオフィスづくり・運営に関して情報交換や勉強会を行う団体。1997年創設当時は女性中心だったが、現在は500名のメンバーのうち4割は男性が占める。

ハイブリッドワーク導入におけるチェンジマネジメントの活用

時代の変化や企業の経営方針に合わせ、企業のオフィス環境や働き方を変革する際には、チェンジマネジメントが必須です。人は本来、現状をベストと思っていなくても、変化を嫌う生き物とされています。そのため企業で変革を実施する場合には、その反発や抵抗への対応も踏まえたチェンジマネジメントを実施しなければ、なかなかスムーズな変革には至りません。私が関わってきたこれまでのチェンジマネジメントは、オフィスの新築や移転に伴った案件が主流でしたが、今後はオフィスの縮小や廃止、そしてハイブリッドワークやリモートワークの導入に伴う案件が増えるでしょう。

ここで一般的なチェンジマネジメントの流れを説明しましょう。まずは、その企業の風土や文化などを既存の資料から十分調べたうえで、役員層へのエグゼクティブ・エンビジョニング・セッションから着手します。企業の変革に際し、役員層に幅広い観点で変革をとらえてもらい、企業の今後の方向性、そのための社員の在り方について役員全員のベクトルを合わせてもらうことが非常に重要だからです。

役員層が一枚岩になったら、次に、できるだけ多くの従業員の意見を聞いていきます。職種や職位などで分けた最大10人程度の様々なグループを複数構成して、グループインタビューやワークショップを行います。拾い上げた意見はカードなどに記入して壁に貼って参加者に可視化し、セッション中に参加者が自分たちの意見を分析しながらソリューションを導き出せるようファシリテートしていきます。

実は、このステップの目的は、もちろん意見収集ではあるのですが、従業員にこのステップに参加してもらうことによって、変革を「自分事」としてとらえてもらうことにもあります。誰かにやらされた変革ではなく、自ら課題を見つけてソリューションを導き出すことで、自然にスムーズな変革が進んでいきます。中には、強烈に反対意見を述べる人もいます。反対意見を持つ人は往々にして、自分なりに一生懸命考えていて、周囲への影響力も強いのです。こういう人たちに味方になってもらい、他の従業員をけん引してもらうのが大変に効果的です。

さらに、インタビューで聞いたことを確認するために、必ず現場での調査を行います。例えば、オフィス内の人々の動線や、コミュニケーションがどこでどのように発生しているのかを調べたり、従業員の在席率や在席時の業務内容を調査したりしています。「しっかり現実をつかんでもらえているんだ」という、従業員からの信頼度が増すだけでなく、現場でさらに詳しい話が聞けることも多く、現場調査は欠かせません。

チェンジマネジメントは事前に起こりうるリスクに備えて対策を講じるため、変革の成功率が向上する。
出典:日本チェンジマネジメント協会「チェンジマネジメント実践ガイド」

オフィスの新築や移転に際して実施される組織や働き方の変革は、目に見える環境も含めてすべてが大きく変化するので、チェンジマネジメントも変革も受け入れやすいように思います。一方で、ハイブリッドワークやリモートワーク導入に伴うチェンジマネジメントは、リアルオフィス自体の変化を伴わなければ、変化が可視化されにくく、また自宅環境の調査や改善は困難なため、難しさがあるように思います。

ハイブリッドワークでまず課題に挙がるのは、業務に関連する情報の活用が難しくなる点です。単なる「データ」としての情報は、デジタル化されて共有しやすくなるものの、そのデータをいかに活用するのかという経験や知見が一緒に共有されないと「生きた情報」にはならず、解釈の齟齬が生まれるリスクもあります。関係者が常に身近にはいないハイブリッドワークでは、この経験や知見をなかなか共有しにくいのです。特に、バーチャルな参加者とリアルの参加者が共存するオンライン会議では、うまくコーディネーションしないと、バーチャルな参加者は経験や知見を共有できず、置いてけぼりをくいやすくなります。

ハイブリッドワークでのオフィス出社日は、チームメンバーと交流できる機会でもあります。出社日を上手に調整して他のメンバーと関われるような仕組みを作ることも重要です。 仕事が獲得できたときやプロジェクトの成果が出たときに、例えばハイタッチして感動を分かち合うことや、失敗経験を共有し一緒に原因を分析して互いに励まし合うことなどは、チームでぜひ共有したいことです。出社していれば、ちょっとした雑談で知ることができる仕事の進捗やプライベートの状況も、ハイブリッドワークでは難しくなります。こうしたチームでの関わりは、仕事をスムーズに進めるうえで大変重要ですし、結果的に企業への愛着形成にも繋がります。リモートワークの際にも、こうした感動や失敗、雑談を共有できるような工夫が必要です。チェンジマネジメントのプロセスでこの辺りを事前に検討できるとハイブリッドワークの導入もうまくいくでしょう。

もう一点よく課題とされるのは、ハイブリッドワークでのミドルマネジメントによるメンバーの管理です。リモートワークでもメンバーの行動や成果が可視化されるよう、仕事の成果や進捗状況などの報告方法、アドバイスの仕方、1on1で話す内容や実施方法などを変更するべきでしょう。ハイブリッドワークの導入で、ミドルマネジメントの仕事は増える傾向にあります。

さらに、ハイブリッドワーク下では従業員自身のスケジュールや働く場所の管理、そしてメンタル管理も必要になります。こうした管理手法を学ぶ研修や、自律した従業員を育成するための管理職研修、また社外の力も活用したメンタル面のサポート機能など、これまで以上に手厚く盛り込む必要があるのではないでしょうか。

ファシリティマネジメントは「コーポレートサービス」の重要な機能へ

チェンジマネジメントを成功させるポイントのひとつは、反対意見を述べる方をあえて巻き込むことだとお伝えしましたが、ダイバーシティの観点からも多様性の中で変革を実現することには大きな意味があります。

以前私が担当した大手企業のオフィス移転案件では、数ヶ月間かけて約1,500名の従業員から生の声を聞きました。女性や外国籍の方、障がいをもっている方も含めて、多くの職種の方の話を聞いて、新しい働き方やオフィスの計画に活かすことができました。

ダイバーシティに配慮した登用自体が目的ではないにしろ、チェンジマネジメントでのヒアリングが、従業員それぞれの適性や個性を活かした働き方に繋がることもあります。アンケートではこうした細かい特性や本音を聞くことは難しく、平均的な意見しか聴取できないため、チェンジマネジメントを実施する際には、極力多くの方に会い、直接話を聞き、現場を見ることが大切です。社内の人には話しにくいことも、利害関係のない外部のコンサルタントに対しては、案外本音を話してくれるものです。結果的に社内の方よりも内情に詳しくなったりして、社内担当者に驚かれることもあります。

ハイブリッドワークというワークスタイルが一般的になり、ワークプレイスがメインオフィスを飛び出して自宅やサードプレイスに広がったことで、今後のワークスタイルやワークプレイスの目指すべき姿は、企業によって大きく異なっています。コンサルティングの現場では、他社はどうしているかと質問されることが多いのですが、他社の事例はあくまで参考にしかなりません。一社一社、とるべきワークスタイルとワークプレイスの在り方は異なります。自社の企業の在り方や働き方の理想を突き詰めて考えた結果、ハイブリッドワークを選択しない企業もあるでしょう。ただし、できれば社員が働き方を自分である程度選択できる環境だけは、準備しておく必要があると思います。副業も複業も認められるようになってきた今、働き方の自由度が、リクルートの条件の一つにもなっているようです。

さて、このままオフィスが縮小・廃止される傾向が続いた場合、リアルオフィスに紐付いたファシリティマネジャーの仕事は、現状より縮小していくと思います。しかし、ファシリティマネジメントの管理対象が、リアルオフィスだけでなく、ワークプレイスが自宅オフィスやサテライトオフィスまで拡大されると、むしろ、ファシリティマネジャーの仕事はより広範になり複雑化することが期待されます。

人事やICT、財務といった部門とファシリティマネジメント部門が一体となり、企業のワークスタイルやワークプレイスの変革を導いていくことはこの先もずっと続いていくでしょ う。この4部門は「バックオフィス」と呼ばれますが、事業を支える重要な「経営基盤」であり、顧客やワーカーにホスピタリティを提供する「コーポレートサービス」として、企業にとって必要不可欠な部門です。

ファシリティマネージャーは人事・ICT・財務部門と共に企業に必要とされる機能。
出典:日本ファシリティマネジメント協会「ファシリティマネジメント(FM)とは」

近年の社会変化により、これまでにないほど多くの企業が「働き方」に興味を持つようになり、戦略的ファシリティマネジメントやチェンジマネジメントを活かせる場は増えました。

一方、最近開催される働き方改革関連のセミナーでは、従来は人事やファシリティマネジメント関係者や家具メーカーの研究者などの登壇が多かった印象ですが、最近はIT企業や製造企業所属の経営企画部門、研究部門、マーケティングやセールス担当者など、多様なプレイヤーが登壇するようになりました。今や多くの企業の共通課題である「働き方や意識を変革していかにイノベーションを起こしていくか」に対する解答のバリエーションも増えることでしょう。こうした変化は望ましいことだと思います。私も、これらの皆さんの勢いに、大いに刺激を受けています。今後のチェンジマネジメントやファシリティマネジメントの在り方にも、いろいろな影響が出てくるでしょう。ワークスタイルやワークプレイスを取り巻く、今後の一層の変化が楽しみです。

著者プロフィール
  • 古阪 幸代(ふるさか さちよ)
    古阪 幸代(ふるさか さちよ)
    日本オフィス学会 理事・企画委員長 WFM(Women's Facility Management)代表 フルリエゾン代表
    富士銀行(現みずほフィナンシャルグループ)在職中の1980年代半ばに米国から日本に紹介されたファシリティマネジメントに出会い、銀行を退職して米国コーネル大学大学院でFPM修士課程(MS)を修了し、シリコンバレーでコンサルティング活動を行う。帰国して同行に再就職し、行内で数々のファシリティマネジメントのプロジェクトを立ち上げ、日本の銀行初のファシリティマネジメント組織を構築する。その後、日本NCRに転職し、米国流CRE手法を駆使して複数の自社ビル売却と移転プロジェクトを主導。2000年からコンサルタントに転身し、米国最大の設計事務所Gensler社の東アジア地区のストラテジック・プランニング・ディレクタを務めた後、建設コンサルや家具関係の数社での役員兼コンサルタントを歴任、チェンジマネジメントやワークスタイル変革を伴う国内外の各種業態業種の移転プロジェクトなどに携わる。文科省大学設置・学校法人審議会の審議委員を歴任。

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