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2024年11月1日

複雑で不確実な時代に発揮される「デザインの力」とは

  • 岩嵜 博論
    (武蔵野美術大学造形構想学部 クリエイティブイノベーション学科 教授)
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テクノロジーの発達や変わりゆく国際情勢、社会構造などの影響を受け、私たちのビジネス環境における不確実性はますます高まっています。こうした中で、企業や個人はどのように未来を見通し、自らの将来像を描けばよいのでしょうか。武蔵野美術大学造形構想学部教授で、サービスデザインやキャリアデザインなどデザインのビジネス活用を専門とする岩嵜博論さんに伺いました。

デザインに宿る「可能性を開拓し、未来を構想する力」

私は現在、武蔵野美術大学造形構想学部クリエイティブイノベーション学科で、「ビジネス×デザイン」をテーマに研究や教育活動を行っています。

学生時代はリベラルアーツを学び、大学院では建築都市デザインを専攻していました。キャリアのスタートとなった広告代理店では広告デザインに加え、ブランド開発やサービス開発を担当し、その過程で関わった世界的デザイン会社のデザイン方法論に影響を受けて、海外のデザインスクールに留学しました。帰国後には、新規事業開発やスタートアップ投資の仕事に携わるとともに、京都大学経営管理大学院で博士号(経営科学)を取得し、2021年から武蔵野美術大学で教育・研究活動をスタートしました。

こうして振り返ってみると、私のキャリアはビジネス、クリエイティブ、デザイン、研究を行き来する領域横断的なものです。「なぜデザインの専門家が新規事業開発や投資に関わるのだろう」と疑問を抱く方もいるかもしれません。しかしそれこそ、デザインが本来持つ力だと私は思っています。

この「デザインが本来持つ力」とは何でしょうか。その象徴的な例が、私が所属する学部の名称です。武蔵野美術大学には「造形学部」と「造形構想学部」という二つの学部があります。先行して存在したのは「造形学部」で、私が所属する「造形構想学部」は2019年に新設されました。両学部ともにアートやデザインを研究している点では同じですが、「造形構想学部」ではモノのビジュアルを造形するだけでなく、物事を「構想」するための思考法や実践的能力も教えています。

つまりデザインとは、見た目を美しく整える行動だけを指すものではありません。新たなアイデアを発想し、具現化して、実践するプロセスの全体がデザインだといえます。そのためデザインは、いわゆる意匠系のビジュアルデザインやプロダクトデザインだけでなく、サービスデザインやビジネスデザインなど、ビジネスにまつわるさまざまな領域に広がるのです。

近年はこうしたデザインの力が、今まで以上に求められていると感じています。今、日本に限らず世界全体において複雑性や不確実性が高まっているからです。気候変動や少子化の進行など、世界には難易度の高い課題が山積しています。こうした課題を論理的思考だけで解決するのは極めて困難だといえます。論理的思考は、すでに顕在化している状況や問題を論理的に分析して最適な答えを導き出す思考法のため、目まぐるしく環境が変化する世界では有効性が薄れてしまうからです。

その点、デザインは変化の兆しを捉えて新たな可能性を開拓し、解決策を構想できるため、複雑で不確実性の高い問題の解決に適しています。言い換えれば、デザインとは「複雑な物事を複雑なまま捉えて統合し、解決できる方法論」なのです。

伝統的な大企業でこそデザインが力を発揮する

こうしたデザインの力は、日本企業、とりわけ伝統的な大企業で有効に活用できると考えています。なぜなら、デザインには「統合する力」があるからです。「統合」とは、複数の異なる要素を相互に調整しながら一つにまとめることで、組織内に散在しているリソースをまとめて、新たな価値を生み出す手法としても活用できます。

伝統的な大企業は、組織横断的な柔軟性が低く、スタートアップなど小規模な企業と比較して意思決定に時間がかかりやすいなど、スピード感の早い現代のビジネス環境における課題を抱えています。しかし、その一方で、スタートアップなどには備わっていない潤沢な人的・資金的なリソースがあります。これらのリソースを統合的にデザインしていけば、企業は大きく変化し、イノベーション企業に生まれ変わることもできると思います。

大企業がサービス開発にデザインの要素を取り入れた一例として、あるメガバンクがリリースした金融サービスアプリが挙げられます。このアプリでは、銀行口座やクレジットカード、証券、保険など、このメガバンクグループが提供しているさまざまなサービスを一元管理できます。

このアプリを開発する際に重要な役割を果たしたのが、デザインチームでした。デザインチームはアプリの開発にあたって、それぞれの保有するサービスやリソースを一つにまとめ、プロジェクトをリードする役割を担いました。この過程は、さまざまな要素を「統合」しながら一つの造形物を具現化するデザインのプロセスと相似しています。このようにデザインには、組織内に散在するサービスやリソースを繋ぎ合わせて新たな価値を創出する力が備わっているのです。

個人のキャリアを切り拓く「適応的な方法論」

個人の働き方やキャリアを考える上でも、複雑な物事を複雑なまま捉えて解決できる方法論は有効です。

コロナ禍以降、人々の働き方やキャリアの築き方は大きく変化しました。リモートワークやハイブリッドワークが一般化し、副業も当たり前になりつつある中で、働く人々は、職業に関わらず人生のなかで継続して経験を積むキャリアを自ら構想する力が求められるようになりました。昭和や平成の頃のように、会社に身を任せていればよい時代は終わりを迎えそうな気配です。

これからの時代、どのようにキャリアを築いていけばいいでしょうか。大切なのは、キャリアを主体的に捉え、さまざまな可能性のなかから最適な仕事を選ぶことです。もちろん、それはいわゆる「本業」に限りません。副業、趣味、地域活動、大学での学び直しなど、さまざまな活動をキャリアの可能性として捉える必要があります。

このときにデザインの方法論が活用できます。しばしば、デザインは「適応的(adaptive)な方法論」と称されます。これは長期的な計画を立てて手順通りに物事を進めるのではなく、変化する状況のなかでその時々に適応した行動を選択する方法論です。これをキャリア構想に適用すると、複線的に広がるさまざまな可能性から自分に最適なキャリアを選ぶ助けになります。

従来の日本では、こうした適応的な方法論があまり普及していませんでした。昭和・平成時代のように将来が見通しやすい社会においては、論理的思考かつ長期的な計画のもとで行動するほうが効率的だったからです。しかし現在のような不確実性の高い社会でキャリアを築いていくなら、デザインの適応的な方法論が役立つと考えています。

企業がデザインを実践するには「トップのコミット」と「創造的なオフィス」が必要

「デザイン」というと、先天的なセンスや感性を求められるイメージが強いかもしれません。しかし私は、個人がデザインを身に付けることはそれほど難しくなく、適切な方法で十分な量のトレーニングを行えば、誰にでも身に付けられると思っています。最近では社会人大学院やデザインスクールなどデザイン教育を行う機関が増えており、学習しやすい環境も整いつつあります。

では、これまでデザインに馴染みのなかった企業や組織が、デザインの機能を獲得することはできるのでしょうか。私はこれも可能だと思っています。その実例が、ある大手通信会社のデザイン組織です。

その通信会社は、10年ほど前までデザイナーが一人もおらず、デザインに縁遠い組織でした。しかし、若手有志がボトムアップでユーザビリティ改善などのデザインに関する活動を開始し、最終的にはデザイン組織の組成にまでつながりました。そして現在、このデザイン組織は30名以上に拡大し、企業内にデザインの方法論や考え方を導入・推進する役割を担っています。

この事例のポイントは二つあります。一つ目はボトムアップから始まった変革であることです。デザインに限らず、組織を変革する際には草の根的な活動や熱量が必要不可欠だからです。そして二つ目は、トップダウンのマネジメントです。草の根的な活動がいかに盛り上がったとしても、トップのコミットメントがなければその活動は持続しません。実際に先ほどの事例では、トップが有志の活動を認め、公式のデザイン組織を組成するなどの意思決定をしました。組織がデザインの機能を獲得する際には、トップ自らがデザインを理解して、その活動を支援する必要があるといえます。

また、組織にデザインの方法論や考え方を浸透させる過程では、社員一人ひとりの創造性を引き出すことも求められますが、その際には社員とよりコミュニケーションがとりやすいオフィスが活用できます。ただし、これまでのいわゆる「島型」のデスク配置は社員の管理に重きを置いているため、デザインの機能を獲得したいのであれば、「島型」とは異なるレイアウトのオフィスを設けるべきでしょう。

私は創造性を醸成するオフィスとは「公園」のようであるべきだと考えています。誰もが自由に出入りでき、繋がりやすく、自然にチームが組成されてプロジェクトが推進される空間です。

セキュリティなどの問題もあるので、本当に誰もが自由に出入りできる空間を作るのは難しいかもしれません。しかし実際に、セキュリティと開放性を両立したオフィスの事例が増えつつあることも確かです。ある大手企業は先日、九段下にあるオフィスを「公園」をコンセプトにリニューアルしました。オフィス内にはジャングルジムやブランコが設置されていて、社外に開かれたオープンスペースも併設されています。このように人と人の繋がりを促して、創造性を喚起するオフィスのあり方は、今後ますます普及するのではないでしょうか。

そして、それは個人のキャリアが複線化していく時代に適したオフィスのあり方ともいえます。今や、個人のキャリアを「本業」だけに縛るのは困難な時代です。そのため企業には、さまざまな立場や役割の人を外部から取り入れながらプロジェクトを組成し、事業を推進する体制が求められます。そうした時代に備えてデザインの方法論を取り入れ、既存のオフィスを見直し、人と人の繋がりを促す空間を構想してみてはいかがでしょうか。

著者プロフィール
  • 岩嵜 博論
    岩嵜 博論(いわさき ひろのり)
    武蔵野美術大学造形構想学部 クリエイティブイノベーション学科 教授
    国際基督教大学教養学部卒業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了後、博報堂において国内外の企業のマーケティング戦略立案やブランドコンサルティングに従事。イリノイ工科大学 Institute of Designに留学し Master of Design Methodsを取得。帰国後は博報堂ブランド・イノベーションデザイン局部長として、デザイン方法論を活用したイノベーション開発や新製品・サービス開発のコンサルティングをリード。その後、博報堂の新規事業開発部門であるミライの事業室にて、新規事業開発やスタートアップ投資に携わる。博報堂DYホールディングス戦略投資推進室や投資先スタートアップ企業の社外取締役を兼務した。在職中に京都大学経営管理大学院博士後期課程において博士(経営科学)を取得。主な受賞にRed Dot Award: Communication Design、D&AD Awards Design Transformation Categoryなど。著書に『デザインとビジネス 創造性を仕事に活かすためのブックガイド』(日経BP・日本経済新聞出版)、『機会発見―生活者起点で市場をつくる』(英治出版)、共著に『アイデアキャンプ―創造する時代の働き方』(NTT出版)など。

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