リモートワークやハイブリッドワークなど多様な働き方が定着しつつある今、こうした働き方に対応しながら、社員のクリエイティビティをさらに引き出すためには、どのようなオフィスが求められるでしょうか。
大手ゲームメーカーの総務部長としてオフィス移転プロジェクトを主導し、現在は株式会社HLD Labを立ち上げて戦略総務コンサルティングなどを手がけ、一般社団法人ファシリティ・オフィスサービス・コンソーシアム(FOSC)のシニアアドバイザーも務める岡田大士郎さんにお話を伺いました。
社員を元気にするためのオフィスづくりを推進
私は2019年に株式会社HLD Labを創業し、多くの企業において経営コンサルティングやコミュニティマネジメントによる「場づくり」の支援を行っています。HLD Labは“Happy Life Design Laboratory”の略称です。誰もが日々の暮らしや仕事を充実させ、生きがいや働きがい、喜び、楽しみなどに溢れた幸福な人生を送るためのお手伝いをしたいと思い、精力的に活動しています。そのほか、複数の社団法人の理事・顧問としても活動し、国家戦略推進や社会共創活動にも携わっています。
キャリアのスタートは金融業界です。1979年に国内大手銀行に入行し、ロンドン勤務などを経たのち、ドイツの銀行グループにおいて国際税務統括業務に従事しました。金融業界には足かけ25年ほど身を置き、現在も数々のヒットタイトルを世に送り出す有名ゲームメーカーに転職します。このゲームメーカーは当時、大手企業同士が合併したばかりで、合併後の内部統制構築・強化を担う役割で入社しました。
そこでの経験は、私のキャリアにとって大きな転機となりました。特に2005年から2年ほど米国法人のCOOを務めたあと、2007年から総務部長として携わったオフィス移転のプロジェクトは、現在の活動の原点ともいえます。総務部門に携わるのは初めてだったので意外な人事でしたが、米国での知見を社内で活かしてほしいという思いがあったようです。
このプロジェクトの大きな目的は「クリエイターたちを元気する」ということでした。同じゲームメーカーとはいえ、全く異なる社風や制作体制を有し、つい先日までライバル同士だったクリエイターたちを、いかにひとつにし、互いに刺激し合いながら元気に働けるオフィスをつくるか、それが私に課せられたミッションだったのです。
オフィスづくりに関して参考にしたのが、米国勤務時代に取引先として付き合いがあった西海岸の映画会社やアニメ会社のスタジオ(制作も行う多目的なオフィス)です。当時、デスクとオフィスチェアが整然と並んでいる日本の従来のオフィス環境しか知らなかった私は、海外企業のスタジオに衝撃を受けました。
スタジオ内は鮮やかな色彩や遊び心ある意匠に満ち、有人運営のカフェスペースでは常に会話が生まれ、無料で利用できるオフィスミールもよく利用されていました。このように、クリエイティビティを刺激する仕掛けがこれでもかと詰め込まれていたのです。その空間は「クリエイターたちを元気にする」という目的にも合致しており、プロジェクトにおけるモデルのひとつになりました。
多様な社員に共通する「五感」に着目したオフィス
プロジェクトの推進にあたって、独自の研究活動も行っています。ファシリティマネジメント関連の書籍や論文はもちろん、哲学、行動科学、人類学、脳科学などの幅広い文献を読み込み、「人間が生き生きと元気でいられる空間とは何か」を熟考しました。
その末にたどり着いた独自の答えが「人間の感性に訴えかける場」をつくることでした。人種や性別、年齢、バックグラウンドなどの要素はさまざまです。しかし、多くの人々が「五感」で空間を認識している点では共通しています。美しい景色を目にすれば心が洗われるでしょうし、芳しい香りが漂ってくればホッと落ちくはずです。こうした多くの人々に共通する感覚の作用に着目すれば、理想的なオフィスがつくれるのではないかと考えました。
このコンセプトは、現在の私の活動にも生かされています。特に最近では、多様性に配慮した職場づくりが求められているので、言語や文化の垣根を超え、人間の感性に働きかけるオフィスづくりが重要になりつつあります。
また、コロナ禍を経て、リモートワークやシェアオフィスなどが浸透し、より柔軟な働き方が選択できるようになりました。今後はおそらく、オンラインとオフラインを融合させたハイブリッドワークが働き方の主流になると思います。
しかし柔軟な働き方を実現する上では、少し注意が必要かもしれません。例えばオンラインミーティングでは、人間同士の距離感や雰囲気など、五感に作用する要素が大幅に削がれてしまいます。こうした弱点をカバーするためにも、オフィスには今まで以上に人と人とのコミュニケーションを促し、クリエイティビティを引き出す機能が求められていると考えています。
社員のクリエイティビティを引き出すための施策
では、どうすれば五感に作用してクリエイティビティを引き出すオフィスがつくれるのでしょうか。以前手がけたオフィス移転プロジェクトから、ふたつの施策を紹介します。
ひとつは、オフィス内で最も眺望のよいフロアに有人運営のラウンジを設けたことです。食事は全員に必要ですが、多忙なときほどつい適当に済ませてしまうことも多いでしょう。そこで、社員が自ら来たくなり、訪れるとワクワクするような空間をつくりました。カフェテリアはオフィスビルの地下に作られることもあるのですが、あえて20階という高層階に作り、テーマ性のある内装を施し、好きなエリアで食事や会話を楽しめるようにしています。また、食堂スタッフは若者を中心にして活気あふれる空間を演出するなど、ソフト面の工夫も凝らしています。
もうひとつは、社員が働くフロアのレイアウトを複雑にしたことです。日本のオフィスの多くは対向島型で、マネージャーの席を上座とし、社員のデスクを縦列で配置します。そのため、マネージャーの席と社員の席は近く、すぐに相談しに行けるようになっています。
しかし社員がマネージャーの席に向かうのは、必ずしもポジティブな場面ばかりではなく、仕事のミスや不都合な出来事を報告するときもあります。そうした場合に、マネージャーのもとに一直線で向かえるレイアウトは、ストレスの原因にもなり得ます。そこで意図的にオフィスのレイアウトを工夫し、回遊性のある動線としました。これにより、社員たちがより心に余裕を持って働ける環境づくりをめざしたのです。
こうした取り組みによる成果は大きく、特にゲームクリエイターたちの働き方やコミュニケーションが大きく変化しました。ゲームクリエイターは、美と感動を徹底して追求する、まさに「職人」の仕事です。働き方にこだわる人も多く、以前は薄暗くて小さなブースにこもって仕事をする姿が多く見られました。しかし新たなオフィスでは個人ブースが取り払われ、人と人とが接触しやすいレイアウトを採用し、クリエイター同士のコミュニケーションを増加させることを意識しました。その結果、オフィス内のいたるところで笑顔が見られるようになったのです。
そして、企業業績にも少なからず変化がありました。もちろんオフィス移転の影響だけではありませんが、結果として営業利益、株価ともに劇的に向上しました。従来の看板タイトル以外にも新たなヒット作がいくつも生まれ、事業体制はより強固になりました。オフィス移転によってゲームクリエイターをはじめとした社員一人ひとりの働き方を変え、コミュニケーションを変化させた結果、業績向上にしっかりと寄与できたと自負しています。
こうしたオフィスをつくる上でポイントとなったのは、社員の声を聞く部分と、オフィス移転の担当者が検討する部分を明確に分けたことです。まずは社員の声をしっかりと聞き、社員にどのようなニーズがあり、既存のオフィスにどのような不満を持っているのかなどの基本的なリサーチを行います。
しかし社員が真に求めるオフィスの姿は、必ずしも社員の声に表れるわけではありません。社員の潜在的なニーズや希望を知るために、私は彼らの行動をつぶさに観察し、洞察し、察察(さっさつ。極めて細かく物事を分析する)することを重要視しました。これにより、従業員満足度の向上などにつながるような“真の要望”を知ることができたと思っています。
総務部門は「場づくり」のリーダー
こうした観察、洞察、察察を日頃から行えるのは、総務部門に他なりません。総務部門はしばしば“何でも屋”だと思われがちですが、社員の行動や職場環境の変化に最も敏感で、そのフォローを日常的に担っています。つまり総務部門には、オフィスのあり方や社員の働き方を構想する素養が備わっているのです。この素養を活かし、建築や設計、内装の専門家たちと協力しあうことで、社員のクリエイティビティを引き出すオフィスを築くことができると考えています。
社内の環境改善を通じて、組織の課題解決を図っていく総務部門は「戦略総務」と呼ばれます。私はこの戦略総務がさらに普及するべきだと考えています。昨今、デジタル技術の進化はめざましく、それに伴って私たちの働き方も姿を変えていくことでしょう。ぜひ戦略総務としてこうした変化の兆しを捉え、新たなオフィスの形を提案するなど、オフィスという「場」をつくるリーダーとして活躍していただきたいです。
しかし総務全員が戦略総務になるのは、ハードルが高いかもしれません。そこで、まずはひとりの戦略総務を生み出してはどうでしょうか。ひとりの視座が上がり、蓄積する知識が変われば、周囲の総務担当者にも少なからず影響があるでしょう。企業側で戦略総務を置くことを考えることも必要ですが、総務担当者自身が変わることも大事だと思います。我こそはという人はリーダーの役割を自覚し、積極的な情報収集や自己啓発を通じて自らを高め、オフィスや社内組織を変えていく“起爆剤”となってください。
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