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「働く場所を選べる」ワーケーションが、個人と組織にもたらすものとは

入江 真太郎(日本ワーケーション協会 代表理事)
2026年11月02日

働く場所の選択肢が広がり、メインオフィスを離れワーケーションを実施する人が一定数います。この体験は個人のキャリアや生き方をどう変え、企業にどのように還元されるのでしょうか。日本ワーケーション協会の代表理事の入江真太郎さんにお話を伺いました。

ワーケーションとは「豊かに働くための手段」

私は以前、旅行会社に勤めており、独立後も観光事業や海外進出の支援に携わってきました。転勤族の家庭で育ち、子どものころから日本各地を転々としてきたため、日本のいろいろな地域を知ってほしい、その土地を盛り立てていきたいという思いが強く、現在の活動に至っています。

「ワーケーション」は、「ワーク(仕事)」と「バケーション(休暇)」を組み合わせた言葉で、2000年代のはじめに欧米で生まれたと言われています。ただ、現在は解釈の幅が広がっており、「ワーク×コミュニケーション」「ワーク×イノベーション」と捉えている方も増えてきました。

パーソル総合研究所の調査では、日常生活圏の外で仕事と余暇を過ごした経験がある人の約4人に3人が、無自覚のままワーケーションを実施していたことが分かりました*¹。例えば、普段接点のない人との出会いや地域での体験を求めて、出張の延長で別の地域に足を延ばしたり、遠方のコワーキングスペースまで移動したりしてリモートワークを行う形が挙げられます。

ワーケーションという言葉が普及し始めた際、ネガティブに受け取られることもありました。その理由の一つは、ワーケーションを従業員に一律で取り組ませようとする動きがあったからです。仕事場所を変えると気分転換になり仕事に集中できるという人もいれば、オフィスの固定された席が一番集中できるという人もいます。ワーケーションは「希望する人が選べる」ようにすることが適切だと考えています。

*1 パーソル総合研究所「ワーケーションに関する定量調査」(2023年6月調査、同年9月発表)

普段のオフィスではあり得ない出会いが設計できる

ワーケーションを実践する人は、何を求めているのでしょうか。会社員の方に多いのは「通い慣れた職場で同じ顔ぶれと働き続ける世界の外に出て、これまで接点のなかった人に会ってみたい」という希望です。

先日、仲間と軽井沢に集まって仕事をしたときは、大手企業に在籍する方が2人、ベンチャー企業に在籍する方が2人いました。普段のオフィスにいる限り、このメンバーが隣り合って仕事をする機会はもちろん、働き方やキャリアについて他社人材と気軽に話せることもないでしょう。このような出会いが当たり前に設計されるところが、ワーケーションの価値です。

出会いがもたらす変化は、仕事の場面だけにとどまりません。例えば仙台に住むご夫婦の奥様は、もともと人見知りでした。ところがワーケーションに参加し、現地でいろいろな人と出会ううちに、初対面の人とも積極的に話ができるようになりました。別の事例では、ワーケーションでの出会いをきっかけにヘッドハンティングを受けて転職した人や、気に入った土地にそのまま移住した人もいます。

ワーケーション誘致に力を入れている自治体は全国各地にあり、特に和歌山県と長野県は早くから取り組んでいます。宮崎県日向市、島根県松江市、大分県別府市、北海道富良野市なども熱心です。民間団体が中心になって企画・運営している千葉県・南房総の例もあります。関東の鎌倉、関西の淡路島や琵琶湖周辺、中京圏の蒲郡や南知多などは、三大都市圏近郊の滞在先として選ばれやすい地域です。

受け入れが長く続いている地域には、共通点があります。自治体のみで進めるのではなく、地域の民間事業者とタッグを組んで推進している点です。この民間事業者には、宿泊施設を営む方、コワーキングスペースの運営者などだけでなく、漁に出る体験を提供する漁師なども含まれます。

自治体がワーケーション参加者を呼び込む際、地域の民間企業に補助金を出して協力を得ることが多いのですが、こうした方々は宿泊料や施設の利用料、体験料など収益を得られるため、補助金が出る期間が終わっても自分たちで受け入れを続けられます。それがワーケーションの受け入れ定着につながっているのです。

反対に、行政の事業として進めただけでは、地域の中で受け入れを担う人が育ちにくく、来訪者が地域と関わらないまま観光だけして帰る形になりがちです。これではワーケーションの受け入れ先としては発展しにくいでしょう。

ワーケーションとワークエンゲージメントの関係性

ときに、ワーケーション参加者から「勤務先がこの働き方に理解を示してくれない」という声を聞きます。その原因として、会社と社員が互いを信用できていないことが挙げられます。こうした企業の社員は、ワーケーションに出向くことを会社に知らせないまま、有給休暇を取ってワーケーションを実践している方が散見されます。

先述の調査結果によると、ワーケーション経験者の14.1%が、会社に隠れて実施する「隠れワーケーション」でした。この働き方に関する企業の方針が出ていない、あるいは禁止されている中で実施している人も含めると、回答者の約半数に上ります。

また、隠れワーケーションは、チームワークの悪い組織や私的なコミュニケーションが少ないチームで特に発生しやすいという点も、調査で明らかにされています。

たしかに、ワーケーションで「業務時間内に業務から離れてしまう人がいるのではないか」と疑う気持ちも分かります。勤務時間の管理や機密情報の取り扱いといった実務上の整理も必要です。

しかし、反対に、ワーケーションのあとにワークエンゲージメントが高まったと答えた人は4割から5割に上ります。実際、私がワーケーション先で出会う方は、自社への帰属心のある方がとても多いです。会社の悪口を聞くことはほとんどなく、むしろ上司への感謝や、ワーケーションを社内に広げたいといった話が出てきます。同じ行動をしていても、その働き方を会社に認められているかどうかで、社員が会社に向ける気持ちは変わるのです。

ワーケーションを認めるメリットは、ワークエンゲージメント向上だけではありません。人材確保の面でもプラスに働くと考えられます。

人材の採用が難しい時代になり、流動性も高まっている中で、企業は従来通りのやり方で優秀な人材を確保できるでしょうか。私の所感ではありますが、ワーケーション実践者は自己管理ができ、仕事の能力も高い方が多い印象があります。あと10年も経てば、彼らが企業を動かす中心メンバーとなっていくでしょう。

ワーケーションの制度を整えて柔軟な働き方を認めることで、優秀な社員の定着につながり、自律性を持った人材の応募が増えるなら、ワーケーションを認める価値はあるのではないでしょうか。

対面の価値が高まる時代に、企業が用意したいこと

ワーケーション中は社員同士が対面して働くことが難しくなる場合もあります。しかし私は、対面でなくても成果は出せると考えています。日本ワーケーション協会は原則リモートワークで、理事4人全員が顔を合わせたのは数回ほどしかありません。しかし日頃から密にコミュニケーションを取っているため、問題なく運営できています。

人間関係の近さは物理的な距離では決まらず、上司が部下の悩みをていねいに聞き、寄り添うことで、信頼が育まれていくと思います。一方で、対面でのコミュニケーションを否定しているわけでもありません。むしろリモートで業務を進められる環境だからこそ、対面する価値が上がると感じています。

では、社員が集まる対面の場において、企業は何を用意すればよいのでしょうか。もちろんWi-Fiや大型ディスプレイといった設備が整っていることは大切です。ただ、それ以上に重要なのは、参加者同士に自然なコミュニケーションが生まれる環境です。

寝食を共にするような強引な結束づくりではなく、食事を一緒につくる、バーベキューをする、フィールドワークで野鳥を探すといった程度でも十分効果を発揮します。何かを「つくる」行為が入ると人は心を開きやすくなりますし、五感に訴える感覚はオンラインでは得られないものだからです。こうした取り組みを自社で設計できない場合は、ワーケーションを受け入れている地域へ相談し、イベントを組み立ててもらう方法もあります。

ワーケーションは“緩やかに”広がり続ける

ワーケーションは爆発的に広がっているというより、緩やかな右肩上がりになっているという実感があります。じゃらんリサーチセンターの調査では、実施意向のある人が約40%を占めるものの、実際に実施できている人は7%にとどまっていました*²。ワーケーションに関心はあっても実行に移せていない人が大半で、この差がすぐに埋まるとは考えていません。

また、これまでは私を含め推進する立場の人間が旗を振ってきましたが、今後は、ワーケーションを経験して生き方を変えた人たちが、周囲に伝播させていく段階に入ります。実践してよかったと感じた人が、その実感を周囲に伝えていくことで、希望する人が働く場所を選べる社会に少しずつ近づいていくと考えています。

ワーケーションに関心を持つ割合は若年層ほど高いというデータもあるため、ワーケーションを容認しない企業は今後、人材を確保しにくくなるかもしれません。

これから企業に求められるのは、社員が働く場所を選ぶことを認め、ワーケーション先で得た経験や人とのつながりを会社として受け止めていくことではないでしょうか。そうした経験を仕事に生かせる環境が、社員の意欲を高め、ひいては企業の成長にもつながるのだと思います。

著者プロフィール
  • 木村 琢磨
    入江真太郎(いりえ・しんたろう)
    一般社団法人日本ワーケーション協会 代表理事
    大阪府在住、事業拠点は京都市。九州、東北、関東、四国などを転々としながら育つ。阪急交通社等を経て独立。さまざまな地域の事業に携わってきた。旅行・観光・地域連携に加え、最近は海外市場向けの体験コンテンツ展開や高付加価値型インバウンド事業にも携わる。

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