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組織の枠が溶ける時代に、企業と自治体をつなぐ「越境」の価値とは

箕浦 龍一(官民共創未来コンソーシアム上席理事、日本ワーケーション協会特別顧問)
2026年10月01日

本業と副業、企業と自治体の境界が今、少しずつ溶け始めています。従業員が複数の所属を持ち得る時代に、企業と自治体、そして個人は“組織の枠”をどう越えていけばよいのでしょうか。官民共創未来コンソーシアム上席理事、日本ワーケーション協会特別顧問の箕浦龍一さんに、お話を伺いました。

企業と自治体の境界が溶けていく「変化の時代」

私は現在、複数の肩書きを持ちながら「旅するフリーランス」として活動しています。もともとは総務省に約30年間勤め、国家公務員の人事制度や国の行政改革といった仕事を長く担当してきました。

転機になったのは、本省で局全体のマネジメントをする立場にいたとき、役所のオフィスのリノベーションを手掛けたことです。ユニバーサルデザインの什器を入れ、ペーパーレスも進めて、当時の役所としてはかなり先進的なオフィスをつくりました。すると、それまでほとんど接点のなかった企業や自治体の方々が、次々と視察に来るようになったのです。

その中で軽井沢から来られた方から「ワーケーション実践者を軽井沢に誘致できないか」と声をかけられ、実際に足を運んだときにワーケーションの魅力を知りました。その後、さまざまな場所で幾度となくワーケーションを体験し、このことが結果的に公務員を辞める理由の一つとなりました。

「ワーケーション」と聞くと、地方に出かけてパソコンで仕事をしながら、のんびり過ごして帰ってくる、というイメージを持たれる方が多いかもしれません。ですが、私が実践しているのは、訪れた地域の人たちと深く関わり、そこで出会った仲間とコミュニティをつくって、その体験と人とのつながりを持ち帰ってくることです。こういった「つながり」こそが、企業が取り入れる価値のあるものだと考えています。

今は、変化のスピードがこれまでになく速い時代です。普遍的な組織は変化の少ない時代には強いのですが、今のような変化の激しい時代には、大きな組織では動きが鈍く、変化への対応不全を起こしがちです。新しい事象は予想もしなかったところで起きますし、あらかじめ決められた組織の枠組みで対応できるとは限らないからです。

変化にすばやく対応できている企業は、新しい事象が発生するたびに組織の枠を越えて「プロジェクト」のように社内外のメンバーを集めたチームを編成して臨機応変に対応していきます。こうした柔軟な対応はこれから企業活動のスタンダードに近づいていくと思います。このような対応力がワーケーションによって育まれると考えています。

また、企業にとって自治体とつながることは、自分たちの商品やサービスを社会に実装するまたとない機会です。ワーケーションが自治体との接点として有しているコネクターの機能に目を向けることが重要です。

一方、自治体側にも課題があります。例えばコロナ禍のように、予測もつかない事態の中でも住民に必要なサービスを届けなければいけません。しかし、そのための専門人材をずっと抱えておく余裕はないのが現状です。だからこそ、専門的な強みを持つ企業とタッグを組む必要があります。よって、ワーケーションを通して企業とつながることには一定の価値があるのです。

越境体験がもたらす「人とのつながり」

生成AIの登場により、情報や知識はデジタルの力でいくらでも補えるようになりました。逆に、リアルの場で人と会い、生の声から何かを感じ取る力は、実際に体験しなければ得られません。だからこそ、今「体験の価値」が高まっています。

日々の仕事だけでは、体験はどうしても同じ組織の中に閉じてしまいます。世の中がこれだけ速く変わる時代に閉じた場所にいると、どうしても変化に弱くなります。そこで、組織の枠を越えて外に出る「越境体験」の価値が、これまで以上に大きくなるのです。知らない地域に身を置き、そこにいる人たちと深く関わるワーケーションもその一つです。

ところで、越境体験で得られる一番大きな価値は何でしょうか。それは、人とのつながりです。自分の領域の外にいる人とつながり、「また何か一緒にやりましょう」と言い合える関係が増えていくことで、自分自身の潜在能力が引き出され、その後の可能性が広がっていくと考えています。

企業はぜひ積極的に社員を越境体験やワーケーションへ送り出してほしいです。なぜなら、社員が地域のコミュニティと強固なつながりを持てたら、そのネットワークを通じて自社の価値を伝えることができるからです。また、社員に現地で得た経験を持ち帰り、社内で共有してもらうことで、他の社員や社の風土や文化が少しずつ変化するきっかけも生まれます。

初めてワーケーションに送り出す際には、その場所選びが重要です。ワーケーションが活発化している地域では、ワーケーションプログラムが用意されています。例えば、長野県千曲川流域(千曲市・上田市・東御市・立科町・軽井沢町)エリアで実施されているプログラムには、2020年から延べ700名以上が参加しています。こうした実績のある地域のプログラムに社員を送り出すとよいでしょう。

なお、越境体験に送り出す人材は、自分から立候補する方だけでなく、少し消極的な方を選ぶのもよいかもしれません。言われたことにはきちんと取り組むけれど、それ以外には関心を示さないような方こそ、狭い世界の外に出たときの変化の幅が大きくなるからです。だからこそ、他者と関わる自信のない方でも問題ありません。現地でさまざまな人と触れあう中で、自分の殻を少しずつ破ることができるでしょう。

越境人材に選ばれる企業の条件

今、企業と自治体の境界では、アンラーニングやリスキリングを行う人材が多く行き交っているように感じます。そのような自分をアップデートし続ける人々が、企業と自治体とをつないでいく存在になっていくと考えています。

では、このような人材から選ばれる企業になるには、何が必要でしょうか。

ひとつは多様性のある社風です。かつては組織や社会の暗黙のルールに縛られたり忖度したりしながら働いてきた人も多かったと思いますが、現在は個人の事情を踏まえ、長く成果を上げ続けるには持続性のある働き方が求められるようになりました。よって働き方も画一的な制度では難しく、一定の自由度があるとよいでしょう。勤務時間や勤務日数、在宅勤務やフレックス勤務、副業・兼業の実施などを社員が選択できる制度が好ましいです。

例えば、あるIT企業は、社員が「週に何日、どの時間に働く」と自ら宣言し、それに合わせて勤務条件を整える人事制度を設けています。出産・育児などで一度仕事から離れた人たちに「徐々に慣らしながら働いてみませんか」と声をかけ、再び社会で働く入り口を用意する取り組みも行ってきました。個人の事情を理由に人材を手放すことなく、働きたい人に場を開いているという点で、多様性のある社風を体現している企業だと思います。

もうひとつは、対人関係のスキルを磨ける環境です。経営学者のロバート・カッツは50年ほど前に、マネジメントに必要なスキルの一つとして「ヒューマンスキル」を挙げました。しかし日本では、自社に必要なヒューマンスキルを言語化できている企業はいまだに少ないと言えます。

裏を返せば、そこが日本の組織の伸びしろです。今の時代に「選ばれる企業」になるためにも、自社に必要なヒューマンスキルを明らかにし、マネジメント層を中心にそれを磨けるような場を設けてほしいと思います。

組織と人が「対等」になる未来へ

かつてのワーカーは、どこかの組織に所属し、社会の制度に守ってもらう必要が強くありました。しかし多様な働き方が増えた現在は、むしろ制度や組織のほうがワーカーに寄り添っていくべきだと思います。国も、画一的な制度を一律にあてはめるのではなく、地域差や個人差に応じて選択肢を広げていく必要があるでしょう。その際に、多様な働き方を支える「働く場」のあり方も、セットで考えることが望ましいです。

世の中は「組織中心」から「人材中心」へと、少しずつシフトしています。優秀な人ほど、一社だけに囲い込んではおけません。副業解禁の流れも広がる中で、言われたことをこなすだけでなく、自分の軸を持って組織と関わる人材がますます増えていくのではないでしょうか。

日本ではまだ、所属や学歴で人の価値を測る見方が根強く残っていますが、これからは、相手の話をきちんと聴いて共感し、困ったときに「人を紹介できますよ」と言える“人間力のある人材”が、信頼を集めていくと考えています。越境体験によって築いた人間性とネットワークこそが、その人ならではの価値になっていくのです。

組織は社員一人ひとりに越境体験を含めた価値を提供し、人は自分の育んだ人間性とネットワークを組織へ還元していく。このように組織と人が対等な関係に近づいていくことが、融合する時代ならではの理想の形だと考えています。

著者プロフィール
  • 木村 琢磨
    箕浦龍一(みのうら・りゅういち)
    官民共創未来コンソーシアム上席理事、日本ワーケーション協会特別顧問
    元総務省職員。人事制度や行政改革を長く担当し、大臣官房サイバーセキュリティ・情報化審議官を最後に2021年に退官。本省で手掛けた働き方改革の取り組みで人事院総裁賞を受賞。独立後は、働き方改革や組織変革、人材開発、ワーケーション、地方創生などをテーマに、全国各地で研修・講演を行っている。官民共創未来コンソーシアム上席理事、日本ワーケーション協会特別顧問のほか、テレワーク・ワーケーション官民推進協議会(観光庁・総務省主催)会長も務める。

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