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2022年7月1日

コミュニケーションデザインから考える、ワークプレイスの多様性

  • 本江 正茂
    (東北大学大学院工学研究科 都市・建築学専攻准教授、同フィールドデザインセンター長、博士(環境学))
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東北大学工学研究科などで教鞭をとる本江正茂さんは、都市・建築デザインやコミュニケーションデザインの知見を基に、身体・空間・コミュニケーションの分野を横断した幅広い研究をおこなっています。昨今のコロナ禍によって、新しい働き方が模索されるなか、弊社でもワーカーのコミュニケーション量や活動の「見える化」に着目しており、今回は、近年の社会変化がコミュニケーションを形成している空間要素に与えた影響や、メタバースなどの新たなコミュニケーションの質を支える手段がワークスタイルに与える影響について、本江さんに伺いました。

コロナ禍での継続調査でわかった、リモートワークの変化

私は長らく都市やコミュニティ、コミュニケーションのデザインを研究対象としています。多くの建築物は、ただ「住むため」「活動するため」というよりも、能動的に「コミュニケーションするため」に作られています。よって、ITの登場や新型コロナウイルス感染症の感染拡大などでコミュニケーションのあり方に変化が起こると、建築物にも当然ながら多大なる影響があるのです。

こうした変化が人々のコミュニケーションにどのような変化を与え、将来の建築物にどう影響するのか。模擬環境を構築しての実験や実際の環境での行動観察*1、デザイン思考*2に沿ったリサーチなど必要に応じた方法を用いながら、研究しています。

コロナ禍になって丸2年が経ち、人々の働き方に関しては「短期的な課題」と「長期的な課題」が浮き彫りになりつつあると感じます。まず「短期的な課題」は、人々が2つの層に分かれつつあること。片方はリモートワークからの揺り戻しを期待する層、もう片方はこのままリモートワークを継続したい層です。

次に「長期的な課題」は、場所に依存した働き方が緩まっていること。「自分はどこで暮らし、どこで働くのか」という選択における重心の置き方が、これまで以上に多様に変化していくと考えています。

*1 行動観察:実生活やサービスの現場などで人が行動する様子を観察し、定性的に事実を捉える調査手法。

*2 デザイン思考:問題解決のプロセスをデザインする方法論のこと。スタンフォード大学の機関Hasso Plattner Institute of Design(通称、d.school)から広がった。

そのため私は2020年8月・2021年2月に、オフィス家具メーカーとの共同研究で「リモートワーク下での働き方」に関して調査しました。その中でわかった変化のうち、興味深いものを2点ご紹介します。

1点目は、リモートワークに対する意識の変化です。2020年調査では、資料作成などの個人作業(下図の赤枠部)について「リモートワークのほうが著しくはかどる」「リモートワークのほうがややはかどる」と回答した方は合計して61.95%と、過半数を超えました。しかし2021年調査では、わずか半年でどちらも減少し、合計しても30.76%に留まっています。

次に、「社内会議」「社外をまじえた会議」「上司、部下への報告」「意思決定」「ちょっとした相談」の5項目(下図の青枠部)は、2020年調査では「出社したほうがややはかどる」「出社したほうが著しくはかどる」という回答の合計がいずれも過半数を占めていました。ところが半年後の2021年調査では、合計でも3〜4割に留まっており、同様にこちらも低下しています。

リモートワーク下での意識の変化(出典:Alternative Office Book 04“TOUCH”)

この2年間の調査結果として、当初リモートワークは「個人作業には向いているが、コミュニケーションを取るのには向いていない」という印象だったものの、翌年には「リモートワークでの個人作業がものすごくはかどるわけでも、コミュニケーションが対面と比較してあまりに劣るわけでもない」という意見が多くなったことがわかります。

また2点目は、管理職が対面とオンラインでの会議により大きくギャップを感じる「管理職片思い問題」です。対面とオンラインの会議において「一体感」「参加者の発言の真意を捉える」「意思疎通」などができていると感じるかを調査した結果、対面だとできていると思っていることがオンラインではできなくなる、そのギャップは一般社員よりも管理職に強く現れることがわかります。

一般職、管理職、経営者ごとの対面とオンライン会議でのギャップ(出典:Alternative Office Book 04 “TOUCH”)

ワークプレイスでの人の流れの「見える化」に関する新技術

こうした働き方の変化によって、「ワークプレイスをフリーアドレス制にし、センターオフィスを縮小する」「ワークプレイスの一部を複数人が交代で使用する」などの使われ方も見られるようになりました。そこで必要となるのが、人の流れの「見える化」です。

誰が今どこにいるのかをリアルタイムで把握するためには、屋外であればGPSが使えます。しかし屋内での位置情報取得は案外難しいのです。これまでは、ビル内の各所にビーコンを設置するなどした上で、位置をセンシングする技術が使われてきました。現在は新たな方法として、例えば、AIによる画像解析によって位置を取得したり、建物の構造体である鉄骨フレームが帯びている固有の磁場を活用したマップを作って、位置情報の基準としたりするなどの方法が登場しています。

こうした研究が進み、利用者の居場所が「見える化」されたビルが街全体に広がっていくと、これまでワークプレイスレベルの「見える化」に留まっていたものを、都市レベルでの「見える化」まで引き上げることが可能になります。人の動きの変化に即応したダイナミックな制御によって、空調や照明の効率化による省エネルギー化や、防災性能の向上、情報提供の最適化など、位置情報の新たな活かし方も考案できるでしょう。何より「どこにいるか」という情報は、コミュニケーションを進める際に、相手の状況を推論するための重要な手掛かりになります。位置情報は重要なプライバシーであり、その活用は倫理面でクリアすべき課題などもありますが、こうした研究・活用はますます進むと考えています。

リアルを含めたメタバース「マルチバース」は活用されるのか

変化するワークプレイスへのニーズに応えるため、メタバースの活用を検討する機会も増えると思います。Meta社(旧facebook社)の「Horizon Workrooms」を試用してみた方も多いと思いますが、正直なところ、物足らなさを感じる部分は多々あります。しかし、上半身でのボディランゲージの強調や、音が実際の想定位置から出てくることによって空間の一体感を作り出そうとしている意識など、Meta社の狙う欧米らしいコミュニケーション像を感じることができました。

今後日本企業がメタバースサービスを開発するとしたら、日本のコミュニケーション文化を背景として、Meta社とは違ったアプローチでコミュニケーションを表現するのではないでしょうか。

仮想空間であるメタバースが何種類も同時に存在し、リアルでのコミュニケーションも含めて重なり合っている空間の概念が「マルチバース」です。このマルチバースの活用に関連して、昨年研究室で「ビデオ会議から探るチームワークの鍵」という研究を行いました。

この研究で注目したのは「We-mode」と呼ばれる、対面で一緒にいるときに相手の行動によって相互作用が起こる状態です。ビデオ会議システムを介した共同作業で、互いの見える範囲によって、この「We-mode」がどう変化するのかを調査しました。

「We-mode」とは、誰かと一緒にいるときに相手の行動にあわせて自然に相互作用が起こる状態を指す(Gallotti & Frith, 2013)

この調査では、作業者と支援者がビデオ会議システム越しに協力して高得点を目指すゲームを例に、ビデオ会議システムを介した際に互いの見える範囲の違いによってその行動や結果がどう変化するかを分析しました。

視界の範囲は、「A:配置結果のみが見える状態」「B:手元と配置結果が見える状態」「C:相手の姿や手元、配置結果が見える状態」という3パターンを用意。いずれも会話は自由に行ってよい状態です。

メディア経由で見える範囲を変え、ゲームの得点がどう変化するのかを調査

その結果を「A:配置結果のみが見える状態」をベースとしてB、Cと比較した場合、「B:手元と配置結果が見える状態」は得点がコンスタントに伸びてばらつき(試行錯誤)が小さく、「C:相手の姿や手元、配置結果が見える状態」はばらつきが大きいものの、終盤に得点が大きく伸びるという結果に。

総合すると、身振りや表情が見えない場合、すなわちメディア経由での情報量が少ない場合でもむしろ無駄なく正確なやりとりができたり、盤面以外の情報量が多い場合には、相手の状態に合わせた会話が起きて試行錯誤が増えたりする結果となりました。

このゲームの得点結果から、互いの見え方の違いがコミュニケーションのあり方に影響し、ゲームの結果を左右することがあることがわかります。しかし、特定の見え方がいつでも一番優れているとは言えない。すばらしいツールを一つ用意すれば、いつでも十分なコミュニケーションが取れるというわけではないのです。今行おうとしている共同作業の中でどういう情報交換を行い、ゴールまでどのように実行していくか、折々のコミュニケーションのデザインが重要になります。

つまり、これからのワークプレイスを考える上では、「万能なメタバースを一つ用意すればいい」わけではなく、仕事の質や内容によってコミュニケーションの手段を選択できるようにすること、すなわち、マルチバースを生きることが肝心なのです。

「鳴子温泉」に見る、これからのワークスタイル・ワークプレイスへのヒント

最後に、これからのワークスタイルやワークプレイスを考える上で参考になる事例を紹介します。宮城県にある鳴子温泉では現在、古くからある温泉と、林業・エネルギー産業をまたいだ取り組みが行われています。その一例としては、山林管理を委託されている林業者が中心となって、廃材の木片をバイオマス燃料に加工して発電と給湯を自ら行い、そのエネルギーを地元の住宅や旅館へ供給。さらにその取り組みを環境教育やエコツーリズムに繋げていくという仕組みができはじめています。

こうした取り組みを支えている現地の人々には、都心部などからUターン、Iターンした人材がいます。彼らは鳴子地域内の仕事を複数掛け持ちながら、さらに鳴子外の企業にリモートワークでも従事して、所得を補うと同時に、先端的な事業情報を得ています。ごく限られた人数でありながら、必要な役割を多様な複業でこなしつつ、複雑なプロジェクトを進めているのです。

特定分野の専門家が互いの領域を守りながら分担し合う縦割りチームではなく、マルチキャリアの少人数がオーバーラップしながら実践していくプロジェクトのあり方は、非常に現代的なものです。ここにはこれまでにない形の、プロジェクトに起因する実践的なコミュニティが新たに生まれつつあると感じます。

今後は、自分がより惹きつけられる都市や地方を選んで住み、そのエリアに積極的に関わりながらパラレルワーク・複業を行うような、コミュニティを活用したマルチキャリアの生き方が増えていくのではないでしょうか。

優れた働き手はますます、リアルも含めたマルチバースを軽やかに横断しつつ、快適な空間に身を置いて仕事を進めていくようになると感じます。彼らの力を得たい企業は今後、ますます多様化する働き手のニーズを汲んだワークプレイスを用意したり、新たなコミュニケーションをデザインしたりして、そのニーズに応えながら優秀な人材を集めていく必要が出てくるでしょう。どこで暮らし、どこで働くかまでの広がりを含め、ワークスタイルやワークプレイスの再定義は、まだまだ始まったばかりです。

著者プロフィール
  • 本江 正茂(もとえ まさしげ)
    本江 正茂(もとえ まさしげ)
    東北大学大学院工学研究科 都市・建築学専攻准教授、同フィールドデザインセンター長、博士(環境学)
    1966年富山県生まれ。東北大学大学院工学研究科 都市・建築学専攻准教授、同フィールドデザインセンター長、博士(環境学)。1993年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程中退。2006年より現職。2010年より2015年まで、せんだいスクール・オブ・デザイン校長。2020年より宮城大学事業構想学群 教授を兼務。著書に「プロジェクトブック」(彰国社、共著、2005年)、「OfficeUrbanism」(新建築、共著、2003年)。デザイン作品に「震災遺構中浜小学校」(2020年、宮城県山元町)など。専門は都市・建築デザイン。情報技術が拓く都市と建築の新しい使い方をデザインし、人々が持てる力を存分に発揮しあえる環境をつくりだすべく研究中。

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