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2023年3月1日

これからのワークスタイルと、それを叶えるワークプレイス
全2回|後編

  • 地主 廣明
    (東京造形大学 造形学部デザイン学科教授)
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オフィスデザインや室内建築を専門とする地主廣明さん。東京造形大学で教鞭を執りながら、さまざまな学会や研究会でも精力的に活動されています。そんな地主先生に2回にわたってお話を伺い、前回はオフィス、ワークプレイスの歴史や、これまでに手掛けた代表的な事例について語っていただきました。

今回は、21世紀のワークスタイルやワークプレイス、今後の展望に関してお聞きします。

コロナ禍で大きく変わったワークスタイルと、それに伴うワークプレイスの進化

今回は21世紀のワークスタイルやワークプレイスの変化から話を進めます。21世紀での大きな出来事といえば、やはり新型コロナウイルス感染症の世界的な流行です。これにより、これまでは出社が前提だったワークスタイルに大きな変化が起きました。ワークプレイスよりも先に、ワークスタイルに変化が起きたのです。

ただし、日本ではこれまでも政府主導で「働き方改革」を実施してきました。しかし実際には、どちらかというとワーカーではなくその管理者や企業に向けた施策であったため、なかなかワーカーに浸透せず、あたかも「働かせ方改革」のようになってしまうこともありました。今後自律的に行動するワーカーが増え、その人々が自ら働く環境や組織を作っていくような状況になって初めて、真の“働き方”改革となると感じます。

このコロナ禍では、ワークスタイルに対するワーカーの考え方が大きく変わりました。その証拠に、これまで認知度の低かったABW*1という言葉が一般層にも浸透しつつあり、また、その言葉は知らなくても実質的にABWのようなワークスタイルを実践するワーカーが増え、ABW的な発想に基づいたワークプレイスの事例も以前より生まれています。今後、ワークスタイルやライフスタイルなどに対して個人が選択権をもつような「個人化」の動きやABW、それに呼応するワークプレイスが浸透するだろうと予測されます。

しかしながら、個人的に心配しているのがABWの捉え方です。先ほどの「働き方」と「働かせ方」とではABWの意味あいが異なります。本来、ワーカーがアクティビティに応じて自由に場所を選択するのがABWですが、例えば「集中して思考したい」とワーカーが考えた場合、企業側が「それならば個人ブースを用意しましょう」「これを使いなさい」となってしまうと、結果、ワーカーは与えられた空間の中でしか選択できません。それでは前述の「働かせ方」となってしまいます。この辺りの思考の共有が今後、重要になると思っています。

*1 ABW(Activity Based Working):オフィス内(あるいは都市)に、仕事のさまざまな活動(アクティビティ)に適したワークスペースを用意し、個人がデスクを固定せず、作業内容に応じて働く場所を変えられる勤務形態。

これからのワークプレイスを考えるヒントは“to LOVE”

前述を踏まえると、これからのワークプレイスを考える時の、ヒントとなるのが“to LOVEな場所”だと考えます。先の個人ブースを例にとれば、企業側や計画者側が事前計画的に場を提供することは否定できません。その時の“作り込み”にそれを使用するワーカーがどこまで愛着を覚えるのか、どこまで自分の居場所として感じられるのか、あるいは、自分なりの使い方が許されるのか。その実現こそがこれからのデザインのキーワードだと思っています。

ではワーカーに選ばれるためには、どのようなものを提供したらよいのでしょうか。そのひとつの解として作ったのが、NEO(新世代オフィス研究センター)のイベント期間中に試験的にYahoo!JAPANのオフィス内にあるオープンコラボレーションスペースのLODGEに設置した「インタラクティブ・シーティング」です。このベンチはいくつかの直方体の箱を組み合わせて作っており、ユーザーが自由にその使い方を決めることができます。

インタラクティブ・シーティング

これまでのオフィスのデザインは古典的な言い方をすれば「形態は機能に従う」、つまり形態=カタチは、機能に従属するものだという考え方が根本にありました。しかしこれからは「機能は形態に従う」、つまり先にカタチがあり、そこからユーザーが自由にその使い方=機能を自主的に創造していくものだと考えます。

違う言い方をすれば、「自己組織化」的とも言えます。いままでのオフィスはパッシブな空間、すなわち時間も場所もモノも受動的に与えられていました。しかし、これからはアクティブに、すなわち能動的に自らの時間や場所やモノを作っていくものだと考えます。

それが「インタラクティブ・シーティング」です。与えられた使い方ではなく、自らその使い方を見つけ出していく。それこそが先ほど申し上げた「働かせ方」から「働き方」への動きです。その時、真のナレッジワークができるのではないか、と考えます。

この観点から考えると、デザイナーや計画者が今後どこまで関与するべきかは、検証するべきポイントでしょう。

それから前回の記事で、ナレッジワーカーが思考するための「ゴロゴロ空間」と、作業するための「カリカリ空間」について言及しましたが、アクティビティによってワークプレイスの機能を分ける方向性は今後も強まっていくと考えています。

例えばすでに普及したコワーキングスペースは、本来はワーカーを長時間拘束して作業させるための場所ではなく、誰かと出会うための空間、もしくはそこから旅立つためのキックオフ的な空間として構築されています。そのため、止まり木的な利用を想定し、長時間着座するために作られたオフィスチェアではなく、シンプルな椅子を置いたり、インフォーマルコミュニケーションを活性化させるようなソファやベンチを中心に作られています。

今までのオフィス家具は、ドキュメントの生産性を重んじて作られてきましたが、これからは、その時その時のアクティビティや気持ちに従い場所を選択できるようにすることが今後のワークプレイス構築のヒントになるでしょう。

「メタバースに心を動かされる日」が来る可能性

21世紀になり、メタバースやデジタル空間で働くという行動も生まれました。しかしメタバースにワークプレイスを設ける有益性は、まだ不確定だと考えています。

もしメタバース内にワークプレイスが広がると仮定したときに、一般に普及するためのヒントになりそうなのは「リミナルスペース」という概念です。この言葉にはいくつかの意味がありますが、今回はどこか見覚えのある空間や、無機質なのにどこか懐かしさを感じさせる空間として取り上げます。

フィリップ・シュミット氏の「The Chair Project (Four Classics)」という研究プロジェクトでは、AIに何百脚ものデザイナーズチェアをディープラーニングさせてから、新しいデザイナーズチェアをデザインしてもらうと、必ずリミナルなものが出てくるという結果が出ています。このように、リミナルスペースに関連するような、空間や建築に関する研究が現在行われているところです。

現在のメタバースは無機質そのもので、愛着を感じるのは難しい印象です。それこそ“to LOVE”ではないのです。しかし、もしメタバースにどこか見覚えのあるリミナルスペースを組み込むことができたとしたら、人はそこに懐かしさを感じ、心を動かされる可能性があります。そうなれば、メタバースへの愛着は増し、ワークプレイスとして利用するユーザーも増加するかもしれません。

境界のない場を追求した先にある「自社ならではのワークプレイス」

哲学者のマルクス・ガブリエルは、「倫理資本主義」といった世界感を論じています。つまり企業の生産性は貨幣ではなく倫理、すなわち幸福度であるということです。この考えをワークプレイスに反映させると、ワーカーのワークエンゲージメントの向上こそが重視されるようになるでしょう。ワーカーが働くことを幸せだと感じ、その幸せな状態から企業としての倫理的価値を生み出していくという流れが必然になるのではないでしょうか。
これも“to LOVE”なワークプレイスを考えるヒントとなっています。

ワークプレイス研究を専門とする京都工芸繊維大学の仲 隆介教授は、琵琶湖の近くに「生きる場」というワークプレイスを設け、ワークプレイスの可能性を広げるための社会実験プロジェクトを行っています。自宅やオフィス、レジャーなど、これまで分離していた機能を隣接させてシームレスに行き来することで、より自分らしく生きながらもイノベーションを生み出せる働き方について実験しています。

仲先生の取り組まれている「生きる場」を体感したとき、私にとっての「生きる場」の定義は「生きること、働くこと、遊ぶことの境界がない場」だと考えました。近代デザインでは、住宅は生活の場、デパートは消費する場、会社は働く場というように、場所によってその機能を分割してきました。しかし現在は、家にいながら生活し、買い物し、働けるような時代です。

その機能の境界がなくなったときに、私たちの「働く場」=「生きる場」がどのような姿になるのか、興味が尽きません。その姿にはゴールがなく、場を作っては壊すことを繰り返しながら、ゴールを作り続けていくのです。このような「生きること、働くこと、遊ぶこと」の一致こそ、私たちの“生”の原点であり、それは、ある意味、リアルな“リミナルスペース”に繋がっていくのだと思います。こうした姿勢が明日のオフィスやワークプレイスのデザインに必要なのではないでしょうか。最適なワークプレイスを作り続けながら、ワーカー自身の手で自己組織的に作り直し続けることが重要になるのではないかと思います。

前回お話ししたワーカーの自律化や、今回取り上げた“to LOVE”な場所作り、アクティビティごとの分散、そしてバーチャル、リアル共に、境界のないワークプレイスづくりなどを念頭に置きながら、これからのワークプレイスを構築してはどうでしょうか。

著者プロフィール
  • 地主 廣明(ぢぬし ひろあき)
    地主 廣明(ぢぬし ひろあき)
    東京造形大学 造形学部デザイン学科教授
    東京造形大学室内建築専攻卒業後、プラス株式会社に入社。同社にてオフィス環境デザイン、プロダクトデザイン等のチーフデザイナーを経て、プラス・オフィス環境研究所の所長を歴任。その後、東京造形大学専任講師、助教授を経て教授に。一貫してオフィスデザインやその歴史を研究する。日本オフィス学会副会長、所属学会:日本オフィス学会、日本建築学会。

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