NTTファシリティーズ
New Workstyleニューワークスタイル
2023年4月3日

ワークプレイスの選択肢が多様化する中での、ウェルビーイングの高め方

  • 髙原 良
    (株式会社TATAMI 代表取締役 エルゴノミスト)
Tweet
Facebook

ワークプレイス構築に関するリサーチやコンサルティングを行っている髙原良さん。人間工学的なアプローチから、ワーカーにとって最適なワークプレイスについて研究されています。これからワークプレイスが多様化していく中、どのようにワークプレイスでのウェルビーイングを高めたらよいのでしょうか。髙原さんにお話を伺いました。

ウェルビーイングとは何か?

私は医療系大学を卒業後、大手オフィス家具メーカーにてワークプレイスのリサーチやコンサルティング業務に従事したのち、2020年に独立しました。人間工学が専門で、千葉県立保健医療大学の非常勤講師や、日本ファシリティマネジメント協会(JFMA)内「こころとからだのウェルビーイング研究部会」の部会長も務めています。

まずウェルビーイングとは、人が身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを意味する概念です。1942年の世界保健機関(WHO)憲章では「健康とは、身体的、精神的及び社会的に良好(ウェルビーイング)な状態であり、単に疾病又は病弱が存在しないことではない」と記載されています。

このWHO憲章における健康の考え方には、2つのポイントがあります。ひとつは「健康」をより広義に捉え、身体的な健康だけでなく、精神的・社会的な側面からの健康があることを示している点です。もうひとつは、まさにウェルビーイングの概念を提示している点です。つまり健康と聞くと、病弱や疾病といったマイナスの状態からの回復やそういった状態にならないことをイメージしがちですが、全ての側面でよりプラスの状態(ウェルビーイング)を実現することが本当の健康であるということです。

JFMA「こころとからだのウェルビーイング研究部会」資料。ウェルビーイングを身体的、精神的、社会的側面から整理している。
※ADL=日常生活動作のこと

日本企業では今、生産年齢人口減少による「限られた労働力での企業成長」が大きな課題のひとつです。そのため、働き方改革や健康経営などの重要性が2010年代後半から認識されるようになりました。社員の健康づくりへのサポートは、プレゼンティズム(体調不良による生産性低下)やアブセンティズム(健康問題による欠勤)の解消に繋がり、企業の生産性向上、さらには離職率やリクルーティングにも影響します。

こうした働き方改革や健康経営を実現するために、社員のウェルビーイングを高めることは非常に重要です。ウェルビーイングは今日、企業の内外に大きなインパクトをもたらす要因となっています。

ウェルビーイングと人間工学

私の専門である人間工学とウェルビーイングの関わりも紹介したいと思います。人間工学とは、いわばウェルビーイングな社会をつくるための方法論を考える学問です。ものづくりや環境デザイン、社会や組織の運用などのさまざまなアプローチを通じて、人間工学は2つの目的達成を目指しています。その1つがユーザーのパフォーマンスを高めること、そしてもう1つがユーザーのウェルビーイングを実現することです。

最近ウェルビーイングは、国外でもファシリティ構築の重要なキーワードになっていて、アメリカなどではウェルビーイングの専門知識を持った人材が、都市計画や建築のプロジェクトに参画する事例が複数生まれました。日本でそのような事例はまだ少ないですが、ウェルビーイングなファシリティを社会に生み出していくために、今後は「建築」の専門家だけでなく、「人」の特性や仕組みを理解した専門家がプロジェクトに加わっていくことがより重要になると予想されます。エルゴノミスト(人間工学専門家)も、その一員として活躍が期待されると思います。

ワークプレイスにおけるウェルビーイングを考える

就業世代の人々は多くの時間を仕事に費やしているため、働く環境がワーカーのウェルビーイングに及ぼす影響は小さくありません。ウェルビーイングに対する関心が高まるにつれて、ワークプレイスにおけるウェルビーイング研究も活発になっています。

例えば、直近約10年間で発表されたいくつかの研究では、日常生活での座位時間が長い人ほど、死亡率やがんなどの発症リスクが高い可能性があることが示されました。そのため、立ってデスクワークを行うスタンディングワークなどを通じて、職場での座位時間を減らし、身体活動量を増やす取り組みに関する有効性の検証が進められています。

また精神面においても、さまざまな職場の環境要素が影響することが報告されています。特に、自然光、オフィスのレイアウト、温熱快適性などは影響が大きく、さまざまなメンタルヘルス指標と関連が深いといわれています。ワークプレイスの事例ではありませんが、個人的にユニークだと思った研究に、コロナ禍の住環境とウェルビーイングの関係性を調べた研究があります。自分の住居から木や花などの緑が見える環境で生活をしている人は、コロナ禍で不安要素が大きい状況でも、心理面で悪い影響が出にくかったという結果が出たそうです。こうしたバイオフィリア*1も、今後のオフィスデザインの重要なテーマとなるでしょう。

近年では、ウェルビーイングに着目した建築関連の評価制度やガイドラインが普及しつつあります。代表的なもので、アメリカではじまったWELL認証やFitwel認証、日本のCASEBEE ウェルネスオフィス評価認証などがあります。これらの評価項目は網羅的、かつ具体的にファシリティのポイントがまとめられているので、ウェルビーイングに配慮したファシリティを構築したい方は参考にするとよいと思います。

また、私から1つアドバイスを付け加えると、ファシリティのハード面だけでなく、プロジェクトの進め方などのソフト面について工夫することも重要です。特にワークプレイスの場合は、「どんな」ワークプレイスをつくるかだけでなく、「どのように」ワークプレイスをつくるかがプロジェクトの成功・失敗に関わることがあります。

例えば、固定席制からフリーアドレス制への変更など、大幅なワークプレイスの運用変更を行う場合、社員に対して突発的かつ一方的に施策を展開すると、社員に反発心が生じ、新しい働き方が受け入れられないことがあります。これは「心理的リアクタンス」と呼ばれる現象で、人は自分の行動などを他人に強要されると、自由を阻害されたと感じ、自由を取り戻そうと反発した態度をとることがあるのです。

仮に大きく働き方を変える際には、チェンジ・マネジメントの視点を取り入れてみましょう。働き方を変える必要性について課題意識の目線合わせをしたり、施策の計画段階で社員に参加してもらい、自らが意思決定に関わるプロセスを設けたりすることなどが有効です。社員の気持ちにも寄り添い、丁寧にコミュニケーションをとって、ユーザーとしての主体性を育むことが重要です。彼らの働き方や行動が変わってこそ、ウェルビーイングの向上が図られていくのですから。

ワーカーの行動変容を促すコツ

*1 バイオフィリア:バイオ(生命・生き物・自然)と、フィリア(愛好・趣味)から作られた言葉。1984年にアメリカの生物研究者であるエドワード・O.ウィルソンが提唱した「人は自然とのつながりを求める本能的欲求がある」という概念のこと。

ワークプレイスの選択肢の多様化への対応

コロナ禍に、多くの企業が感染対策としてテレワークを導入しました。テレワークやABW*2のように自分の仕事にとって最適な場所を自らが選択できる働き方は、ワーカーの裁量感を高め、ワーク・エンゲイジメントが高まるといわれており、その点でワークプレイスの多様化はウェルビーイング向上に有効だと考えています。

しかしながら、注意すべき点もあります。例えば、コロナ禍で急速に普及した在宅ワークでは、腰痛や肩こりなどの筋骨格系障害が多く発生したことが報告されています。在宅ワークを推奨していく上で、自宅でも健康で快適に仕事ができるワークスペースを構築していくことは、大きな課題です。

企業のオフィスとは異なり、在宅ワークの環境を整えるのはワーカー自身ですが、企業が金銭的・物的支援、近隣のシェアオフィスなどの代替環境の用意などを提供することも必要でしょう。

また、テレワークの場合、社員のストレス・マネジメントも重要です。在宅ワークで、孤立感を感じるワーカーは仕事のパフォーマンスが低下することが報告されています。さらに協調性や勤勉性などが低いワーカーは、テレワーク時に、仕事中に業務と関連しないウェブサイトの閲覧や私用メールの送受信を行う「サイバースラッキング」を多く行う傾向があるともいわれています。チャットを活用したまめなコミュニケーションや、定期的な出社でオフィスでの対面コミュニケーションを取り入れることなどは、社員のメンタルケアだけでなく仕事に対する適度な緊張感を生み、組織の生産性低下を防ぐことにも繋がるでしょう。

これから多様なワークプレイスを発展的に活用していくのであれば、企業はオフィスのロケーションを再考するべきかもしれません。公衆衛生と環境デザインについて、先進的な取り組みを行うニューヨーク市は、2010年に「アクティブデザインガイドライン」を公表しました。このガイドラインには、都市計画と建築計画において、街やビルの中で過ごす際に身体活動量を高めるための要点がまとめられています。鉄道の高架を活用して遊歩道型の公園をつくったハイラインパークはその一環であり、ニューヨーク市では人が楽しみながら、自然と歩く機会が増えるような街づくりを行っています。

ニューヨーク市のハイラインパーク

個人的には、オフィス内の設えだけでなく、そのワーカーの生活環境全体がもたらすウェルビーイングへの影響に高い関心があります。最近、首都圏から郊外にオフィスを移転する事例も見受けられます。クライアントとのコミュニケーションが遠隔で行いやすくなった今、職住近接を意識して、社員がよりウェルビーイングなライフスタイルを送れる地域にオフィスを移すことも、今後の企業のワークプレイス戦略に取り入れてほしい視点です。

*2 ABW(Activity Based Working):オフィス内に、仕事のさまざまな活動(アクティビティ)に適したワークスペースを用意し、個人がデスクを固定せず、作業内容に応じて働く場所を変えられる勤務形態。

「自社にとってのウェルビーイング」を考える

ワークプレイスの多様化でさまざまな可能性が広がった一方、自社にとっての「正解」がわかりづらい状況になっています。業務の特性、職場の文化、社員の特徴などによって、企業ごとに抱える問題は異なりますし、必要なアプローチもさまざまです。もはやオフィスの竣工はゴールではなくスタートとして捉え、トライ&エラーを積み重ねながら、自分たちに合った答えを探さなければなりません。

そういったプロセスの中で、ワーカーのウェルビーイングの向上を図るためには、「社員や会社がどのような状態を目指したいのか」という具体的なビジョンを持つことがとても重要です。そのビジョンを抽象的なままにしていると、施策の良し悪しの判断はできないですし、改善するための新しいアイデアも生まれにくいでしょう。

「自社にとってのウェルビーイングとは」を問い続け、その実現に向けて試行錯誤を繰り返す企業こそが、より強靭な働き方を身につけ、これからの時代にますます企業価値を高めていけるように思います。

著者プロフィール
  • 髙原 良(たかはら りょう)
    髙原 良(たかはら りょう)
    株式会社TATAMI 代表取締役
    エルゴノミスト
    オフィス家具メーカーを経て、2020年より現職。ワークプレイス構築におけるコンサルティングやリサーチを担当。人間工学的なアプローチから、働く人たちにとって最適なワークプレイスのあり方を研究。日本ファシリティマネジメント協会 研究部会長、桑沢デザイン研究所非常勤教員、千葉県立保健医療大学 非常勤講師。

関連する記事

最新のコラムや導入事例をメールマガジンで配信いたします。

Page Top