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2023年5月1日

予防医学の視点から考える健康的なワークプレイスづくりとは

  • 花里 真道
    (千葉大学予防医学センター 健康都市空間デザイン学分野 准教授)
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ウェルビーイングなワークプレイス、地域コミュニティや空間デザインを専門として、研究・実践を行っている花里真道さん。オフィスとテレワークを組み合わせたハイブリッドワークが普及した今、より快適なワークプレイスを作るためにはどのように工夫すればよいのでしょうか。予防医学の視点を織り交ぜながらお話しいただきました。

コロナ禍以降にどう変わった?ウェルネスなワークスタイルの定義

私は建築設計・都市デザインを学んだ後、現在は研究機関にて予防医学という側面から考えた健康都市や空間デザインについて研究しています。昨今はこれらのテーマについて、企業と共に産学共同研究を行っており、現在23社と協業中です。

ワークプレイスでワーカーが心身健やかに過ごすためには、“自身の健康づくり”と“周辺の環境”という、2つの視点があると考えています。WHO(世界保健機関)は、「予防」について、ゼロ次予防、1次予防、2次予防、3次予防と4種類に分類しています。

ゼロ次予防、1次予防、2次予防、3次予防の内容

図はWHOのテキストの図を私が加筆・修正していますが、このうち、心身の健康のために「運動する」「食事に気をつける」といった生活習慣に関する行動は「1次予防」に当たります。その下層には、都市環境や自然環境、住まい、さらには気候変動やグローバリゼーションといった“環境”を整える領域が「ゼロ次予防」として定義されています。人を取り巻く環境の影響は意外と大きいのです。

こうした概念は多方面において、環境の健康への影響として知られるようになりました。また経営や労働衛生の分野では、2017年頃から経済産業省が「健康経営」を提唱するようになりました。健康経営とは、企業がワーカーの健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること。企業理念に基づきワーカーの健康や労働環境の改善に注力することは、ワーカーの活力や生産性の向上を生み出すだけではなく、企業の業績や株価向上につながると期待されています。

そして2020年以降、コロナ禍の影響で健康経営に対する意識がさらに変化し、より積極的に健康経営に取り組む企業が増えました。特にリモートワークが増大化したことが意識の変容を招いたのではと推察しています。

これまで企業の多くは、メインオフィスの環境を整える点を重視していました。しかしコロナ禍で自宅やサテライトオフィスなどメインオフィス以外で働く機会が増加したため、メインオフィス以外の環境を支援する必要性が生まれました。今後企業に求められるのは、ワーカーのメンタルヘルスサポートや、自宅で働く環境を整えること、体を動かす取り組みを促進・支援することなどです。ワーカーがオフィス以外で仕事をする際のケアや仕組みの提供など、広い意味での「環境」の改善・提供が重視されていくでしょう。

予防医学的観点から考える地域デザイン〜先行研究と事例から学ぶ〜

このように予防医学では環境を整えることも重要な価値となるため、企業や人が活動する地域やまちを予防医学の観点からデザインすることの可能性がうまれます。また、この考え方を企業が知り、組織文化や自社内のコミュニティ形成などに活かすことも、有用だと考えています。

健康を促すまちづくりのエッセンスは、主に以下の3つに集約されます。

まずは「交流がうまれる」こと。これは、人とのつながりや交流を生み出し、社会参加の場づくりを行うことです。人と人のつながりは人の心身に強い影響があるといわれています。これは「社会との関係性やつながりが健康に関わっている」という研究結果にも示されていて、日本でもイギリスについで孤独防止のための「孤独担当大臣」が設置されました。健康の維持・増進に人と人の関わりは大変重要な役割を果たしています。

2つ目は「身体活動が高まる」こと。身体活動が高まりやすいウォーカブルな地域づくりができているかという点です。例えば、利便性がよい地域であったり、歩きやすい歩道が整備されているか、公共交通機関の充実度などが挙げられます。また、建物が歩きやすい地域にあるかどうかという「ロケーション」も大切で、アメリカの建物認証制度・Fitwel認証*1では、ウォーカビリティや停留所までの距離といった評価項目が含まれています。

3つ目は「感性にはたらきかける」こと。働く場所や歩く場所、過ごす場所の近くに緑や花があるかなど、人が「心地よい」「気持ちよい」「安らぐ」などの感情を抱くことが大切です。感性に訴えかけるようなデザインや色合い、装飾などの環境設計も重要でしょう。

環境の調整が人々の生活や健康に及ぼす影響を調べている先駆的な事例として、スペインのバルセロナにおける「スーパーブロックプロジェクト」を紹介します。指定した区域の車両通行を制限し、人々が歩いたり佇みやすい都市デザインが進められています。

「歩行者中心のまち」にすることで人々の身体能力が向上しただけでなく、大気汚染や騒音の減少といった副次的なメリットも生まれました。仮にバルセロナ全域にこのような仕組みを導入した場合、毎年667人の死亡を防ぎ、平均寿命を200日伸ばせるという学術論文まで発表されています。社会全体で環境整備を推進し、その影響を科学的に検証し、次の都市デザインに活用していく大変先進的な例です。

日本において健康や身体活動を高める都市デザインのあり方をガイドする資料は限られていますが、2022年に「身体活動を促すまちづくりデザインガイド(著者:樋野、石井、野原、花里、吉田)」が発刊されており、今後のまちづくりに活用されることを期待しています。

*1 Fitwel認証:建物のユーザーの健康性に関して評価・認証する制度。2017年に⽶国疾病予防管理センター(CDC)と⽶連邦政府⼀般調達局(GSA)主導のもと開発された。

すこやかに働くことができるワークスタイル・ワークプレイスの条件

こうしたまちづくりのポイントを企業におけるワークプレイスづくりに応用したとき、健康経営に寄与するワークプレイスにはどのような条件が必要でしょうか。多面的なアプローチが必要なので、主にハード面とソフト面に分けて紹介します。

まずハード面では、身体活動が高まるワークプレイスづくりが必要です。まちづくりの条件でも触れましたが、ワークプレイスでも立地やロケーションが身体活動促進における重要なポイントといえます。歩きやすいエリアにワークプレイスが存在しているのか、通勤が快適にできるか、近隣に公園があって散歩や休息が取りやすいのかなど、身体活動が快適にできるかどうかという視点で見てみるとよいかもしれません。

次にソフト面では、ワークプレイスや組織の最適な運用、組織内コミュニケーションの活性化などが挙げられます。具体的にいうと、企業文化や組織への愛着、ワーク・エンゲイジメントを高めるような制度の見直しや、余暇活動の促進などです。

ソフト面の取り組みは比較的多くの事例があります。例えばメインオフィスに、社内の部課のメンバーが働く「部室」を用意し、チームの空間として好きなように彩り、使ってもらって愛着を形成する取り組みや、社員の自主的なサークル活動を支援し、メインオフィスの一画にサークル活動の発表スペースを用意することで、社員がサークル活動を楽しむだけでなく、その様子を就職活動中の学生に見せて、企業の雰囲気を感じ取ってもらう取り組みです。後者の事例は、リクルート活動にもよい影響を及ぼすように感じました。

また福利厚生の点では、自転車通勤を可能にして身体活動を高める、ABW*2を推進して自律的に働ける環境形成を促進するなどの制度面の見直しも挙げられます。ある研究事例では、多様な仕組みや場を利用しているワーカーは、ワーク・エンゲイジメントが高いという結果が出ていました。

一方、代表的な福利厚生として社食の充実化がありますが、昨今はあえて社食を設けない流れも生まれています。これは、ワーカーにあえて外に出てもらい、地域と人たちと共存しながら地域経済を支え、身体活動の向上という健康面のよい影響への期待があるからです。今後多様な場所での働き方がますます増えるため、地域との接点の重要性は高くなると考えています。

*2 ABW(Activity Based Working):オフィス内に、仕事のさまざまな活動(アクティビティ)に適したワークスペースを用意し、個人がデスクを固定せず、作業内容に応じて働く場所を変えられる勤務形態。

取り入れやすいワークプレイスでの取り組み

健康経営をめざす環境デザインとして比較的導入しやすい取り組みに、バイオフィリックデザインが挙げられます。バイオフィリックデザインとは、植物や自然の形、雰囲気など自然的な要素を取り入れ、快適さや心地よさを高め、人間の感性や本能に訴えかけるデザインを指します。

ワークプレイス内のバイオフィリックデザインを評価した興味深い研究があります。植物が窓から見えるワークプレイスで、窓際に近い席のワーカーほど自宅での睡眠の質が高まったという結果が報告されています。このような結果からも、植物など自然の要素を取り入れることの重要性がわかります。ワークプレイスの植物は、壁面の高い位置などワーカーが触れられない距離感に置かれることもあるので、必ずしも本物にこだわる必要はありません。最近は人工植物の質も高まっていますので、本物と人工物の植物とを柔軟に組み合わせることが有効かもしれません。

健康まちづくりの実践として、まちの中を楽しんで歩けるよう、公共空間のアートサインやスマートフォンを活用した健康プログラム*3という取組みを進めています。これを応用して、ワーカーがワークプレイス内を楽しく歩けるような仕掛けを作ると、ワーカーの健康促進に役立つと考えています。

スマートフォンを活用した健康プログラム「ウェルネストラック」の実証実験

これからのワークスタイルやワークプレイスを考える上では、企業や社会組織の中でも健康を維持・促進する環境や仕組みがますます重要になるのではないでしょうか。そして企業と地域施設や地域の人々とが手を取り合い、コラボレーションを進めていくことも大切です。私も引き続き多くの企業や地域の人々と研究や実証を進めていきたいと思います。

*3 スマートフォンを活用した健康プログラム:歩幅を測りスマートフォンのプログラムに入力すると、個人にあわせたメッセージが受信できたり、地域の健康情報をスマートフォンで受信できるプログラム。

著者プロフィール
  • 花里 真道(はなざと まさみち)
    花里 真道(はなざと まさみち)
    千葉大学予防医学センター 健康都市空間デザイン学分野 准教授
    2002年千葉大学工学部デザイン工学科卒業後、同大学大学院工学研究科修士課程修了。株式会社栗生総合計画事務所、個人事業(デザイン業)を経て、千葉大学予防医学センター技術補佐員。特任助教、特任准教授、工学部建築学科非常勤講師を経て2013年12月より千葉大学予防医学センター 健康都市空間デザイン学分野 准教授。千葉大学デザイン・リサーチ・インスティテュート(兼務)。博士(工学)。

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