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2023年6月1日

脳科学からみた、パフォーマンスが向上するチーム環境やワークプレイス

  • 枝川 義邦
    (早稲田大学 理工学術院 教授)
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脳科学と経営学を軸として、脳と人々のはたらきや企業経営などについて研究を行っている枝川義邦さん。ハイブリッドワークが定着しつつある昨今、脳科学の知見を踏まえると、どのようなワークスタイルやワークプレイスが適切だと考えられるのでしょうか。コロナ禍での研究成果も含めてお話しいただきました。

ウィズ・アフターコロナに活かせるハイブリッドワークでのパフォーマンス研究

私は脳に関する研究に学生時代から携わり、30年以上になります。そのキャリアの半分以上を経営学・経営工学と併行して進めてきました。

脳科学では、私たちを「生き物としてのヒト」と「社会性を持った人間」と分けて捉えています。脳の仕組みは誰にでも備わっていますが、それがうまくワークするかどうかは、脳のはたらかせ方やその人が置かれている環境によります。脳の仕組みを踏まえた人々の活動など、脳と人々のはたらきが関連する部分が主な研究対象です。

また、企業経営も私の大きな研究テーマです。現在は、経営工学の観点から、企業活動や従業員の活動などを切り取ってモデリングし、共通項を導き出しています。最近は新規事業開発や従業員の創造性を高めることに注目が集まっていますが、クリエイティビティのある組織をいかに作っていくか、どんなコミュニケーションを実践するべきなのかなども研究対象としています。

ウィズ・アフターコロナともいえる現在、ハイブリッドワークなどの新しいワークスタイルを導入した企業は少なくありません。しかしいざカフェや自宅などでノマド的に働いてみても、パフォーマンスがしっかりと上げられているのかは疑問に思う方も多いでしょう。ワークスタイルが変わったことで、改めてパフォーマンス向上に関する関心が高まりました。

パフォーマンスを考える上でのキーワードのひとつが、プレゼンティーイズムです。これは、頭痛や睡眠不足などの欠勤には至らない程度の不調を抱えながらも仕事をしている状態を指します。経済産業省の『企業の「健康経営」ガイドブック』では、ワーカーが不具合を抱えたまま働くことでの経済損失について記載されており、損失に関わる生活習慣指標として飲酒や運動習慣、そして睡眠が挙げられています。

私は睡眠と働くことの関連性を調べるため、主観評価・客観評価を織り交ぜた研究を進めています。主観評価はアンケート調査をし、客観評価では睡眠時と日中の活動時の生体計測や脳のはたらきを調べるテストなどを実施したところ、コロナ禍での就業についての特徴も掴めてきています。

テレワークは出社しての勤務よりも生活にメリハリがつきにくく、ダラダラと仕事を始めて時間外まで仕事をしてしまうような方も多かったかもしれません。長時間、働き続けているわりには効率が上がらずに歯がゆい思いもされたでしょうか。労働生産性には睡眠の質の影響が大きいことが知られています。夜に質の高い睡眠を取るためには、朝、目覚めたときから勝負は始まっています。まずは、起きたらすぐに日光を浴びることが重要です。しかしテレワークで生活リズムが崩れ、結果的に睡眠の質が下がった人も多かったようです。

またワーカーが働く環境も、パフォーマンスに大きく影響しています。どのような要素がパフォーマンスを変化させるのか、数理解析などを用いた分析では、同僚との関係性や、部長や課長などの管理職が部下のケアを行う「ラインケア」などを起点として複数の要因がパフォーマンスに影響していることが浮き彫りにされました。

脳科学から考える、個人・チームのパフォーマンスに寄与する要素とは

今後さらに社員のパフォーマンスを向上させるためのワークスタイルを考えるとき、押さえておきたいのはチームコミュニケーションの重要性です。

まだ在宅勤務の多かった2022年5月には「出勤するスタイルを取ったときに、働きやすい職場の要素は何か」というアンケートを取りました。①IT化・DX化されたオフィス、②仕事の進捗の共有、③すばやいフィードバック、④上司に相談しやすい仕組み、⑤雑談のしやすさ、という項目の中でもっとも望まれていたのは、⑤雑談のしやすさでした。便利なワークプレイスや整えられたコミュニケーション体制よりも、雑談が求められているという結果が出たのです。

今一度「雑談の効用」を考えると、気晴らしになる、アイデアの種をもらえるなどの利点が挙げられます。雑談にはビジネスコミュニケーションにはない「抜け道感」があり、何気ない話をするだけで気分が明るくなります。そして雑談をしながら、新しい企画や仕事の突破口が頭に浮かぶこともあるでしょう。いわゆる「ゆるい結合」効果とも言えるものです。

テレワークは出勤時間などのロスがなく、合理的なワークスタイルだといえます。しかし人間は生物学上、合理的な環境が続くと疲労感が溜まりやすいことがわかっています。実際に「疲れる」のではなく「疲れた感覚になる」のです。これは社員のパフォーマンスを下げる要因になり得ます。

テレワークによる疲労感を取るためにも、ハイブリッドワーク中の出社日を固定してチームで雑談ができる余白を作るなどして、何気ないコミュニケーションが起きる仕掛けを設けてみてはいかがでしょうか。

また、個人だけではなくチームとしてのパフォーマンス向上にも影響するのが、緊張とリラックスのバランスです。「他人が見ている」などの適度な緊張感は、脳のパフォーマンスを上がりやすくします。テレワーク中のリモートミーティングでは出社時と変わらない働きぶりでも、一人で作業をしているときは緊張感がなく、仕事のペースが掴みにくい感覚があるかもしれません。

一方で、緊張が続くとストレスに感じてしまうため、安らぐ時間も重要です。この安らぎに繋がるのが心理的安全性。メンバーが「このチームでは何を話しても否定されない」などの安心感を得られ、成功談だけでなく失敗したことや、ちょっとしたアイデアも躊躇なく共有できる居場所作りは、結果的にチームパフォーマンス向上に繋がっていきます。

この心理的安全性は、チームメンバーやチーム全体が没入感を得られる「フロー」の状態にも入りやすくします。さらに、チーム内で情報を循環させ、お互いに学び合うような「チーム学習」も取り入れることで、業績にも繋がっていくでしょう。

ところで、個人がオンラインとオフラインで同じ仕事をした場合、同じパフォーマンスを示すことができるでしょうか。これにはまだ確定的な答えは出ていませんが、オンラインでは、視覚と聴覚の2つの感覚がメインですが、オフラインでは五感のすべてを活用します。これらでは脳のはたらき方にも違いがあるため、パフォーマンスも同一にはなりません。この意味でも、これからはそれぞれの良い部分を活用した働き方が求められてくるのです。

社員が心地よいと感じる「脳科学的によいワークプレイス」の条件

よりよいパフォーマンスを発揮できるワークプレイスには、いくつかの要素があります。脳科学的には、まずは生き物のヒトとして、温度や湿度、照度、匂いなどの環境から受ける影響は無視できません。これらを調整することで、そのワークプレイスにいて「心地よい」と感じられるようになります。室温に気をつけているオフィスは多いですが、湿度への配慮も重要で、居心地よい空間か不快に感じるかを分ける要因になるものです。

次に、音への配慮も意外と重要です。静かな空間では、私たちの脳は小さな音や声にまで注意を向けてしまい、集中を阻害することがあります。しかしそこに、人が聞こえる音の周波数をすべて含む「ホワイトノイズ」を流しておくと、その他のノイズが意識に上がらなくなることが知られています。

そしてパフォーマンス向上に欠かせない睡眠では、日中のナップ(仮眠や昼寝)を活用することも効果的です。最近では、ナップ専用の「ナップルーム」をワークプレイスに設置している企業もあります。ナップは脳科学的に10分から20分が最適だとされています。睡眠導入の時間を含めて、ナップの時間を20分から30分ほど確保するとよいでしょう。

ある企業のナップルームは、20分程度の入れ替え制で運営されています。寝始めるときには部屋全体の照度を落とし、せせらぎの音を流して眠りやすくし、15分ほど経ったら徐々に部屋を明るくして自然な目覚めを促しているとのことです。こうしたナップルームを設けない場合でも、社員がナップを取りやすい空間を作ることが有用です。

また、ワークプレイス内に植物やフェイクグリーン、緑色の家具を置くなどすると、ストレスや眼精疲労の軽減になります。特に緑視率*1が10〜15%の室内では集中力が高まり、従業員満足度も最大となることが知られています。まずは室内に緑を取り入れることから始めてもよいかもしれません。

*1 緑視率:人の視界に占める緑の割合のこと。

社員が自然に集まり、生き物として活動性が上がるワークプレイス作り

ワークプレイスは人が集まる場所であり、パフォーマンス向上に非常に重要な空間です。これまでに挙げた要素を参考に、ワークスタイル・ワークプレイスの両面で「生き物としての活動性が上がるかどうか」という視点を取り入れながら、ワークプレイスを構築・運用してはどうでしょうか。そのようにすることで、従業員の皆さんが自然に集まり、パフォーマンスも上がっていく場所になると思います。

これからも脳科学と経営学とを掛け合わせてさまざまな研究を行い、ワーカーがより働きやすくなり、多くの企業が業績を上げられるヒントを提示していきたいと思います。

著者プロフィール
  • 枝川 義邦(えだがわ よしくに)
    枝川 義邦(えだがわ よしくに)
    早稲田大学 理工学術院 教授
    東京大学大学院にて薬学の博士号、早稲田大学ビジネススクールにてMBAを取得後、早稲田大学スーパーテクノロジーオフィサー(STO)の初代認定を受ける。研究分野は、脳神経科学、人材・組織マネジメント、マーケティングなど。一般向けの著書には『「脳が若い人」と「脳が老ける人」の習慣』(明日香出版社)、『記憶のスイッチ、はいってますか~気ままな脳の生存戦略』(技術評論社)など。2015年度早稲田大学ティーチングアワード総長賞、2017年度ユーキャン新語・流行語大賞を「睡眠負債」にて受賞。

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