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2024年2月1日

イノベーションの起点は「フラットなコミュニケーション」
今、オフィスに「サードプレイス」が必要な理由

  • 梅本 龍夫
    (立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授 iGRAM代表取締役 物語ナビゲーター)
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イノベーションやウェルビーイングを促すオフィスのあり方が模索される昨今、サードプレイスの要素をオフィスに取り入れる取り組みが広がっています。「オフィスのサードプレイス化」は、組織やビジネスにどのような効果をもたらすのでしょうか。経営コンサルタントであり、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授としてサードプレイスについて研究する梅本龍夫さんに伺いました。

人々の分断が進む今、サードプレイスは社会課題解決の原動力になりうる

私は国内の大手通信会社からキャリアをスタートし、外資系コンサルティングファーム、ファッションブランドや飲食店舗などを展開する小売企業などを経験してきました。小売企業時代には、「サードプレイス」を標榜するコーヒーチェーンの国内事業立ち上げにおいて総責任者を務めました。その後、経営コンサルタントとして独立し、2015年からは立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科で、経営戦略や組織開発の研究・社会人教育に取り組んでいます。

サードプレイスの研究をはじめたきっかけは、あるコーヒーチェーンの立ち上げに携わったことも理由の一つですが、それと同時に、サードプレイスが社会的な重要度を高めつつあることも関係しています。

サードプレイスとは、アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグが提唱した概念で、自宅(ファーストプレイス)や職場(セカンドプレイス)とは異なる、居心地のよい「第三の場所」のことです。オルデンバーグは、カフェや居酒屋、理容室など、多くの人が集い、社会的な立場などを超えて交流するサードプレイスが、人々の暮らしに潤いや活力を与えると説きました。

オルデンバーグがサードプレイスを提唱したのは1980年代末のことです。それから30年以上が経過した今、日本やアメリカの社会は大きく様変わりし、コミュニティの希薄化や社会的格差の拡大が深刻化しています。それに伴って、年齢や性別、社会的立場による分断が進み、孤立や孤独を感じる人の数は増えました。これらが健康に悪影響を与えるのは、さまざまな調査から周知の事実です。今や「人々の孤立や孤独をいかに解消するか」は社会的な重要課題といっても過言ではありません。

こうしたなかで、重要な役割を果たすのがサードプレイスです。オルデンバーグがサードプレイスを提唱した時代、主にそこを利用していたのは男性でした。しかし、サードプレイスは決して男性だけのものではありません。例えば、近年の日本でいえば、「こども食堂」もサードプレイスの一つといえるでしょう。社会的立場を超えて、さまざまな人がその場に集い、心安らげるコミュニティを形成しています。つまり、サードプレイスは、今日における人々の孤立や孤独を解消し、生き生きとした暮らしを支える原動力になりうるのです。

一方、オフィスに目を向けるとどうでしょうか。コロナ禍以降、オフィスのあり方は大きく変化しました。以前のように、オフィスに集って働くことが自明ではなくなり、出社の回数や対面での打ち合わせの機会が減った方もいるでしょう。

こうしたなかで、従来のオフィスのあり方に違和感を覚える人が増えているのではないかと私は考えています。「満員電車に乗って出社する必要はあるのか」「この会議はオンラインにしても問題ないのでは」と感じる機会が、以前に比べて増えているのではないでしょうか。しかし逆に「対面だからこそ伝えられることがある」「出張によって新しい経験ができる」などと、リアルの価値を実感することもあるでしょう。

つまり、コロナ禍を経て、私たちの働き方や働く場所への認識は変化しており、それに合わせてオフィスのあり方も見直して行く必要があるのです。このとき、重要になるのが「オフィスのサードプレイス化」です。

サードプレイスの形成に欠かせない「中間領域」

オフィスには以前から、サードプレイス的な場が存在しています。その一例が、喫煙所です。サードプレイスの特徴の一つに、社会的立場に重きを置かない「平等主義」があります。喫煙者の方ならば、喫煙所でのコミュニケーションが普段の上下関係とは異なるフラットなものになっていることをご存知でしょう。あれこそがサードプレイスがもたらす効用なのです。そのほか、社内共用の給湯室などでも、普段の立場に捉われないインフォーマルなコミュニケーションが取られる傾向があります。これらの「閉鎖的な場所」は、独自の役割を果たしていたといえます。

インフォーマルなコミュニケーションは、企業活動において極めて重要です。なぜなら、組織内の固定化した関係性を編み直し、創発を生み出すきっかけになるからです。上位下達な組織構造がイノベーションを阻害することは、広く知られています。その場の心理的安全性が担保されていなければ、人々は多様な意見を発信できず、組織や集団の意思決定は硬直化してしまいます。企業が新たな価値を生み出すためには、インフォーマルなコミュニケーションが必要なのです。

これからオフィスにサードプレイスを盛り込むなら、閉鎖的でなく、でも一方的に開放的でもない、新たな形を検討してもよいでしょう。具体的には、オフィスに「中間領域」を設けるのがよいと思います。オフィススペースや休憩スペースを明確に区切るのではなく、そのどちらでもある中間領域を配置し、フォーマルとインフォーマルを緩やかに繋げます。これにより、さまざまな部門や立場の人が行き交い、サードプレイス的な場やコミュニティが形成されるでしょう。

このインタビューを受けているのは、NTTファシリティーズ本社オフィスの「エンガワ」というコミュニケーションスペースですが、このネーミングは絶妙な表現ですね。日本家屋の縁側は、地域コミュニティにおける中間領域でした。屋内と屋外を仕切る機能がある一方で、襖や雨戸を動かせば、両者の境界を取り払うこともできます。また、縁側からは隣家の様子も窺え、近隣住民とのコミュニケーションの場でもありました。空間と空間、人と人を緩やかに繋げる中間領域こそ、サードプレイスの形成には必要不可欠なのです。

このエンガワも壁面がガラス張りになっていて、オフィススペースの様子が窺えるようになっていますし、中間領域の役割を果たしているように見えます。このほか、階段のスペースを中間領域として活用するのもよいかもしれません。例えば、階段の踊り場を広く設計して、ソファやテーブル、エスプレッソマシンなどを置いてみます。階段はさまざまな人が行き交うので、そこにコミュニケーションが生まれる環境を設ければ、サードプレイスの形成を促せるのではないでしょうか。

しかし、ここで重要なのは、いくら環境を整備してもコミュニケーションが生まれる組織文化がなければ、オフィスのサードプレイス化は進まないということです。ここで注目したいのが、コミュニティの雰囲気を司る「マスター」と「常連」です。

これは居酒屋やバーなどを想像するとわかりやすいでしょう。居酒屋などの店舗には、その場を運営するマスターがいて、頻繁に訪れる常連がその周辺にいます。常連は店舗の従業員ではありませんが、その場の雰囲気を形成するうえで重要な役割を担っています。オフィスをサードプレイス化する際にも、マスターと常連のような存在がいると、より円滑に運営できる可能性があります。

この構図を企業活動にうまく落とし込んでいるのが、ある大手ガラスメーカーです。同社は、部門横断型のネットワーク活動を展開しているのですが、この活動がまさにサードプレイスの機能を果たしています。

そのネットワーク活動の特徴は、事務局を設けていることと、従業員に参加の義務がないことです。活動に予算をつけて運営主体となる事務局を設けている一方で、従業員には参加を強制していません。しかし事務局の担当者が潤滑油となり、その結果、社内には定期的なネットワーキングの場が形成され、頻繁に参加する従業員も数多く現れています。これにより、同社では、部門間の横のつながりが強化され、コミュニケーションの活性化や従業員のスキルアップが促されています。

このケースにおいては事務局が「マスター」、頻繁に活動に参加する従業員が「常連」に当たります。事務局は裏方だと思われがちですが、実はオフィスに縁側のような場を作り、組織の壁を超え、他部門の人々と雑談や対話ができる環境をデザイン・運営できるポジションです。そして「常連」にあたる積極的な従業員と一緒に、「一元さん」の従業員を招き入れ、コミュニティ活動を活性化させます。オフィスのサードプレイス化を進める際には、環境整備とともに、コミュニティを司る存在を確保することも検討してはいかがでしょうか。

サードプレイスには日本社会を革新する力が秘められている

私はイノベーションを創発する仕組みとして「物語マトリクス理論」を提唱しています。物語マトリクス理論は「自明の世界」「混沌の世界」「創発の世界」「秩序の世界」という四つの世界を循環するフレームワークです。

長年ビジネスの世界にいて思うのは、分析や論理だけでは人は動かないということです。しかし、同じ内容をワクワクするような物語に変換した途端に、人々の目の輝きが変わることがあります。これが、物語の力であり、人を動かす秘訣なのだと感じています。

日本社会は長らく停滞が続いています。これは物語マトリクス理論でいえば「混沌の世界」に留まっている状況といえます。「混沌の世界」とは、目標や活路が見出せずモヤモヤしている状態のことです。しかし、それが次の「創発の世界」に到達すると、それまでのモヤモヤが一気に解消され、ワクワクするイノベーションが次々に生まれます。

サードプレイスがイノベーションの起点になることは先ほどお話ししました。サードプレイスが有する、人々を活性化し、創発を促す力は、企業活動に留まらず、日本社会を「混沌の世界」から「創発の世界」に押し上げる原動力になると確信しています。この記事を読まれている方にも、そうしたサードプレイスに秘められた力をぜひ知っていただきたいと思っています。

著者プロフィール
  • 梅本 龍夫
    梅本 龍夫(うめもと たつお)
    立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授
    iGRAM代表取締役 物語ナビゲーター
    慶應義塾大学経済学部卒、米国スタンフォード大学ビジネススクール卒(MBA)。日本電信電話公社(現NTT)、ベイン・アンド・カンパニー・ジャパン・インコーポレイテッド、シュローダー・ピーティーヴィ・パートナーズ株式会社(現MKSパートナーズ)、株式会社サザビー(現サザビーリーグ)の取締役経営企画室長を経て、独立。経営コンサルタントとしてクライアント企業の経営戦略、新規事業企画、組織開発、人材育成などの支援業務に従事するとともに、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科にて社会人教育と経営の理論化に取り組んでいる。

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