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2023年9月1日

ワークエンゲイジメント・クリエイティビティ向上の鍵は、自律性と地道な取り組み

  • 稲水 伸行
    (東京大学大学院経済学研究科・准教授)
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経営科学、経営組織論、組織行動論を専門とし、日本企業における組織の動態についてさまざまな面から研究されている稲水伸行さん。今注目されるワークエンゲイジメントやクリエイティビティの向上と、ワークスタイルやワークプレイスはどのように関係しているのか、語っていただきました。

ワークエンゲイジメント・クリエイティビティの定義と、その概念が広まった背景

私は日本企業における職場組織の動態について、定量面・定性面からの調査や分析、コンピュータ・シミュレーションによるモデル化を用いるなど、さまざまな面で研究をしています。オフィスに関する研究は2000年代初期、日本企業がフリーアドレス制オフィスを導入し始めた頃から取り組むようになりました。

企業のオフィス移転に関わることもあるのですが、近年はワークエンゲイジメントとクリエイティビティの向上を意識して移転を計画する企業が多くなったと感じます。また、この傾向はワークスタイル変革などにも共通しています。これらは、企業やワーカーによってプラスになる要素が多いからでしょう。どのような観点からプラスになるのかは、後ほど解説します。

はじめに、ワークエンゲイジメントについて説明します。これは「仕事から活力を得ていきいきとしている」(活力)、「仕事に誇りとやりがいを感じている」(熱意)、「仕事に熱心に取り組んでいる」(没頭)という3つが揃った状態のことで、生産性の向上と関連性があるとされています。

ワークエンゲイジメントの概念が日本で広まり始めたのは、私の体感では2010年頃。当時政府が掲げていた「働き方改革」の流れとリンクして浸透するようになったと思います。そして、近年は「働き方改革」によって長時間労働などのマイナス要因が解消されつつあり、さらに働き方をよりよくする要素としてワークエンゲイジメントが取り上げられるようになりました。

ワークエンゲイジメントを全世界共通の手法であるアンケート調査で測定し、その結果を国際比較すると、「日本人はワークエンゲイジメントの効果が薄い」などと言われることもあります。しかしこのような主観に基づくアンケート調査では、ワークエンゲイジメントに限らず、その回答に日本人ならではの価値観や考え方が影響している可能性が高いのです。今後は国際比較とは別に、日本独自の傾向を加味した調査方法を考案することも考えられるでしょう。

次に、クリエイティビティ(創造性)について説明します。経営学におけるクリエイティビティとは、新規で有用なアイデアを開発する(生み出す)ことです。

クリエイティビティというと「創造性あふれる特別な仕事を行わないといけないのでは」と思う方は多いかもしれません。しかしこのクリエイティビティには、日々の業務改善など、小さな行動に関する創造性も含むと考えています。日本では「日々改善」「創意工夫」という価値観が根付いているため、日本人は意外とクリエイティビティが高いといえるのではないでしょうか。

しかし、クリエイティビティは自然に向上するわけではありません。以前ある企業が、日本らしい対向島型などのオフィスから、カフェスペースやディスカッションできる席などがあるワークプレイスに移転した際、移転の前後で従業員にアンケート調査を行いました。その結果、ワーカーのワークプレイスに対する満足度は高まったものの、仕事の効率やパフォーマンスにはほとんど影響がありませんでした。このように、ワークプレイスを変えただけではクリエイティビティの向上につながらないこともあるのです。

ワークエンゲイジメントやクリエイティビティを向上させる要素

では、ワークエンゲイジメントやクリエイティビティを向上させるために必要な要素は何でしょうか。私は「いかに自律的に働けるか」が重要だと考えています。

例えば、1on1などを通してメンバーがリーダーと十分なコミュニケーションをとっている組織では、それぞれが働きやすい環境を構築できていることが多いと感じます。ある会社では、メンバーが自身の希望する働き方を定期的にリーダーへ伝え、リーダーはその要望を人事部門や経営層に共有し、一人ひとりが働きやすい環境を実現しているそうです。このような取り組みにより、メンバーが自律的に働けるようになり、ワークエンゲイジメントが向上していくようです。

また、これまでの先行研究や私自身の研究結果によると、ワークエンゲイジメントとクリエイティビティには相関性があるといえなくもありません。上記のような自律性を重視した関わりによって、ワークエンゲイジメントとクリエイティビティをどちらも向上させることは可能だと考えています。

一方で、最近導入する企業が増えたハイブリッドワークには、自律性とクリエイティビティにおける“ジレンマ”があります。会社からの要請による出社を増やすと自律性が下がるものの、社内での対面コミュニケーションが増え、結果としてクリエイティビティ向上につながるとされているのです*1。このジレンマにどう対応していくか、どう解消していくかは、今後注目される研究テーマでもあるでしょう。

ワーカーの自律性を高め、ハイブリッドワークのジレンマの解消にもつながる手段のひとつとして、現時点で有効だと考えられるのは、ABWの実践です。ABW(Activity Based Working)とは、ワーカーが自律的に業務内容や気分によって時間やオフィス内外の場所を自由に選択する働き方のことで、すでに採用している企業も増えています。ABWはフリーアドレス制など他のワークスタイルと比較してクリエイティビティが高まる傾向にあるとわかっています。ワークエンゲイジメントやクリエイティビティの向上施策として、ABWの導入は有効です。

しかし、ABWを実現しやすいワークプレイスを取り入れている企業や識者の間では、「次に来るワークプレイスは何か」という声が上がっています。その回答のひとつになりそうなのが、「使い方をあえて決めず、誰がいつ来ても何でもできる空間」です。ABWでは空間ごとにある程度の用途を決めます。これは、ともすれば「Aゾーンは個人での業務用、Bゾーンは休憩用、Cゾーンはチームでのディスカッション用」などのように、用途を明確に区分けしてしまうことにつながり、結果として、仕事と休憩の中間にあるような、遊び心のある仕事関連の行動が少なくなるかもしれません。

一方、使い方をあえて決めない空間では、その使用方法が社員に委ねられているという意味で究極の自律性が求められるともいえ、遊び心ある仕事活動をうまく刺激するとも考えられます。その結果、ワークエンゲイジメントやクリエイティビティにつながる可能性があります。

こうした空間を運用する際にはおそらく、空間の活用に対する運営者や利用者の深い理解や実践が必要でしょうが、今後このようなワークプレイスの事例が増加したら、ABWと同じように大きな注目を集めるかもしれません。

*1 稲水『ハイブリッドワークのジレンマに関する考察』(日本オフィス学会、2022年)より

ワークエンゲイジメントやクリエイティビティの向上施策を成功させる方法

最後に、ワークエンゲイジメントやクリエイティビティの向上施策を成功させるための観点を4つ挙げたいと思います。

1つ目は、メンバー自身に理想の働き方を考えてもらうことです。メンバーの自律性を高めるためには「私はこうしたい」という明確さが大切だといえます。そのためチームのリーダーはメンバーとコミュニケーションをとってメンバーの希望を理解し、その言語化を手助けするとよいでしょう。ポイントは、決してその理想を否定しないことです。

2つ目は、トップダウンとボトムアップの両方から施策を進めることです。経営層は施策の方向性をしっかりと示し、その実行方法は現場から意見を出してもらいます。経営層のコミットだけでは施策は成功しませんし、現場の意見だけでは経営層は動かない可能性が高いのです。

この観点から私が注目しているのは、日本の製造業です。製造業というとレガシーな業界というイメージが強いかもしれませんが、実はかなりDXが進んでいます。例えばある企業では、工場全体のデータ収集・解析まで行う自動化をトップダウンで推進、その解析結果をもとにボトムアップで現場を改善する好循環が生まれています。こうした職場では、メンバーがクリエイティビティを発揮でき、ワークエンゲイジメントも向上していることでしょう。

3つ目は、施策の成果が出るまでに数年から10年スパンの期間が必要なものであると、組織全体で理解することです。ワークエンゲイジメントやクリエイティビティの向上に近道はなく、地道な取り組みの積み重ねが成果になります。現に、10年ほど前から働き方改革に取り組んでいた企業は、ここ数年で「働きやすい企業」として取り上げられるようになりました。すぐに結果が出るものではないという共通認識が重要です。

そして具体的な施策に取り組む際は、定期的にマイルストーンを置いて小さな成功体験を数多く積めるようにすると、取り組むメンバーのモチベーションを維持できるでしょう。

そして4つ目は、日頃からデータを蓄積する意識をもつことです。ワークスタイルやワークプレイスの満足度などの施策に関するデータを、過去から蓄積している企業は多くありません。また、仮にオフィス移転の効果を分析しようとしたとき、移転をした部署と移転しなかった部署の両方のデータがないと比較ができません。データセットが揃っていれば厳密に検証できるので、こうしたデータを常日頃から収集できる仕組みを検討するとよいでしょう。

ワークエンゲイジメントやクリエイティビティが飛躍的に向上するような特効薬はありません。だからこそ今から取り組めば、数年後に大きな成果になっているはずです。私も引き続き、ワークプレイスやハイブリッドワークに関する研究を進めていきます。

著者プロフィール
  • 稲水 伸行
    稲水 伸行(いなみず のぶゆき)
    東京大学大学院経済学研究科・准教授
    1980年広島県生まれ。2003年東京大学経済学部卒業。2008年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2005年~2008年日本学術振興会特別研究員(DC1)、東京大学ものづくり経営研究センター特任研究員、同特任助教、筑波大学ビジネスサイエンス系准教授を経て、2016年より現職。博士(経済学)(東京大学、2008年)。主な著作に『流動化する組織の意思決定』(東京大学出版会、第31回組織学会高宮賞受賞)。

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