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2023年10月2日

ハイブリッドワーク時代に心理的安全性を醸成するには?見直される「リーダー」と「ワークプレイス」の役割

  • 森永 雄太
    (上智大学経済学部経営学科 教授)
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ハイブリッドワークなど働き方の多様化が進む昨今、組織やチームのあり方にも変化が訪れています。こうした流れのなかで、どうすれば心理的安全性の高い職場にできるのでしょうか。組織論や、組織における人間の行動を研究する組織行動論を専門に、ウェルビーイング経営を可能にする職場づくりなどを研究する森永雄太さんに伺いました。

イノベーションを促進し、従業員の働き方を変える「心理的安全性」

私のキャリアのスタートは、組織におけるモチベーションの研究です。当初は従業員のモチベーション向上を促すマネジメント施策に関心を持っていたのですが、社会の多様化が進むなかで、一律の施策では組織全体に影響を及ぼすことが困難になっていったため、単独の施策から組織の仕組みへと関心が拡大しました。そして従業員のモチベーションを引き出す職場環境の研究をはじめ、心理的安全性の重要性にも着目するようになりました。

心理的安全性とは、誰もが安心して発言や行動ができる職場の状態のことです。組織行動学の研究者である、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授によって1999年に提唱され、組織心理学や組織行動論の分野で用いられていた概念でした。

これが一般に知られるようになったのは2010年代後半です。Googleのプロジェクト・アリストテレス*1という調査チームが「生産性の高いチームは心理的安全性が高い」と発表したことが普及のきっかけですが、日本で広く知られるようになった背景には、日本企業における組織の変化も関係していたと思います。

1986年の男女雇用機会均等法の施行以来、女性就業者は継続的に増加しています。また、今や外国人の就業者も珍しくないなかで、多様な属性を持つ従業員が増えていき、多くの日本企業は旧来的な組織やマネジメントの見直しが求められるようになりました。そうしたなかで、Googleという多様性が根付いた企業の成功事例を取り入れたいというニーズが生まれ、心理的安全性の普及を後押ししたのだと考えています。

一方で、心理的安全性は、ウェルビーイング経営を実現する要素でもあります。ウェルビーイング経営とは、従業員の身体的・精神的・社会的なウェルビーイングの増進を通じて、事業や業績の拡大を図る経営手法です。この三つのウェルビーイングのうち、心理的安全性は社会的なウェルビーイングに関連すると考えられます。近年、ウェルビーイング経営を実践する企業が増えていることから、心理的安全性は以前よりもさらに幅広い企業に求められているはずです。

心理的安全性の具体的なメリットとしては、「イノベーションの促進」が挙げられます。心理的安全性が担保されることで、従業員は自らの意見やアイデアを発信しやすくなるため、組織内には多様な知見が蓄積します。イノベーションとは、端的に言えば、異なるアイデアが組み合わさり新たな価値を生むことなので、組織内に多様な知見が蓄積すれば、その分だけイノベーションは生まれやすくなります。

その具体的な例が、医療現場における事例です。ある研究では、リーダーである医師が麻酔科医や看護師などのスタッフの声に積極的に耳を傾けた場合、適切な判断やミスの予防が促され、医療の質が向上したとしています。これは、医師の包摂的な振る舞いにより、医療現場に心理的安全性を醸成され、看護師などのスタッフが意見を発信しやすくなった結果と言えるでしょう。

さらに心理的安全性は、ジョブ・クラフティングを促す効果も期待できます。ジョブ・クラフティングとは、従業員が自らの仕事を主体的に捉え直し、その内容や範囲をよりよく変化させることです。

例えば、ある有名なテーマパークでは、清掃を主たる役割とするスタッフが、清掃用具のほうきを濡らして地面に絵を描き、来園客を楽しませることがあります。このパフォーマンスは、絵を描くことが得意な一人のスタッフが自主的に始めたものです。このように、自らの仕事を主体的に変化させる過程の中で、従業員のモチベーションはより高まっていき、企業と従業員の間で好循環が生まれやすくなります。

*1 プロジェクト・アリストテレス:米Googleが2012年から行った生産性向上計画。チーム内コミュニケーションの量が多いほど、心理的安全性が高く、生産性が高いという調査結果を発表した。

多様な働き方が進むなか、いかにして心理的安全性を醸成するか

近年、ハイブリッドワークなど多様な働き方が広がるなかで、心理的安全性の重要性がさらに高まっていると感じています。

かつて多くの企業では、同じオフィスに集まって働くのが常識でした。しかし、コロナ禍を経てその前提は大きく変化し、オフラインとオンラインを組み合わせて働く人が急増しています。組織が分散型に移行していくなかで、企業はこれまでとは異なる手法で従業員やチームを束ねなければなりません。

このとき、心理的安全性が重要なキーポイントになると私は考えています。心理的安全性は、従業員間やチーム内に精神的な繋がりを生み出し、組織としての一体感を作り出すことができるからです。

では、具体的にどうすれば心理的安全性を醸成できるのでしょうか。私はリーダーの役割が重要だと考えています。具体的には、リーダーが「開放性」「近接性」「利用可能性」を実践する「インクルーシブ・リーダーシップ」を取り入れることです。開放性は「多様な意見を受け入れる姿勢を持つこと」、近接性は「メンバーが意見を発信できる場を作ること」、利用可能性は「意見の実現を支援すること」を表します。インクルーシブとは「包摂的」という意味ですが、これにより、チームの多様な意見を引き出し、心理的安全性の醸成を促すことができます。

このように、インクルーシブ・リーダーシップは多様なチームを前提に、そのチームのケイパビリティや創造性を引き出す手段です。

昨今、1on1を実施する企業が増えていますが、1on1は「近接性」を担保する取り組みといえるでしょう。また、リーダーに傾聴などのスキルを習得してもらうことで、メンバーとざっくばらんにコミュニケーションを取れるような「開放性」や、メンバーの意見を現実のものにする「利用可能性」を担保することもできます。

ただしインクルーシブ・リーダーシップは、あくまで心理的安全性を醸成する方法の一つと捉えるのがよいでしょう。すべてのリーダーがインクルーシブ・シーダーシップを実践することができるとは限りません。また、メンバー同士の横のつながりも重要です。組織としては、人事施策の設計やその他の組織的な取り組みも含めて、心理的安全性を醸成する引き出しを持っておくことも必要です。

その意味で心理的安全性を醸成するうえでは、ワークプレイスの活用方法も重要なリソースになると思います。例えば、ハイブリッドワークを取り入れている企業が、プロジェクトをキックオフする際にワークプレイスでオフラインミーティングを実施すれば、プロジェクトの重要性を効果的に訴求できるとともに、メンバー間のコミュニケーションを促進し、心理的安全性醸成のきっかけになる可能性があります。

また既存のオフィスのレイアウトを変えることも、心理的安全性の醸成に寄与すると思います。例えば、デスクを従来型の上座・下座のような配置からフラットな配置に変えれば、上司・部下間の「開放性」「近接性」の向上に繋がり、心理的安全性の醸成が期待できるでしょう。

「多様な意見を繋げる」がワークプレイスの現代的価値

今後、ハイブリッドワークは働き方の主流になるでしょう。リモートワークやオンライン会議は組織の生産性を向上させ、従業員の働きやすい環境を作るうえで必要不可欠です。しかし、心理的安全性を醸成し、イノベーションを促進するためにも、ワークプレイスの活用は欠かせません。今後は、ワークプレイスを単なる「従業員が集まって働く場所」ではなく、「心理的安全性を高め、イノベーションを促進するツール」と捉え直す必要があるでしょう。

その意味では、ワークプレイスの現代的価値とは、多様な知見や意見を交流させ、繋げることにあるのだと思います。先ほども述べた通り、イノベーションは多様な知見が組み合わさることによって起こります。最近では、オフィス内に内階段を設けて、従業員同士が接触しやすい導線を引く企業が増えています。また、カフェを併設したスペースで社内外の人材が交流できるイベントを開催するなどの運用方法の工夫もみられます。こうした設計や運用は、人を動かし、交流やイノベーションの創発を期待したものといえるでしょう。

私自身も、ABW*²やフリーアドレス、グループアドレスなどのワークプレイス施策が、職場の心理的安全性や企業のイノベーションに具体的にどのように寄与するかを研究している最中なのですが、ワークプレイスが今後の働き方を考えるうえでの重要な要素になるのは間違いないと思います。

そのため、働き方に関する施策を検討中の方には、自社のワークプレイスのあり方を見直してみることをおすすめします。ただし、必ずしも先進的な事例を真似て、取り入れる必要はないと思います。昨今、オフィスにレクリエーションスペースを設けるケースが増えていますが、組織の文化や体制によっては「職場で遊ぶなんて考えられない」という企業もあるでしょう。オフィスをリニューアルした後も利用状況を調査し、実態に合わせて微修正を続けていくことが重要です。

重要なのは、各企業が自社の状況を分析し、自社に最適なワークプレイスを見極めていくことなのだと思います。

*2 ABW(Activity Based Working):オフィス内に、仕事のさまざまな活動(アクティビティ)に適したワークスペースを用意し、個人がデスクを固定せず、作業内容に応じて働く場所を変えられる勤務形態。

著者プロフィール
  • 稲水 伸行
    森永 雄太(もりなが ゆうた)
    上智大学経済学部経営学科 教授
    神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了 博士(経営学)。立教大学経営学部助教、武蔵大学経済学部准教授、教授を経て、2023年9月より現職。専門は組織行動論、経営管理論。著書は『ウェルビーイング経営の考え方と進め方 健康経営の新展開』(労働新聞社)、『ジョブ・クラフティングのマネジメント』(千倉書房、近刊)など。

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